紅き炎が開花の時――Memory3.『調子に乗るなよ』:Vision4
・
・
・
Vision4↓
・
・
・
轟音が鳴り響いた。それは雷鳴のような音で、研究所全体をわずかにだが震わせた。
「あ゛? なんだよ、雷ぃ……こんな晴れてんのにか??」
窓の外を眺めてアグゥが言う。彼が言うように外は晴天であり、とても霹靂が鳴り響くようには思えない。
突然の雷鳴の正体が解らず、なにかが爆発でもしたのかとアグゥは考えた。
「……サナッチさんか? こういう研究所って、けっこう危ねぇもんが落ちてたりするからな。あの人ちょっと変なところあるから、うっかり危険物にでも着火してなきゃいいけど。そうそう、おまえも気をつけろ・・・・・って、なにしてる?」
窓の外から視線を逸らす。
振り返ったアグゥの視線の先。そこには部屋の中で立ち尽くしている少女の姿がある。
霊光器の灯りで十分に明るい部屋。その床に落ちている屍の様子もよく見える。
屍は白衣の兵士だったもので、どうやらセラはそれをじぃっと眺めているらしい。
屍を眺めながら少女が少年の問いに応える。
「――――別に。ただ、この人は研究員だから……だからって、別にだけど。ふんっ、顔も見覚えないしね」
声が低い。なぜか不機嫌らしい少女。
アグゥは「あ゛?」と言って首を傾げた。どうにも屍を眺める少女の姿が不思議というか不気味に思えたが、自分もそういう気分になることがあるので「まぁいいか」と特に追及もしない。
「俺たちも死ねばそうなる。楽でいいよな、さっさと誰か俺を殺してほしいものだぜ。まったく羨ましい……フワぁ」
欠伸をかきながら。アグゥは手にしている短刀の黒い刃を何かの布で拭いた。黒き刃に付着した体液が白い布地を赤く染めた。
後頭部をボリボリと掻くアグゥ。どうにも眠そうな少年に向かって今度は少女が問う。
「なによ、欠伸ばっかり。眠いの? というか最近思うけど、あなたってよく寝すぎよね。なのに眠いってどういうこと?」
まだ朝ではあるがそれにしても欠伸が多いアグゥ。その様子が気になっていたセラは屍から視線を外して少年の傍に寄った。
覗き込むようにして質問をされたので、アグゥは鬱陶しそうにしながらも答えた。
「余計な世話というものだ。というか俺はそんな寝てねぇ。寝ようとしててもあんまり寝れてねぇというか、半分起きているというか……なんかあんまりしっかり寝た気分にならねぇんだよ。特に最近はよ」
「あら、それはよくないわよ。どうしたの、どこか具合でも悪いの?」
「あ゛!? 俺が具合悪いなんて、そんなわけねぇだろうが。ただちょっと、寝ようとすると気が散るっつぅか、なんか声がするというか……ああ、そうだ! てめぇとサナッチさんがいつも煩いから寝れねぇんだな」
「はぁ?? いやいや、私たちはちゃんと夜は寝てますぅ。あなたの寝つきの悪さを人のせいにしないでください!」
「いや、なんかうるせぇんだよ、存在が。ほら、アレだ……イビキとかもかいてるきがするし」
「イビキ・・・・・ウソっ、私イビキかいてるの!? そんなのウソよ、私は静かに寝てるもの!」
「へっ、どうかな? イビキをかいてるかどうかなんざ自分で解るものか。口だってパカンと大きく開けて――」
「やめてよ! どうしてそんなウソつくのよ!! 黙って、この悪口男ッ……!!」
「うわ、やめろ!? なにすんだ、離れろくっつくな……このイビキ女ッ……!!」
真偽はともかくだが、セラはアグゥに言われたことが許せないようだ。アグゥの両肩を掴んで揺さぶっている。
揺さぶられているアグゥはセラを突き放したいのだが、短刀を握っているので片手でしか抵抗できない。筋力タイプではなく、どちらかといえば技巧タイプなアグゥは苦戦を強いられていた。
少年と少女が「やめろ!」「やめろ!」と揺すったり揺すられたりしている室内。そこには彼らの他に屍が1つしかない。だからだれも止めてくれず、結局5分くらいはそのように窓際で騒いでいた。
