『二つの炎――中章:蒼炎を帯びた英雄(2)~混沌都市、マバラード~』
2(前節).蒼炎を帯びた英雄~混沌都市、マバラード~
マバラードに発展の火が灯った。それは現在でこそ過去のものとなったが……ともかく当時はこの大地において最も圧倒的な熱量をもった地域だったといえるだろう。
様々な目的をもって海岸の街へと集まった人々。そうした中には良い人もあるだろうが、当然ほとんどは良くない人である。まぁ、良くないというよりは欲望のままに集まった人ばかりなので大半が必死だったのだろう。
まともに秩序も体制も整っていなかった地域が偶発・自然的な急発展を遂げた。それは様々な地域から様々な感性を持った人々によって作られた社会現象である。
現在のマバラードでは帝国の法が作用している。だが、当時のマバラードは帝国の領域内とはいえほとんど無視・忘れられていたような手つかずの地であった。
そんな場所に大量の人々が短期間で流れ込んだのだからまとまるわけもない。それも一応の主目的は“財宝発見”という早い者勝ちな『勝負』である。
言ってみれば周りはライバルだらけなわけで……そうなると日常的に小競り合いや喧嘩が生じても当然であろう。むしろそれですめば安いものだ。
実際にはいくつかの“派閥”がマバラード内に生じていた。それらは当初、言い争いを衝突の手段としていたが……すぐにそれは“暴力”を伴うようになる。というより暴力こそが正義、といった具合になった。
以下は当時にあった主な派閥の概要である。
――帝国でまともに生活できなくなった先祖をもつ人々が形成した厳格なる武闘派集団、“ゲンザーの家族”。
――各地を転々としていたならず者たちが集まって住み着いた粗暴な集団、“マバラード守衛隊”。
――どうにも聖圏から何らかの理由で逃れてきたらしい人物を主導者とする邪道の集団、“真なる導きを愛する者達(=真導会)”。
――治安調査の目的で現地入りした帝国将軍があろうことか私欲による財宝探索のために結成した集団、“帝国正規軍”。
主にそれら4つの派閥を中心として、他にも多々大小に乱立した各勢力。最盛期には数万人とも言われる人々が※あの狭い丘地の海岸(=マバラードは海岸こそ広いが居住地はどのように頑張っても限られる)周辺へと集まっていたというのだから、それはそれは“混沌”と形容してもよい情勢がそこにあったようだ。
もっとも、そうした派閥による争いは長く続かない。人間がどれほど驕り高ぶろうとも……真に怪物的である存在には抗いようもないのである。
とはいえ、一時的にもそうした混沌と熱気に溢れたマバラード。そこに住み着いた人々は全てが野心に溢れた存在でもない。
中には仕方がなくこの地に至った者もあるし、何より親などに連れられて来た子供たちは当然として純粋なものだった。
この熱狂とした街に移り住んだ子供の多くは親の手伝いをしていたという。学校はもちろんとして、小さな学び舎すら存在してなかったのだからそれはそうなるだろう。
教師のような真似事をする者もあったが、ほとんどの子供達は何らかの親の手伝いをするか、もしくは「勝手に遊んでなさい」と放置されていたのが現状だった。
そうなると……大人たちが派閥を作ったように、子供たちも派閥というかちょっとした組織を作って集まったりする。大人の真似事か、子供たちは似たような仲間で集まり、気の合う者同士でやんちゃをするようになった。
ある意味、大人たちより混沌としていたのだろう。だれも何も教えてくれず、だれも見守ってはくれない子供たち……。
そうした子供たちの多くは荒くれて、喧嘩が頻発するのは自然なことだ。それを咎める大人は希少であり、中には子供の喧嘩で金をかけていたという最悪な逸話まで存在する。
大人から放置された子供たちの多くは自分で自分の身を護らなければならなかった。腕っぷしに自信があれば力で身を護り、頭がキレるのならば上手く立ち回って有利な関係性を築いていく。親に力があれば、その背景を頼るのもいいだろう。
そして、そうした手段のいずれもできないのならば……ただ、傷つけられるのみである。
どこの組織にも属せず、力もなく、親も頼れない子供たち。
彼ら“弱き存在”は毎日をしのぐために生きていた。それは食事などもそうだろうが……彼らは何より“暴力”に怯える日々を送っていた。
大人は弱い彼らを殴り倒し、強い子供たちも力ない彼らを殴り倒した。
家の中で震えて外に出ない子供も多かったという。だが、それも家によっては「邪魔だ」と追い出されたり、むしろ家の方が危険な場合も多々ある。
そうした暴力が支配する社会。大人たちは争い、子供たちは虐げ合う混沌……。
財宝の光によって集められた人々が作り上げたのは暗く、淀んだ人間社会にある闇の部分であった。
だが、その闇が真っ暗だったのかというとそうではない。そこにはある日から一点の“炎”が灯り、街の小路を照らした。
その炎は蒼く、人間の力では到底消すことのできない“強き光”であるーー。