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『二つの炎――中章:蒼炎を帯びた英雄(1)~漁村に灯った発展の火/深海の財宝伝説~』

1.蒼炎そうえんを帯びた英雄~漁村にともった発展の火/深海の財宝伝説~


 “マバラード”という町がある。これは現在における人気観光地であり、暑い夏にでも海水浴や観光目的で人々が集まる場所だ。


 ところがこの地はその昔、とても「町」などとはいえないような……それこそ「村」というにも怪しい地域だった。



 帝国がオルダリアと呼称されていた時代。大地の南方に位置するマバラードなる地域はほとんど誰も知らない場所であった。その頃は人がほとんど住んでおらず、近づくこともあまりないようなさびしい地方だったとされる。


 砂地の丘陵きゅうりょう地帯からそのまま海岸線へとつながる地形。はっきり言って人が住むに適したものではないだろう。


 面する海の一帯は古くに“炎の海”と恐れられており、それは過去に海が爆発して灰と炎と津波が襲った記録によるものである※(=海底噴火によるもの。現在では判明しているが、過去には謎の怪物による現象だとしてさらに恐れられていた)。


 もとより“海”というものに人々が気を許したのは近代になってからである。当時は海渡うみわたり伝承でんしょうによって“怪物達の住まう近づきがたい異界”だと、まだほとんどの人々が恐れを抱いていた時代だ。


 海岸に面するマバラードに近づく理由ある者など少なく、あるとすれば何らかのワケがあって隠れひそむ者が住み着く程度だった。


 彼らは当時に珍しく魚介類を主食とし、それらを交易こうえき品にもちいて細々と生活を送っていたらしい※(=当時のカーストンなど、中立地が早くから魚介食に馴染んでいた理由の1つとされる)。


 そうしてワケありの人々や放浪ほうろう者たちが最大でも数十人程度に住み着いていた怪しい地域。ちっぽけな田舎いなかの集落、寒村かんそんと呼ぶにも寂しい地方……それが当時のマバラードである。



 そんな状況が激変したのはアプルーザンにてサルダン帝が即位し、それからしばらくしてのこと。


 ちっぽけな漁村にある情報が伝わった。それは“海に沈んだ異地いちの姫君と宝船の話”……。


 どこからか伝わったその情報。その大まかな概要がいようとしては――


 ――ある日。母なる大地の外、恐ろしい海の先にあるとされる異地の国から帝国に密書が届いたという。


 内容は異地のぬしを名乗る人物によるもので……どうやら彼の娘とそれに従う戦士達、それに持ち出された莫大ばくだいな宝物を探してほしいというものだった。


 探してほしいというわりには場所の情報が少なく、“そちらの近くにある海のどこかに沈んだ”程度のことしか書かれていなかったという。


 ーーはっきり言ってしまえば、現在でもこの文章には疑問が多い。むしろ、偽書ぎしょだろうと当時の人々もうたがっていた。実際のところ当時のアプルーザン帝がこれに何か反応したという話はないし、記録にもない。


 だが、それも通説によれば当然のことである。何せこの密書は皇帝に“届かなかった”のだから。


 伝説によれば……異国の主が送った密書は当時、これもほとんど人が住んでいなかったマナリュアの海岸に流れ着いたという。


 それは若者の死体がいだいていたとされ、見慣れない服装である彼を老いた漁師は埋葬まいそうしてあげた。老いた漁師はその時に密書を発見したらしい。


 どういう技法か……れても湿しめらない紙にしるされた文面を見た漁師はたまげて興奮こうふんし、同じように海岸でひっそりと暮らしている仲間達へとしらせたという。


 密書の内容が内容だっただけに情報はうわさとなって広がった。当初は面白半分、与太よた話として人々はうわさしたのだろう。肝心かんじんな密書が現在に残されていないので詳細な文章は不明である。


 今では多少に交流をもつこととなったその異地に対してこの一件をたずねたところ、以下のような返答があったという。


『――確かに過去、我々の姫君が従者と共に国をでて行方ゆくえ知れずとなったことはある。姫君が莫大ばくだいな資産を所有していたという記録もあるが……我らの当時にあった※殿(=“との”と読む。異地、つまりはダレイオンの各地方を治める王のようなもの)がそのような密書を送った記録はない。なにぶん、やんちゃな姫君でなか勘当かんどうされたように国を飛び出したらしいからな――』


 ……つまり、密書の内容としては事実かもしれないが密書そのものは事実ではないという返答だった。


 これはどういうことなのか……結論としては現在をもってして“不明”である。



 密書はそもそも存在したのか?


