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『二つの炎――前章:黄金なる怪物皇帝(3)~金色の誕生~』

2(後節).黄金なる怪物皇帝~金色こんじきの誕生~


 ミシュアン=ブローデンは25歳の誕生日に婚姻こんいんした。相手は帝国の伝統ある貴族であり、名はプロテア=セイントロゥという淑女しゅくじょである。


 プロテアもまた、ミシュアンと同じく真面目で寡黙かもくに誠実な人柄ひとがらであったという。


 プロテアは病弱ではなかったが……そもそも気が弱く、大人しく内向的でとても社交の場になど出てこない、中々に伝統貴族泣かせな娘であったとされる。見た目も清楚せいそ清廉せいれんな印象はありつつも、あまり華やかではない人だった。


 彼女の両親に至っては「あの子はきっと結婚などしないだろう……」と周囲に不安をこぼしていたほどだ。実際、彼女が皇帝と結婚した頃にはよわい30歳となっており、現在ならともかく当時として、さらに伝統貴族としては異様に遅い部類となる。


 そうした2人だが出会いは偶然であった。皇帝が月夜の散歩中に通りかかった貴族邸のテラスにて彼女を見かけ、たまたま月夜にうたんでいた彼女の声にかれてうっかりと声をかけたことが始まり……とされる。


 奥手で誠実かつ寡黙な2人なのでそこから5年の歳月を要し、ついに結婚へと至った。結婚に至る直前まで彼らの親交をほとんど誰も知らなかったというのだから、どれだけ地味な付き合いだったのかと察せられるものだ。


 そうして夫婦となった2人はわりとすぐに子をさずかった。彼らにとって唯一の子となるその命は母親の胎内たいないですくすくと育つことになる。


 むしろ、「すくすく」というよりは「ぐんぐん」と言うべきであろう。何せ出産に至るまで母親の妊娠発覚からしてわずか1ヵ月のことだった。実際にさずかってからは3ヵ月も経過しないうちに産まれたことになる。スピード出産と言うには異常すぎる。


 そもそも妊娠の発覚すら「何か母親の腹が輝いている?」と父親が不思議に思ったからであり、それに気がついてからはたびたびにほとばしるような黄金光おうごんこうが母体から発せられるようになったという。食事中などにも輝きは明滅することがあり、そのたびに母親は胎内から不思議な“熱”のようなものを覚えたとされる。


 長い帝国史、およびブローデン家の記録にあっても記述のない事柄だ。時の皇帝たる父親は狼狽うろたえ、「このままで妻は無事にすむのか」と何度も知識者、医師団に訴えた。


 聞かれたところで帝国の頭脳達は何も明確に応えられず。ただ、「様子を見るしかありません」と言うだけだった。


 実際のところ胎児の急激な成長にしては母体の容態ようだいは安定しており、また彼女の精神面においても「不思議な赤ちゃんですね?」と意外にノンビリとしたものだったという。これは母親にしか解らない直感というものだったのだろうか。


 そうは言っても父親は心配がきず、一説にはこれが彼の寿命を縮めたのではないかとすら推察すいさつされている。


 そうこうする内、前述したように3ヵ月の妊娠期間をてその竜人は産まれることになる。しかしそれは“出産”というにはあまりにも異様な光景であった。


 まず、みずからら産道をよじるように手足を用いてにょっきりと頭から顔を出した赤子の竜人。立ち会った産婆さんばはフサフサとした金の頭髪を見てまず驚き、そしてにらみつけるような鋭い眼光と目を合わせてまた驚いた。


 ぼんやりと黄金の輝きをすでにまとっていたともされており、そうした様子を見た産婆が呆気にとられながらもよろめいて尻もちをつくと……さらに驚くべきことがおきる。


「おい、食べるぞ――――いいな?」


 その赤子はよじって母親のまたからでると、すぐに2本の脚で立ち上がり、そしてそのように“言い放った”。その場にあった誰もが意味を理解できない状況である。


 「意味を理解できない」というのは、別に彼の明確だった発言の内容ではない。状況そのものが理解できず、ただ誰しもが呆然とするばかりだった。


 なぜこの赤子はすでに立っているのか?