そう、止める者はない。この研究所には警備の兵士が数名はあると情報があったものの、アグゥはこの室内で1人を殺害しただけだ。他は見かけていない。
実のところこの時、警備の兵士は全員がすでに死亡していた。唯一、兵士ではない神威の戦士のみが生きている状況。なぜそのようなことになったのかといえば、サナッチが個別に5名をすでに葬ったからである。
そのような状況とは知らず、されど特別に警戒するわけでもなく。
アグゥとセラはしばらくもめていたが、
『わかった、お前はイビキもかいてないし口もポカンと開けてない! これでいいか!?』
というヤケクソ気味なアグゥの叫びによって一応は収まった。
セラは不機嫌さを残しているが、一先ず少年を言い負かせたので良しとしたらしい。
「・・・・・まったく、本当に気の強いヤツだ。生意気すげて胸やけがするぜ」
少し憔悴した様子がアグゥにある。今の呟きも聞こえないようにすごく小声で言ったのだが、「はっ」として背後の少女を警戒した。
セラは不機嫌そうな眼差しで少年を睨んでいる。アグゥは「チィッ!」と面倒くさそうに後頭部を掻いた。
微妙な距離感。着かず離れずの距離感でなんとはなしに研究所内を歩く2人。
この研究所は外観以上に広く、単純に部屋の数だけでも10くらいはありそうだなとアグゥは感じた。そこからさらに“地下室への階段”を見つけたのだからさすがにアグゥも「広いなぁ」と思わず零す。
道中の部屋で金貨など、明らかに金目の物はポケットに詰め込んでいるアグゥ。それに習ってセラもローブに縫い付けた小袋に硬貨などを詰め込んでいた。
あまり荷物になるものは金目のものでも手を出さない。なぜなら持ち運びが大変だからだ。そういったものはサナッチが無理に持ち運ぼうとした時だけ手を出すことにしている。
しかし、研究所というものは高価そうなものが色々あるものの、実際それらがどれほどの価値であるのかなど解らないものだ。専門的な知識が無ければ見当もつかないので、だからこそサナッチ以外の2名は興味を抱かない。だからそもそも手を付けないということもある。
地下室への階段を下る少年と少女。まるで警戒しない様子で、自宅を歩くかのように階段を降りていく。
先頭を歩くアグゥが階段を降りきると、そこに鉄製の扉があった。
アグゥは「ダメだろうな」と思いつつ扉に手をかける。すると、以外にもあっさりとその扉は開いた。
拍子抜けしたようにアグゥは目を丸くして、そのまま開かれた扉の先へと足を踏み入れる。
踏み入れるとそこは――
「なんじゃ、こりゃ。薄暗くって、それに……臭ぇ。研究所ってもっと小綺麗なイメージがあるんだけどな」
アグゥは周囲を見渡している。
確かにそこは彼が言うように薄暗く、そして生臭い。何か食品でも腐ったものが置いてあるのかと思うほど臭く、そういえば地上階でも少し全体的に臭かったなぁ、とアグゥは鼻をクンクンとさせながら思った。
薄暗い研究所の地下。しかし、いくらか霊光器の灯りは灯っているらしい。
敢えて光を抑えている、そういった印象。
キョロキョロと見渡しながら、アグゥが後ろにいるセラに聞いた。
「なぁ、ここ臭ぇな。前襲ったところなんかはこんなんなくってよ、見慣れない器具とかもっと解りやすく金目の物があったんだぜ? こんなん、あまり長居は…………あ゛? どうした、セラ?」
アグゥは思わず少女の名を呼んだ。そうでもして気を向かせたいと思うほど、彼女の表情はいつもと異なっていた。
少女セラは真顔である。それこそ感情を失ったかのように、不機嫌でもご機嫌でもなく、ただ無表情に虚空を見ている。
いや、見ているのは虚空ではない。それは室内にある僅かな灯り、それが照らす1部分……。
「おい、どうしたんだって。なぁ、おまえ何を……セラ? どうしたんだ、お~~い??」
目の前で手をかざしても少女は動かない。視線を動かそうとしない。
何をそんなに注視しているのかと、アグゥは彼女が見ている方向を見た。
見ると、そこには……。