 もし、密書の存在が真実ならだれがそれを書いたのか?


 そして、本当に異地の姫君達は海へと沈んだのであろうか……?



 ……すべてが不明だ。しかし、この大地に情報はうわさとなって広まった。


 やがて噂がマバラードへと至った時。寒村かんそんの民たちは自分たちがその頃に感じていた“違和感”と情報を合致がっちさせた。


 マバラードの民はその頃、ある不思議な現象を体験していたという。


 それは“海が光る”というものだ。全員というわけではないが……海をながめて暮らす彼らの何人かは“夜に海の一部が光る”という不可思議を見ていたらしい。そしてさらに、数名は夜に恐ろしい思いをしたと言う。


 それは幻聴、幻覚のたぐいか――。


 夜になると家の周りで気配を感じ、様子を見るとそこに“半透明の存在”があったというものだ。それもよく見ると人間……女性のようで、見慣れないが明らかに高位そうな服装だという。


 彼女は何かをつぶやいているらしく、その声をよく聞くと頭痛がしょうじてくるらしい。あまりに痛むので内容を知ることはできず、そしてそのような幻聴、幻覚は長く続くこともないという。


 女の顔をまともに見た者はいない。見た気がすると豪語ごうごする者は『形はみにくく崩れ、目も口も数が多く、とても人のそれではなかった!』と言ったようだ。ただし、その人物は普段から少し様子がおかしい感じではあったので本当かは知れない。


 決まって夜に輝く海、決まって夜に砂地の丘を歩く女――。


 マバラードの人々は奇怪なる現象を恐れて夜に身を隠し、誰もがちゃんと布団で眠らなくなった。その頃は「魚を食べ過ぎたのろい」やら「海に住む怪物が心を食べに来ている」やら「不明な病が流行はやり始めた」やらと……不気味がって中にはマバラードを離れる者も現れ始めたようだ。


 そのような怪現象がマバラードで生じ初めてからしばらく――前述した“密書の噂”がこの地へといたった。


 それまで怪現象を恐れていたマバラードの住民達だが……密書の内容を伝え聞くとどうやら気が変わったらしい。


 彼らは口々に話す。


『なに、異国の姫君だと!? 金銀の財宝!? それらが海に沈んでいる!?』


『つまりあの光はきっと金銀の光だ!! 彷徨さまよう女は姫君の幽霊か!?』


 そうなると話も変わってくる。不明な怪奇現象によっておびえる日々は「人生を一発逆転させる可能性」となった。


 細々として楽しみもなく、舟から釣り糸をらして日々のかてを願っていたマバラードの人々……。それらが持て余した時間の全てを海への探索へと当て始める。


 なんなら夜にだってぎだす。多少ならず海の犠牲者がでたりもしたが……それは些細ささいなこと。それはそれとしてこの機会チャンスのがす手はない。


 そして、“海に沈んだ財宝伝説”は細々と交流を持っていた地域にも伝わっていく。


 もとより「最近こんな怪現象があって……」と噂を聞いていた周囲の集落はマバラードへの認識を変えた。つまり、「さびれている上に不気味な場所」が「とんでもない可能性を秘めた伝説の地」となったのである。


 ぞろぞろと日をかさねるごとに増える人々。マバラードは噂の伝達からほんの数ヵ月にして村から町……いや、もう“都市”と言ってもよいほどの急速な人口爆発を経験した。この頃にあった大量の移民は帝都や中立地、果てはなんと聖圏からすら雪崩なだれ込んでいたというのだから“異常”である。


 これはもちろん、ただ“沈んだ財宝”だけが理由ではない。


 財宝目的で集まる人々……。

 集まる人々から生じる“需要”を目当てとした人々……。

 人々が集まっているという熱気を目的とした人々……。

 混沌こんとんとする現地に身を隠そうとするワケありの人々……。


 そうした様々な理由の連鎖れんさによってマバラードは史上でもまれに見る急発展をげることになった。


 砂地の丘は整備され、家屋かおくが立ち並ぶ。


 人々がうための街道が“勝手に”整備され、海へとぎだすための造船所が“勝手に”建造される……。


 そうした噂は時をそれほどることもなく“皇帝”の耳にへと至ったのだろう。


 マバラードは一応、帝国の領土たる帝域ていいきふくまれる。それが“勝手に”発展・整備されることはあまり合理的なことではない。



 それは竜の導き……つまり“帝国の法”にそぐわないものだ。




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