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紅き炎が開花の時――Memory2.『もう少しだけ』:Vision6

Vision6↓


「――――へぇ、昔の知り合いがね。相手が1人で良かったというところか?」


「いやぁ……そねがね? 俺さん、昔から模擬戦でも彼女に勝てたことないんだもの。それがさらにパゥワーアップされちゃったら、お手上げでさぁ……」


 星空の下。透き通るような暗闇の先に小さな光が無数と輝いている。竜は古代の人々に対して、点と点をつないで意味を見出す夜空の遊びを教えた。それが星座というものである。


 消えた焚火の残りが放置されている。灰となった木くずが風に吹かれてとんでゆく。


 冷える夜だ。山岳から吹き下ろす風は人々に厳しい。その厳しさこそが本来人を遠ざけ、今は流木の人々を護っているとも言える。


「ほぉん?? サナッチさんでも無理なのかよ。多勢相手はともかく、たった1人と戦って勝てないと諦めるくらい?」


 少年アグゥは寝ころがっている。昼も夕方も夜も、こうして寝ころがっているのはそれだけやることが無いのだろう。平和とも言う。


 その隣で寝ころがっている不潔なサナッチは夕刻に会った彼女の顔を思い浮かべていた。


 あの黄金な瞳孔。一生で何度見たか解らない彼女のひとみが久しぶりに忘れられなくなっている。


「無理だって……彼女がその気なら今頃、俺さんは簡単に死んでただろうよ。鈍ってるとか、そういう問題じゃないんだ……彼女は昔からそういう、希代の創輝使いになると解っていたことなんだ」


「はぁ……何にせよ情けねぇことだな。女相手にやってみる前から降参ギブアップなんて、らしくないぜ。あんまり失望させんじゃねぇよ」


「いや、君さんは知らないんだもの。それにだから模擬戦はもう、何度もやっていたし……実戦でも真横で観てたから。無理の無理無理、俺さんの創輝術とはモノが違うのよ。主に出力がけた違いなのさ」


「ふぅん……ま、俺だったらそんなやる前から諦めねぇけどな。俺が女に負けるなんてないからよ。無論、どんな男でも俺の気分次第で一瞬だけど。比べてあんたはあぁ、情けねぇ情けねぇ」


 アグゥは呆れ果てたように言うとそのまま黙った。どうやら眠くなったようで、数秒の内に寝息を立て始めている。


 言われ放題だったがサナッチは言い返せなかった。言い返す気もないと言ったほうがよいだろう。


 どうやらサナッチの中でマァルという女性は相当に評価が高いらしい。それだけの根拠が彼の脳内にあるのだろうが、それにしても確かに情けないまでの諦め具合だ。


 鉄仮面を布でくるんだまくら。あまり心地よくはない枕だが、最近は頭を少しでも高くしないと胸やけがして眠れないサナッチ。


 素顔に冷たい風を感じながら、呆然と虚空を見つめている。


「…………サナッチさんって、教会の人だったんだ」


 彼女を思い浮かべて呆然としていた意識に別の女性の声が聞こえた。


「ああ、そうだよ。別に隠していたわけじゃないんだけど……君さんにとっては不愉快な事実だよね。ごめんよ、セラ……俺さんは嫌われても仕方ないと思うよ」


 サナッチが応える。相手は眠る少年の反対側で寝そべっている少女。


 少女セラはしばらく言葉を発さなかった。彼女の中で感情の方向性を決める必要があるほど、今ほどに判明した事実は重要なことなのである。


 そして、その方向性は定まったようだ。


「きっと、昔のサナッチさんのことは大嫌いでしょうね。近くに居るだけで吐き気がするでしょうね。でも……今のサナッチさんのことは嫌いになれない。もう教会の人じゃないんだし、こうしてしばらく一緒に過ごしてしまったからね。大丈夫、好きだよサナッチさん」


「――――ありがとう、セラ。俺さんは……」


「ありがとうなんて、どうして? 感謝しているのはこっちよ。サナッチさんが私を連れてこうしてご飯も食べさせてくれている。あいつらみたいに私を扱うこともなく、ただお世話をしてくれている。本当なら何かお礼をすべきなんだろうけど……むしろごめんなさい。私には何もないから……」


