紅き炎が開花の時――Memory3.『調子に乗るなよ』:Vision3
・
・
・
Vision3↓
・
・
・
古びた建物ではある。研究所自体は建てられて十年は間違いなく経過しているものだろう。鉄筋とコンクリートで頑丈に造られた建造物はこの頃、聖圏特有のものだった。
――神から授かりし知見。神秘を解釈した技術、それこそが“霊術”。
帝域における魔法と魔術のような関係にも思えるが、霊術は決定的にそれと異なる部分がある。それは“根本的に解読することができない”ということだ。魔法に対する回答(解術)のようなことができないのである。
魔法と比しても「奇跡」としか言いようがないものが技術として日常に紛れている。それは一見して優れた光景にも思えるが、奇跡とはつまり「不可思議」に類すること。
聖圏の文明というものは「よく解らないが便利」という科学によって成り立っている。いや、それはそもそもどのような文明も実のところそうなのかもしれないが……。
文明の利器をすべて理解して生活する人はないだろう。だが、すべて理解できてなくとも人は利器に包まれて安心して生活を営むことができる。それで十分、別に理解する価値もないのだから。
丸みを帯びた研究所は外観として乳白色で、古びてはいるがいくらか清潔な印象もある。では、その内部はというと……あんまり清潔とは言えない様相のようだ。
チカチカと、天井の灯りが瞬いた。
「ん……ありゃ、またか。まったく、霊光器というものは便利だが、どうにも充填作業が面倒なものだな」
チカ‥チカ‥と、基本的に点いてはいるが不安定な照明。それを見上げて兵士が言う。
研究所の内部。廊下の天井を見上げて立つ白衣の兵士は教会から派遣された人。
彼は溜息を吐いた後、照明器具に充填するための“霊缶”を取ってこようと廊下を引き返そうと思った。
そのために振り返ったのだが、振り返ってみて自分の“独り言”が誰かに聞かれていたことを知る。
そこに立つ“鉄仮面の人”は首を右側に傾げて言う。
「本当、そうだよなぁ。俺さんも霊光器ってやつのお役立ち度合には感謝しているよ? だけどさ、どうせならずっと点き続けて欲しいものだよね。そうそう、聞いてよ~! 俺さんの昔住んでた家でさ、最新の霊光器を導入して――」
鉄仮面の人は親し気に話しかけてきた。チカチカと危うい灯りの下、黒いロングコートの前面に並んだボタンが5つ、金の色に輝いている。
親し気な鉄仮面の人。それはいいのだが、問題は兵士にとってその人物にまるで親しみがないことである。
ハッキリ言って見たことも無い人物だ。声も聞いたことがない。だから当然として兵士は問うた。
「え、あ~~……あんた誰だ? ロビアン博のお客人か? いや、客人など聞いていないし……」
兵士は困惑している。困惑する兵士を見た鉄仮面の男が「ん?」と左側に首を傾げたので、つられて兵士は右側に首を傾げた。
鉄仮面の人は「おっと、すまない!」と慌てた様子で右手を差し出してきた。
握手であろうか。しかし兵士は戸惑いと警戒によって応じられずにいる。
右手を差し出したまま、鉄仮面の人は自己紹介を行った。その右手には青い閃光がバチバチと迸っている。
「これは失礼しました。俺さん、“こういうもの”です」
「え、あ~~…………あっ。」
兵士が「あっ」と言う間の出来事。鉄仮面の人は右手に細身の剣を召喚し、召喚された剣はそのまま兵士の胸部を一突きに貫いた。
鉄仮面の人は剣を引き抜くと少し身を右側に躱す。白衣の兵士から血液が正面に噴き出した。
膝を着き、上体が反れて仰向けに天井を見上げる白衣の兵士。
チカチカとした霊光器を見上げながら、彼は最期に「よくわからないけどあれを取り替えないと……」とだけ考えた。
最期の願いが叶わぬまま屍となった兵士。その横に立っていた鉄仮面の人は膝を着き、粛々として屍の所持品を漁り始めた。