 なぜこの赤子はすでに長髪がれているのか?

 なぜこの赤子は産婆を睨みつけているのか?

 なぜこの赤子は明確に、意味をもって“言葉”を発しているのか??


 何もかもが解らない産婆や記録人、そして祖竜の大剣を抱えて泣きながらいのっていた父親。


 誰もが何も言わない、言えない状況……。


 「おい、どうした? 食べるぞ」と言いながら産婆を睨んでついに歩き始める赤子。混乱した産婆は「自分が食べられるのか」と思ったらしい。「恐怖で声も出せなかった」という証言が残されている。


 戸惑いによって硬直したような空間。そこで最初に赤子の他で声を出したのは母親であった。


「ああ、私の赤ちゃん……お腹がいているのね? すごいわ、もう……もう、お腹が空いているのね!? それは大変だわ!!」


 母親は身体を起こして立ち上がろうとしたが、よろけて姿勢をくずした。


 お産の光景は異様なものだったのだが……不思議にも普通のそれより母体の負担は少なかったという。若干に小柄として赤子が産まれたからだとする説もあるし、赤子が自らの力で出てきたからだとする説もあるし、何か竜の血による奇跡が起きたのだともされている。


 ともかく。負担が少なかっただけにすぐさま動けた母親はそれでも疲労があり、姿勢を崩して倒れそうになった。


 その様子に反応した者は2人ある。


 大剣を抱えて涙ぐんでいた父親は本能的に「プロテア!!」と妻の名を叫んで一歩を踏み出していた。


 それと同時に……産まれたばかりの赤子はすでに振り返っており、後ろで倒れそうになった母体を両の手でしっかりと支えていた。


 ぼんやりと黄金に輝く赤子はそうしてから浮き上がり、ゆっくりと母親の身体をシーツの上に戻し、そして大地に降り立ってから彼女の瞳をしっかりと見つめた。


 そして言う。


「なるほど、これが母親か……おい、食べるぞ。“これ”は食べる……母親よ、食べさせなさい」


 すごい食欲である。産まれながらにして食欲旺盛な赤子は2本の脚でしっかりとシーツを踏みしめ、母親を見下ろしてそのように訴えを続けたとされる。


 母親は我が子の元気すぎる姿に涙を流して「うんうん、ごはんね。今、あげるから……ああ、私の赤ちゃん……!」と喜んでいたらしい。普通は「生まれたばかりで食事!?」と狼狽えでもする場面だが、やはり竜人の母として何か理解できるものがあったのであろう。これの理由にも所説が存在する。


 産まれたばかりの赤子が食事……異常なことだが、母親は咄嗟とっさに乳房を出して母乳を与えようとした。しかし赤子は「ちがう」と言う。


「食べる……食べる! 食べるぞッッッ!!!」


 そのように叫んだ竜人の赤子。叫んだ口内には牙のような歯がそろっており、叫びと共に放たれた黄金の閃光せんこうが周囲をおそった。


 この時。産婆や記録者、ひかえる医師達はまぶしさと得体のしれない圧力によって倒れ、部屋の外で警備していた牙備きばそなえの剣士ですら不明な衝撃によってよろめいたとされる。しかし、異様な赤子の近くにある母親は「ちがうの?」と不思議そうにしながらも平然としていたそうだ。


 正体不明の圧力を受けた人々の中。これも竜人である父親は反射的に一足跳びとし、母子のそばへと着地していた。


 祖竜の牙から作られたとされる両刃の大剣。これを継いだ当時のブローデンは本能か、竜人としての直感か……ともかくに瞬間として躍動し、気がつくと妻の身体を抱えて我が子を睨んでいたという。