 セラは淡々としたものだ。比してサナッチは思い入るように応える。


「いや……やっぱり“ありがとう”、セラ。悪い癖だけど言わせてもらえば……ゆるしを得た気分かな。忘れたい過去の自分が少しだけ、赦された気がしてちょっと安心できた」


「……ゆるしをえる、だなんて嫌な言い回し。その悪い癖はほんと直して? もう、教会の人じゃないんだから!」


「ご、ごめん……ほんと直さないとね。しかし子供の頃からの癖って中々とれなくって……頑固な汚れだよ、本当にさ」


 サナッチは気まずそうに苦笑いを浮かべている。セラは「ムッ」とした表情だがそこまで怒ってはいない。


 お互いに表情は見えない。狭間はざまの少年があるので見えはしない。それでも互いの言葉、口調から察せられるものがある。


 しばらく、2人はそのまま沈黙した。間の少年も寝息を立ててある意味沈黙している。


 数分の沈黙はしかし冷めたものではなく、彼らの心を穏やかにするものだった。


 そうした沈黙の時間を終えたのはセラの発言である。


「それで、サナッチさんはその女の人が好きなんでしょう? 好きって、気に入ってるとかじゃなくってさ。もっと本当に“好き”って感じなのでしょう?」


「ん、マァルを俺さんが好きって・・・・・え゛??」


 自然な様子でセラは聞いた。自然な様子で聞かれたので自然に答えようとして……サナッチは不自然を察知して顔を硬直させる。


 互いに表情は見えないが、諸々と察するものがある。セラが続けて聞いてみる。


「だって、その人の話をしているサナッチさん、嬉しそうなんだもの。自分が勝てないとかなんだとか、本当は情けないことだと思うけど、それでも何か誇らし気なんだもの」


「えっ……え、いや……それは……」


「あら、じゃぁ別に好きじゃないの? ただ気に入っているだけなの? 本当に実力差ってやつで諦めているだけなの?」


「ぼ、僕は……それは……」


 立て続けに質問を投げられたサナッチは口ごもった。モゴモゴとしてすぐに応えない。それがすでに答えになっている。


「ハァ――――うん、そうだよ。昔っから僕はマァルのことが好きなんだ! だけど、彼女は僕のことを友人というか学友というか戦友というか……ともかくそういう風に思っているだろうし、僕もそれでいいんだよ」


 サナッチは彼女の顔を思い浮かべ続けている。夕刻にあった彼女の微笑みを、昔から変わらない彼女の笑顔を鮮明に思い浮かべることができている。


 そうして自動的に言い訳を始めた男に対してセラが言う。


「“思っているだろう”……って、確かめたことはないのね。じゃぁ、確かめてみたらどうなの?」


 当然のようにセラは聞いた。当然のこととして聞かれたので……サナッチは不思議そうに口元をゆがませる。


「確かめるって……なんでさ! だから僕はそれでいいって――」


「死なないためよ。聞いた感じからしてサナッチさん、あなたは次に彼女に会った時は殺されちゃうんでしょう?」


「え。そ、それは……そう、かもしれない……けど」


「でも、それはそうよね。だってそのマァルさん?は教会の人なんだから。あなたや私たちみたいな人なんて簡単に殺すわよ。きっと間違いなく……それとも違う?」


「それは…………ああ、簡単に断じるだろうさ。彼女は優れた聖戦士だよ。誇らしいほどにね?」


「でしょう? で、あなたはどうやっても勝てそうにないんだから……だったらもう、戦わないようにするしかないじゃない」


「いやいや、セラさん? だから何がどうしてそれがさっきのことにつながるんだよ……」


「だから、“愛してる”って気持ちで倒してしまいなさいよ。教会の人をそんな風に言うのは気が引ける感じあるけど……でもサナッチさんが好きな人なら何か普通の教会の人とは違う可能性があるわ。大好きだと言って、なんならそのまま心ごと身体も押し倒しちゃったらどうかしら??」


 少女セラが語る作戦プラン――“次に会った時に死なない作戦”の概要はなんとも感情的パッショナブルな内容である。零れ聞いた話を材料としている割には随分と想像力が跳んだものだ。


 突然に作戦の立案を受けたサナッチ。その表情は真顔ブランクの状態に戻った後、見る見る内に真っ赤となって口元が硬くへの字にがっていく。もっとも、星空の下にある暗がりでそんな表情変化などだれにも解るわけがない。そもそも寝ている少年が邪魔で少女からは見えもしない。


 サナッチは脳裏に思い浮かべていた。作戦が実行された場合の光景ヴィジョンを思い浮かべ、合わせて昔に経過した彼女との記憶メモリーが次々と連続上映されていく。


 数秒のことだったろうが、サナッチはえきれなくなって半身を起こした。そして両のほほを手で押さえてうつむいている。


 放熱するように頬をパンパンと叩き始める不潔な男。


 そうした様子は彼が身体を起こしたのでセラからよく視えた。星空の暗がりだが、そのくらいは見える光量はある。


 呆然と、サナッチが動きを止めたのを観て。セラがまた提案する。


「すごい、そんなに好きなんだ。だったらやっぱり言ったほうがいいわよ。ダメならダメでしょうがない、死ぬしかないでしょうけど……やってみないで死ぬよりはいいんじゃない?」


 当たり前だろうとばかりにセラが言った。それを聞いたサナッチは首を激しく左右に振ってから否定する。


「僕は満足なんだよ! ああやって自然に彼女と話して、彼女が笑ってくれて……きっと彼女も、“そんな風”になりたいなんて思っていない、思っていないと思う!!」


「じゃぁ、それが満足として死ぬのね。何よ、サナッチさんもアグゥと似たようなものね。“死なない”のが目標なのに諦めちゃってるの……この人とは逆だけど、意気地いくじなしなのはおんなじね」


「ひうっ!? そ、そんなことっ…………うぅぅウ!!!」


 サナッチは立ち上がった。立ち上がり、そして駆けだした。


 星空の下。所々にある焚火が通りをまばらに照らす。


 月の下で酒をむ人々の横を砂埃を上げながら大股おおまたに駆けていくサナッチ。


 夜空に光が一筋ひとすじ、流れて消えた。同じく暗がりの道に二筋ふたすじしずくが流れて落ちていく。


 夜闇に走り去ったサナッチ。そうした姿を横目に見ていた少年アグゥ。


 アグゥは言う。


「……泣いてたか? サナッチさん、泣いちゃったみたいだぞ? お前は一体何をしたんだよ?」


 聞かれたセラは平然として応えた。


「何って、サナッチさんがいつも“死にたくない”って言うものだから死なないための作戦を伝えただけよ。それで泣かれても私だって困るわよ……とりあえず、謝っておくわ。ごめんね、サナッチさん?」


「いや、だからもう居ないって。走り去ったんだもの。

 しかし……ハァ~~ア。ったく、せっかく寝入ったのに騒がしくて困る奴らだ! こうやって変に起こされるとだな、また眠くなる……まで……が………だな……うむ………んスゥ、スゥ――――」


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