紅き炎が開花の時――Memory3.『調子に乗るなよ』:Vision1
Memory3.『調子に乗るなよ』
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Vision1↓
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朝霧が景色を覆っていた。
早朝の時刻に気温は低く。少女の唇は薄紫色、白い息で手を暖めて擦り合わせている。
石のベンチは冷たかったが、もう何分も座っているので尻の辺りは暖かい。薄緑色のローブから脚が零れ見えないように、少女はスカート部の裾を被せ合わせている。
隣に座る少年。あまりにも目つきが悪い少年もまた石のベンチに腰掛けていた。この少年の唇も薄紫色で、やっぱり寒いことは寒いのだろう。
だが少年は平然とした表情で虚空を睨んでいた。いや、別に不機嫌でも睨んでいるわけでもないのだが、あまりにも目つきが悪すぎるので普通にしていてもそのように思えてしまう。
組んだ足の先をカクカクと小刻みに揺らしている。隣の少女がわずかに震えているのは寒いからだが、少年のこの“揺らし”は意味合いが異なる。
苛立っているからだ。さきほど不機嫌ではないとしたが、若干にはそうなのかもしれない。
何せ“待たされている”からだ。大体いつもそうなのだが、“彼”はいざ動こうというときにどうでもよいことに気をとられたりする。あるいは変なこだわりで時間を無駄にしたりする。
そうした“彼”の習性を知っているからこそ待てているが、同時にだからこそ苛立つ。
「――ったく。もうどんだけ経った? ついでにトイレでクソでも垂れてんのかよ」
目つきの悪い少年が我慢できずに不機嫌を吐き出した。それを聞いているのは隣に座る少女だけだ。
だから少女は応えてあげる。そのまま独り言としておくには可哀そうだと感じたのだろう。
「さぁてね、何分くらいかしら。というかそんなにイライラするなら呼びに行けばいいじゃない?」
少女は特に少年を見ることもなく応える。背後にある家屋をチラリと見て、肩ほどにまで短くした黒髪を撫でた。
少女は別にこれ以上少年を苛立たせるつもりはない。むしろ気を遣って返答してあげたのだから少しは機嫌を直してほしいとすら思っている。
だが、少年は表情を険しくして応えてきた。
「あ゛あ゛!? イライラしてねぇよ、別に。ただ“すぐくるよ~~”なんつって、すぐこねぇヤツはロクでもねぇなってそう思うだけさ。そんな不条理なヤツをわざわざ呼びに行くのは気に食わねぇだろう。だって“すぐに来る”って言ったのは俺じゃねぇからな!!」
吠えるように言う少年。虚空に向けてそのように吐き捨てた彼は組んでいた脚を乱暴に降ろして地面を蹴りつけた。
乱暴な少年の乱暴な態度を横に見て。少女はため息交じりに応えてあげる。
「またぁ……すぐそうやって怒らないでよ。別に私はあなたに“サナッチさん”を呼んできてなんて言ってないもの。そういうつもりじゃないもの……いい加減、すぐ怒るのやめてよね?」
呆れたようにしながら少女は少年の横顔を見ている。苛立つ彼はわずかに揺れているが寒いからではない。降ろした足をまたカクカクと揺すっているからだ。左腕からは僅かに紅い煙が沸いている。
少年は「ケッ、別に怒ってねぇだろうが!!」と叫んだ。少女はまた大きな溜息をついて首を左右に振った。
石のベンチに座る少女と少年。そこに沈黙が再び生じた頃合い――
古びた木造の家屋から出てくる人がある。
街道の宿であるその家屋から出てきた人物。それが身に纏うコートは長く、裾が地に着きそうなほどだ。
ほぼ漆黒なるそのコートは艶やかでほとんど汚れない。金のボタンが5つ、縦に並んで前を留めている。同じく金のボタンが手元の袖口にも輝いており、そしてそれら金は総じて贋物だ。
朝霧を通して射す陽光。贋物のボタンを輝かせて歩く漆黒なるコートの男。
顔の前面には鉄製の仮面。灰色の頭髪はオールバックに後ろへと流され、整っている。
紙の束を丸めて持つその男は清潔そうな印象がある。少年と少女が座る石のベンチにまでやってきた男は仮面を外した。
そして露わとなった端正な顔立ちにキラリと白い歯を光らせ、言う。
「お待たせっ、良い子たち☆ いやぁ、ごめんごめん! ちょいと気になる記事があったものだから一部買っちゃったんだ。そんで買ったからには読み始めちゃって……テへへ♪」
黒いコートの男は照れくさそうに笑った。清潔感のある身形だが、その笑顔にある卑しさは隠しきれない。
笑顔で遅刻を誤魔化そうとする清潔な男。卑しい笑顔の男に向けて少年が鋭い視線を送って言う。