「 なんだ、ア――――熱っつ、あがああぁっ!!? 」
見た先にあるモノを認識して、いや認識しきれずに意識をとられた時。
アグゥの全身を強い衝撃が襲った。腹部から生じた衝撃は体内を巡ったようで、アグゥは脱力したようにその場で蹲る。
「――――!? アグゥ、どうしたの!!?」
少年が叫んで倒れた。この事態を察知して、ようやくセラの膠着は解かれた。彼女はどうやら精神的に何か、麻痺したような状態になっていたらしい。事態を完全に把握はできていないが、ともかくアグゥが倒れたことは解る。
蹲ったアグゥの身体は痙攣しており、呻くだけで返答することもできないようだ。
息を荒げて痙攣する少年の姿。少女はその場にしゃがみこみ、彼の身体をさすって「アグゥ、しっかりして!」と声をかける。
薄暗がりにある少年と少女の光景。苦悶する少年と心配する少女の姿。
それらがよく見えるようになる。というより、おそらくよく見えるようにしたのだろう。
天井に潜んでいた大型の霊光器に灯りが点く。煌々と光ったそれは地下室の全容を照らし出した。
そして柱の1つから1人。白衣の男が姿を現す。
その白衣は兵士が着る物とは形状が異なっており、丈が足首ほどにまで長く、襟も首元で高く立っている。
動きやすさを考慮したものではなく、職位を表すかのような特徴的な見た目。多少の形状違いはあるものの、こういった白衣を纏うのは決まっている。
白衣の男は白髪をかき上げて、少年と少女を視界でよく映るようにした。
白髪の男は言う。
「ウェルカム、お若い2名様……研究所見学は楽しんでもらえているかな??」
穏やかな笑顔だ。その男は細身で高身長だが、むしろ危うさを覚えるほどに細い。顔立ちもやつれていて、眉間に深いシワがある。目の下の隈がひどく、顔色も白いというよりは灰色のようで生気が薄い。
一言に“不健康そう”な男。それは蹲る少年とそれに寄り添う少女を眺めながら、右手に持つ機械を掲げてみせた。
「コレね、電撃銃っていうんだ。霊缶を通して霊力を電気にしてね、それを弾丸に込めて撃ち出す――まぁ、弾丸ってよりは矢なんだけどさ。目的は麻痺させることだから、殺すことが目的じゃないんだよ」
手斧くらいのサイズはある。それなりに重いのであろう電撃銃。それを掲げた不健康そうな男は、数秒ももたずに手を下げた。
そしてポケットから何か小瓶を取り出すと、それを下げた電撃銃に装填した。
不健康そうな男は嗤う。
「フッ、フフフ……この研究所も堕ちたものだよ。この天才学者が……いずれは教父とも言われたこの私、ロビアンが……こんな賊共に、フッフヒヒヒ……いい様だ?」
視点が定まっていない。フラフラと立っているだけでも不安定な不健康そうな男。ただしその顔面にある瞳だけは剥きだすように見開かれており、極端に瞬きが少ない。
常に乾燥気味な眼球からは、それを護ろうとしてか少量の涙が流れ続けている。
そしてどうやら独り言の中であったように彼は“ロビアン”という名らしい。しかも学者ということも独白した。
学者のロビアンは装填を終えた電撃銃を摩りながら蹲る少年に問いかける。
「痺れただろう? コレはね、殺しはしないけど一発当たれば数時間はまともに動けない代物だよ。つまり、君はこれから数時間の間、僕の自由になる。この意味が解るかい? そう、君は神に愛されるのだよ。だから幸せで幸福だ、何も心配することはない……そうだろう?」
ロビアンは倒れるかのように一歩を踏み出した。その姿を見た少女が立ち上がって少年の前に出でた。
「来ないでよ。あなたなんか、もうこっちに来ないで……私たちは出ていくから、放っておいて!」
そうして学者を睨みつける少女セラ。強い眼光だが、彼女の身体は僅かに震えている。それは恐怖によるものであろうか。
セラはこの見知らぬはずの学者を睨みつけている。だが、実のところ彼女はこの学者が名乗らずともこの男の名を知っていた。