冒涜を肯定するかのような、わざとらしいまでに徹底された淀みのない行動。
人を刺し、屍を漁るその姿――――それを見ていた者がある。
「キサマ……賊の者かッ!! いつの間に、門の警備は何をしている!?」
廊下に響いた威嚇の声。張り上げられた声の主は上半身を包帯のように巻いた白い布地で引き締め、下半身にはふくらみのある下衣を纏った男性。下半身は見えないが、上半身の様子から鍛え抜かれた筋肉質な身体であることが判る。
右の目元に青い塗料で化粧が施されており、左右の前腕部には薄く青光りする手甲がある。
鋭い目つきで鉄仮面の人を睨みつける筋肉質な男。
威嚇の声と視線を察して、鉄仮面の人がゆっくりと立ち上がった。そして自分を睨む男の姿を確認すると「うわぁ……」と露骨に嫌そうな声を零す。
鉄仮面の人はちょっと迷い始めた。
「聞いてないよぉ……情報にないじゃん。なんでこんなところに“神威”の人がいんのさ? 苦手なんだよな、この人達……修行のしすぎで真面目すぎるし、やたらと強いし。今の俺さんだとちょっと心配だぜぇ? でも、ここで逃げてアグゥ達が遭遇しちゃったらと思うと……ううん……」
何かブツブツと独り言を零しながら悩んでいる。手にしている細身の剣をくるくると回しながら、鉄仮面の人は一歩下がったり戻ったりを繰り返した。
そうした光景を数秒間、訝し気な表情で観察していた筋肉質な男は「ダンッ!!」と強く廊下を踏みつけた。それと同時に青い稲妻が彼の足元から生じ、床を伝って壁面までをも焦がす。
威嚇する筋肉質な男は再びに声を張り上げる。
「俺はジョアン山の神威が一信、バクトォ・ユイナァ!!! この神聖なる学びと進歩の地にて、かような狼藉を働くキサマは何者だッ!! 名乗れぃッ、賊めがッッッ!!!」
筋肉質な男――神威の【バクトォ】は両の拳に青い電流を纏わせた。当初、弾けるように暴れていた電流だがそれは次第に落ち着きをみせて、やがて冷気のようにたゆたう様で拳を覆った。
落ち着いたとは言っても、それは嵐の前の静けさに似たもの。ここでバクトォと名乗った男の両拳がどれほど危険なものかを鉄仮面の人はよく知っている。
鉄仮面の人は何歩か後ずさったのだが……意を決したのか、踏みとどまる。
鉄仮面に隠された表情。その奥に、脳裏に浮かぶのは目つきの悪い少年といたずらに笑う少女。
それと、瞬時に召喚した鎧で全身を包み、こちらを見下ろしている女騎士の姿――
「……ふぅぅ。ま、ここでヤられるようじゃぁ、到底彼女には届かないわな」
大きく息を吐き出す。鉄仮面の人は右手にある細身の剣を逆手に持ち直した。
そして、律儀な相手に合わせて名乗りを返す。
「あんたらまったく、相変わらず生真面目な流儀だねぇ……オゥケィ、名乗ってあげようか! 俺さんはサナッチ・イスタリアス。ご察しの通り、女神さんに呆れ果てた一介の賊でございます!」
バチバチと、鉄仮面の人――【サナッチ】の左手で青い電流が弾ける。するとその左手には矢が装填された状態の“クロスボウ(弩)”が現れた。
矢の狙いを廊下の対面、10mほど先に立つ男へと向ける。
「名乗ったんだからもう、不意打ちでもないよね?」
サナッチは鉄仮面の裏で笑う。
クロスボウの引き金が引かれた。金属質な板ばねの機構によって速力を得た短い矢が射出される。
廊下の先に立つ筋肉質なバクトォ。その右目周りに施された青い化粧、それと同じ色合いが瞳孔を染め上げ、顔の右半面から青い電光が生じる。
空気を切り裂いて直進した矢。これに対してバクトォが右手を振り払うようにすると、その手には短い矢が握られていた。
「パキッ」と乾いた音が鳴った。それは金属で作られた矢が人の手で砕かれた音である。
「飛び道具か、卑怯者め! そしてそれも納得だ。その術は創輝の出身……連中ならなんでもありだからな。しかし、お前の名前……どこかで聞いたか? いや、思い出せんな……やはり知らんか?」