 そうした父親の眼光を真っすぐに受けて見上げる赤子。彼は父親から湯だつように昇る黄金の輝きを見てもなんら動じることもなかった。


 なぜなら、彼だってすでに黄金なる【竜光りゅうこう】をまとっていたからである。


 ――ブローデンの家にある者の中でも竜人、祖竜の血を濃く継いだ者は黄金の光を放つことがある。


 とはいえ、生涯の内に1度ですら、身体の一部がぼんやりとも輝く者すら少ない。同じ血統、竜人、ブローデンといえどもその血の濃度には違いというものがあるのだろう。


 父親であり、当時の皇帝であるミシュアンは少年期に黄金の光を拳に宿やどせたという。彼が※成人(当時は16歳)を迎えた頃には全身をぼんやりと輝かせることもできた。


 “竜光”――それは母なるダリアが息吹いぶいたとされる炎、その幻視もしくは体現なのだとされる。


 意図して熱量などをびることもあるが、基本としてそれ自体にエネルギーがあるわけではない。特定の力ある竜人に備わった力が視覚化されたものだと云われ、竜の力が顕現けんげんされた部位に輝きが宿るのだという。


 全身から蒸気のように黄金の輝きを放つ皇帝、ミシュアン=ブローデン。


 その圧力を前にして毅然きぜんと立ち、揺らぐことのない黄金光を体の周囲に張り詰める赤子。


 緊張した時間はほんの一時であった。しかし、この一時にてミシュアン帝はさとったのだろう。


 妻を抱く皇帝は我が子を睨みながら、その心に「自身の終わり」を覚悟したとされる。


 先に述べてしまえば……彼ら親子の関係は終始良好であったし、めだって衝突した事実もない。だからここで父親が感じた“終わり”とはつまり、自身の当代皇帝……“ブローデンとしての役割の終わり”だったのではないだろうか。


 ともかくに、そうしてしばしの緊張があったあと。竜人特有の鋭い嗅覚が何かを察知したらしい。


 生まれたばかりの赤子は視線を鋭く別の方角へと向け、そして歩き始めた。この時彼が向かったのはある一室だったらしく、この大事な時にこっそりと飯を食べていた牙備えの1人が隠れる個室であった。


 黄金の輝きを周囲に張り詰めた赤子は個室に至ると剣士へと真っすぐに歩き、その隣に立ち止まる。そして「食べる」とだけ言った。


 皇の護衛たる剣士は赤子を呆然と見てから、かぶりつこうとしていた鶏肉のげ物を指さした。すると赤子はうなずき、続けて睨んできたので剣士は大人おとなしく鶏肉を手渡した。


 骨のついたもも肉だったという。それを骨ごと音を立てて噛みくだき、飲み込んだ赤子。


 何も言えずにそうした光景をながめる歴戦の勇士に向かって、赤子は続けて「もっとだ。もっと食べる」と言った。


 熟練じゅくれんの剣士は何度もうなずいてから腰を上げ、そして警戒しながら赤子の隣を過ぎて厨房ちゅうぼうへと駆け始めた。


 声を荒げて「な、何か食事はあるか!? すぐに用意してくれ!!」と訴える剣士の姿を見て、厨房の料理人達は不思議がった。そしてふと、剣士の背後にいつのまにかある黄金の輝きに気がつくと、しばらくしてから悲鳴混じりに料理を用意し始めた。


 この時、産まれたばかりの赤子は成人男性が食べる量の倍以上は食べたという。


 厨房の入口でむさぼるように食事をってから、赤子は「寝る」といってその場で眠った。だれも彼に対して「邪魔だ」などと言うこともできず、赤子を抱きかかえる勇気も出せず……。


 母親がふらつきながらその場に現れるまで。幼き竜人は堂々とその場で寝ていたらしい。


 ミシュアン帝の息子として産まれたその赤子には“サルダン”という名が与えられた。


 後にサルダン帝として歴史に燦然さんぜんと名を刻むことになる傑物けつぶつはそのようにして、産まれる前からして異常な存在であることが明らかだった。




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