むしろ、この地下室に足を踏み入れた時から「まさか」と思ってはいた。そうした予感があったからこそ、彼女の意識は一時的に麻痺を起こしていたのである。
それは彼女の記憶が引き起こした現象だった。
睨む少女。その顔を見た学者のロビアンもまた、少し思考を麻痺させていた。それは彼が「記憶」を探っていたから。
そしてすぐに思い至り、「ニヤリ」と、嗤った。
「あぁ~~、なんだ“オ・22番”ではないか! ハハハ、懐かしぃなぁ……少し大きくなったかね? アレは確か2年前だったか……まだ生きていて驚いたよ!」
ロビアンは電撃銃を叩いて喜んでいる。そして前かがみになってじっくりと少女の姿を観察しはじめた。
嬉しそうな学者。それに対してセラはまったくそうではない。真逆だ。
「……知らないわ、そんな“呼び方”。人違いよ、もういいでしょう。どっか行って!!」
セラの口調は厳しい。怒っているというより嫌っているという様子。嫌悪して、とにかく遠ざけようとしている。
比してロビアンは親密そうに話す。まるで娘に語りかけるように、優しい口調で語る。
「そんなわけはない。この頭脳は君の顔をよぉぉ~~~く憶えているよ。なんなら顔だけじゃない、君のすべてを記憶している。血液型から年齢……おっと、身長や体重は情報を更新せねば。ははは、何せ君は成長してるからなぁ~~、立派にねぇ……」
学者は続けて穏やかに語る。
「あの時の君は実に“優秀”だった。いや、まぁ“被験体”としてはつまらないものだったかもしれないけど、“研究材料”としては素晴らしかった。おかげ様で多くの知見を得られたよ……そう、君の身体のおかげでね!」
「黙れ!!! キサマら研究者が……学者がそれ以上口を開くな!!! 薄汚い、臭い、反吐が出る……消え失せろ、教会人!!!」
ロビアンの語りを聞くうちに、セラの表情は急激と険しいものとなる。そしてその口調も荒くなり、思いつく限りの罵倒を浴びせ始めた。
罵倒を浴びるロビアンは怒るどころかより一層、恍惚とした表情となっていく。
「ああ、思い出すよ。君以外にも色々と研究材料はあったが、君の反応は素晴らしかった。そうそう、今みたいにさ……口だけは強く、だけど抵抗もできない君は本当に美しかったよ。ご両親のことですっかり大人しくなっちゃたけど……アレは事故さ。君が気に病むこともないよ、ハハハ」
慰めるように、諭すように話す学者。しかしその内容を聞いたセラは拳を握りしめて顔を真っ赤にした。
今にも走り出して学者を殴りつけそうな険相だが、それを解っていたようにロビアンが構える。
学者は電撃銃の銃口を少女の腹部に向けた。銃口を向けられたセラは顔を真っ赤にしたまま、学者の顔を睨み続けている。
「嬉しいね、また君は無抵抗になる。そっちの彼はまぁ、実験材料として活用でもするか。ああ、だけど君にはまだ仲間がいるようだからね……まぁ、それもバクトォ君が見つけたようだし。先ほどに雷鳴のような音があっただろう? アレはきっと、バクトォ君がお仲間を消し炭にしたか肉塊に変えた音だろうよ」
ロビアンは嗤っている。笑顔で、その長身から見下している。
見下しているのは物理的にだけではない。それは精神的にもだ。
セラは肩で呼吸をし始めた。あまりにも感情が昂っているので、体温が上がって呼吸が乱れている。
セラは思う。
(本当、最悪。こんなところで……復讐できるかもって、そういうことを考えてはいたけど……こんな状況になるなんて。アグゥは気絶しているのかな? でも良かった、何も聞かれてなくて……。
だけど、こんな状態の彼を置いていくなんてできないし。こうなったらもう、刺し違えてでもコイツを――)
幸いというか、少年は意識を失っているようなので何も聞かれていない。少女の興奮した心にあって、そこだけは安心している部分ではある。
そしてその安心は容易く打ち砕かれた。
「なんか解んねぇけどよぉ。なんだよ、お前ら知り合いなの? つってもどうやら和やかな関係ではなさそうだが……一体全体、どういう感じなんだ?? おい、説明しろ」