バクトォが手の平を開くと金属片がパラパラと床に落ちた。右目と両拳から漂う青い電光。
金属の矢が砕かれたのは握力のためではない。確かにバクトォは筋肉質ではあるが、これの本質は彼が纏う青い電光にある。
霊術には様々なものが存在する。霊光器のように日常で使われる技術から、創輝のように金属を召喚する戦闘術など。
バクトォ及び、彼ら神威なる信徒が扱う術は人間の身体能力と伝達速度に奇跡を与えるものだ。彼ら集団のことも神威と呼ぶが、その術もまた神威と呼称されている。
鉄仮面の人が何者であるか。思い出せそうで思い出せないバクトォが少し思いふけっていると、廊下の先でいそいそと次弾をクロスボウに装填しようとしている人の姿が見えた。
「あっ。させるかッ、飛び道具の卑怯者ッ!!!」
バクトォはそう叫ぶと地面を蹴った。一足飛びに進んでから一気に駆ける。
「ぇあっ、ヤベぇっ!?」
迫る圧力を感じたサナッチは慌ててしまい、矢をポロリと落とした。装填しようとした矢は青白い光を発して消えていく。
仕方なく、クロスボウのことは諦めて細身の剣を突き出すサナッチ。
しかしそれは容易く躱された。
「砕けろ、神忘れの賊風情めがッ!!!」
神威の右拳が構えられる。
隆起したバクトォの背筋。そこに蓄えられた力に右拳の霊力が掛け合わさり、その場に小さな台風が生じたかのような、巻き込むような突風が生じる。
風の引力によって仰け反ることすらできない。サナッチは目の前で今、まさに爆発するかのような物体が圧力を増している様に冷や汗をかいた。
巨大な板ばねによって弾き出されたかのような威力。固形化した稲妻が矢となって撃ち放たれたかのような轟音。
バクトォの右拳突き上げ――つまりはアッパーカットが炸裂した。刹那、その直前のタイミングで青白い稲光がサナッチからも生じている。
轟音が鳴り響き、それは研究所全体にも轟いたことだろう。すでにほとんど静寂な研究所だが、きっとどこかで少女と少年は「なんだ?」と驚いたに違いない。
2つの青い電光――刹那に研究所の廊下を照らした光はあまりにも眩しく、バクトォは左目の残光が面倒くさそうだ。ゴシゴシと擦って首を振っている。
チカチカと、天井の霊光器が変わらず危うい様子で灯っていた。
地上で破裂した落雷のような強烈な光。その後に残った静寂の廊下。そこに「ドスン」と何かが衝突した――いや、落下したような音が鳴る。
「なんでもあり、か。なるほど、“こんなものも呼べる”のか……いや、“こんなものも呼べるほどの者”……なのか?」
右手に稲妻の残光を宿すバクトォ。彼が見下ろす先には四方2mはあろうかという盾……いや、“金属の壁”が落ちている。その壁は厚みもあって、10cmは間違いない。「四方2m、厚み10cmの金属の板」ということでもある。
分厚い金属の板は中央が拳の形に凹んでおり、少々の亀裂も生じている。普通はこんなものを殴れば人間の拳は砕け、壁は何事も無いはずだ。ただバクトォは普通の人間ではない。
そして床に落ちた壁の先では仰向けになって大の字に倒れている人の姿がある。
金属の壁越しにでも拳の衝撃は凄まじかったようだ。吹き飛ばされて倒れたサナッチは素顔が露わとなっている。どうやら鉄仮面が外れてどこかに飛んで行ってしまったらしい。
サナッチは大の字になって天井を見上げながら、「うぅ~~ん」と唸った。
起き上がらない黒いコートの人。筋肉質なバクトォがそれを遠目に見下ろし、言う。
「サナッチと言ったか? キサマ、大した術を使うが……俺の拳に宿る威力はそうそう簡単に凌げるものではない。思い知っただろう? では、とどめを刺してやるから……せめて最期は回心し、地の先に眠る主へと祈りを捧げるがよい」
バクトォが一歩前進する。彼が踏みつける前に、床に落ちた金属の壁は青白い光を放ちながら虚空へと消え去った。