「あんた……“サナッチさん”よぉ。こんな寒空の下で人待たせといて、よくそんなヘラヘラしてられるよな!!」
ものすごく不機嫌な少年。その横にある少女もまた、不満そうな視線を同じ対象に向けた。
彼らの視線の先。そこにある清潔な男……つまり【サナッチ】は少し面食らったように「お、怒るなよぉ」などと後ずさっている。
サナッチは気楽に来たが、実際のところ山岳から吹き下ろす寒風を受ける早朝に、30分以上も待たされていた2人としては中々に腹立たしかったのだろう。少女もそうだが、やっぱり少年も相当寒かったに違いない。
想像以上に怒っていた少年達を見て。サナッチは「こんな時のために……」などと呟きながらコートの裏をゴソゴソとした。
そうしながら言う。
「いや、実際、悪かったと思っているよ? 思っているからこそだね、こんなものを用意したんだ。ほら、まずは“アグゥ”……そいで”セラ”。お2人に一本ずつだよ、どうか受け取っておくれ?」
サナッチはコートの裏から取り出した“2本”を少年と少女に手渡した。
唇が薄紫色な少年……つまり【アグゥ】は手渡された物を眺めて眉間にシワを寄せる。
唇が薄紫色な少女……つまり【セラ】は手渡された物を見て瞳を輝かせた。
アグゥとセラが受け取ったモノ……それは“飴”だ。甘い飴ちゃんだ。
少年アグゥは怒る。
「ふっっっざけんな!! なんだこれ、コレ……こんな飴なんぞで俺の機嫌をとるつもりかよ!? ガキじゃねぇぞ、ナメんじゃねぇ!!」
少女セラも怒った風にする。
「うんうん、そうよそうよ。こんな飴なんかでね……まぁ、でもサナッチさんも反省しているみたいだし、許してあげてもいいかもしれないわね! 小さなことであんまり怒るのって、それこそ“ガキ”っぽいわよ?」
彼らに渡された飴には棒がついており、単に飴玉1つというわけではない。渦巻の形状で手の平より少し小さなサイズくらいはある。
「そうだぜ、こんな飴玉1つで誤魔化そうたってそれは・・・・・あ゛あ゛!!? 今、なんつったセラてめぇコラ!!!」
サナッチに怒っていたはずのアグゥだが、セラの何気ない一言ですっかりそちらに怒りの矛先が向いたらしい。
アグゥは立ち上がった。少し濃くなった紅い煙が立ち昇る左腕で少女の襟元を掴んだ。薄緑色のローブが歪み、少女の鎖骨と胸元が露わとなる。
「……何よ、やめてよね? 飴を落としちゃったらどうするのよ、あなたのをくれるの?」
セラは少年を見上げて睨みつける。
「あ゛あ゛!? てめぇ俺は別にこんな物なんだって・・・・・あっ。」
少女に睨まれたアグゥ。彼は少女と視線を合わせたり逸らしたりした後、彼女の襟元から手を放して後ずさった。
左腕からはモウモウとした紅い煙が湧き上がり始めた。顔まで赤くなっているが表情は怒りのものではない。
何か呆けたような表情で少年はセラを見ている。そんな様相のアグゥを見て少女は訝しむように首を傾げた。
「何よ、珍しいわね。ちょっと睨んだくらいでそんな……ごめんなさいね、怖がらせちゃった?」
「ふっ、ふざけっ……ビビったわけじゃねぇよ!! てめぇ、その……ナメんな!! こんなん欲しいならくれてやるぜ!!!」
アグゥは自分の棒付き飴を少女に突き出した。
「えっ、ちょっ……別にまだ飴を落としたわけじゃないのに? でも、くれるならもらうわ。ありがとう♪」
「・・・・・チィッ!」
突き出された棒付き飴を受け取ったセラは嬉しそうに笑っている。そんな彼女の表情を見て、少年は舌打ちをして背を向けた。
そして、どうやらすっかり自分の罪が有耶無耶になったらしい状況を察知した清潔なサナッチが口を開く。
「オッケー♪ まぁまぁ、喧嘩はそのくらいにしなよ。そんなことより今日の作戦を確認しようじゃないか。ええとだね、まずはこっから北西に向かって――」
サナッチが何か今日の予定を話し始めた。少女は飴をなめながらそれを聞き、少年は変わらず背を向けたままで聞いているのかいないのかよく解らない。
作戦会議というか、一方的なサナッチの話しは数分もせずに終わった。
「さぁ、まぁ……とにかく行ってみよう!」
途中から自分が何を言っているのかよく解らなくなったのだろう。サナッチはそのように発言して歩き始めた。
漆黒のコートを揺らして歩く背中にセラが続く。
そのさらに後ろを歩き始めたアグゥ。
すっかりアグゥの煙は治まっていた。セラ曰く、彼の感情と連動しているらしいその煙はもう昇っていないのだが、アグゥの表情は優れない。
不機嫌というか、なんというか……ともかくなにかに納得できていない、という具合に。
石ころを蹴とばしながら、何故か苛立っている少年はサナッチたちの後を追った。