唸っていたサナッチ。大の字に倒れていた彼だが、両足を大きく振り上げると全身の反動を使って跳ぶように起き上がった。しかし、やや勢いが足りずに後ろへと後退する。
いまいち動きにキレが感じられない黒コートの人。しかも立ち上がった彼は鼻から血を流している。
バクトォはそうした様子を見て「フッ」と微笑んだ。
筋肉質な男に微笑まれたサナッチは鼻血をコートの袖で拭うと、「フッ」と微笑み返す。そして白い歯を見せて「ニヤリ」とまで笑った。
ややふらついて立つ黒コートの人。その表情にある笑みの意味が解らないバクトォは問う。
「なぜ、笑う? そうか、諦めの境地というやつか。人は過度に恐怖すると――」
「おっと、早とちりはよくありませんぜ? 神威のお兄さん、今はなにはともあれ……俺さんを一撃で仕留められなかったという事実は間違いないんですよ。そこが大事だと俺さんは思うんです、違いますかね?」
言いかけていたバクトォの言葉を遮り、サナッチが問い返した。
バクトォは首を傾げる。「何を言っている?」と、不思議そうにしている。
サナッチはまだ止まらない鼻血をフンっ、と噴き出した。そうしてから鼻先を擦り、若干の鼻声で答える。
「俺さん、知ってるんですよ。神威の人ってぇ……確かに真正面からやりあうと危ないって、それは有名ですよ? だけどね、こうも言われてます。“あいつらとにかく燃費が悪いぞ”って……」
「――――なに?」
バクトォが表情を険しくした。両手に宿る電流が激しさを増す。
だがそんなこと、サナッチは構わず続ける。
「解りませんか? あなた方はなんでも全力で、加減ってものを知らない筋肉馬鹿だって、そう言われてんすよ。さっきの一撃は確かに凄かったが、そいつの確信にもなりましたね。っつか、そもそもが神威の術ってのは身体負荷も高いんでしょう? 俺さん、“生への執着”ってのには自信がありましてね……こう見えて案外としぶといですよ。一撃で仕留め損なったあんたのミスは、意外と大きいものかもしれませんぜぇ、神威の兄貴??」
「キサマ――俺の神威を、俺の信仰を――――」
「ええっ!? いやいや、誤解しないでくださいよ。俺さんは別にあんたをナメてるってわけじゃぁないんです。ただ……神威って集団と術そのものの欠点を言ってるだけなんですよ。真実を言ってるだけなんで、どうか誤解しないで下さい??」
仮面が外れて露わとなった表情。穏やかで爽やかな笑み。
端正な顔からのぞく白い歯。チカチカとした霊光器の灯りの下、左手に持ち替えた細身の剣を突きつけてウインクをする男。
バクトォは叫んだ。声のようだがサナッチからは獣が咆哮しているかのように感じられた、彼の心からの叫び、怒り……。
両拳から青白い光が多量に放出され、右の顔面は激しい電流で歪んで見え、形を知ることができない。
食いしばられた黄色い歯は頑強で首筋に浮かぶ血管がくっきりとわかる。
己の誇りと信仰する思想、集団、生き様を貶されたと感じた男は誇り高いが故に激怒した。
感覚が研ぎ澄まされ、時すら歪ませると謳われる神威の眼。青白い光が噴き出すその右目はしかし、怒りのままに対面の男をただ睨みつけた。
咆哮をあげて廊下を駆ける神威のバクトォ。彼が走るその両壁面を青い稲妻が焼き焦がしていく。
稲妻を纏った小さな台風が迫ってくるかのような脅威。それに対面する創輝のサナッチは「ちょっと言い過ぎた?」と作った笑みを苦笑いに変えた。
そして左手にある剣の切っ先を揺らがしながら、自由となった右手を背中に置く。
対面して迫る脅威から隠した右手。そこに迸る青い電流。
「……俺さんはさ、まだ死にたくないんだよ。一生死なないが信条なんだぜ?」
すでに雷鳴のような轟音が轟く中、サナッチは思わず悪い癖を出す。
彼は“祈るように”呟いた。
「久しぶりだからって拗ねてくれるなよ? 頼むぜ――――相棒ッ☆」




