紅き炎が開花の時――Memory2.『もう少しだけ』:Vision3
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Vision3↓
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通りの人混み。そこに並ぶ頭部は基本的にボサボサとしていたりガサガサとしていて艶がない。彼らには髪の毛が艶やかになる余裕など基本、ない。もちろんサナッチもその中の1人である。
「おっとと、ごめんなさいね。あらら、ソーリーお婆さん。ぶつかって――え、お姉さん?? うんうん、ごめんなさいね。ええ、ちょっと失礼します……」
笑顔と困惑顔を使い分けているのだが、鉄の仮面を被っているので意味はない。癖というか性分なのであろう。
小刻みな足さばきで人混みを進むサナッチ。これはもう、大地域のほとんどの人が集っているのではないかという有様にサナッチも苦戦している。
ようやく状況がうかがえる位置に出られた。丁度良く屈強そうな人らが前にいたので、その誰かと誰かの肩を借りて少し足先を浮かせる。そうして何が起きているのかを観た。
観ると、人ごみに囲まれるようにして男たちの姿がある。5,6人あってそのほとんどは立っている。彼らの中央にある1人だけは座っていて服装も特徴的だ。
立っている5人の男たちは穴が空いたり破れたりしている衣類を着ている。座っている1人の男はいくらか汚れているものの、清潔そうな白衣の制服といった感じ。そしてそのどちらにもサナッチは見慣れた感情を抱ける。
「あっ……“教会”の方か。ふむ、ブルーのラインが3本と右襟に……涙勲章?? へぇ、若そうなのに偉いもんだな。将来有望な家系で将来有望な素質があったんだろう。が、しかし――」
サナッチが知見から所感を述べた。彼の見立てはすべて完全に当たっている。
座っている若い男性は“教会”――つまりは女神を信仰する国家の守護組織。帝域で言うと警察やら学校やら公共的なすべてを大体兼ねる機関の一員。その中でも彼は信仰の執行と保護を司る“剣の教会”に属する存在……平たく言えば、国家の兵士である。
ただ兵士と一口に言ってもそこには階級という違いが存在する。サナッチの見立てを数値混じりに表すなら、彼は10人程度の小部隊を統べることができ、緊急時にはそれら小部隊を5つまで統括管理することが許される。また過去に神意を成すための強力な成果を上げており、神聖国家中枢の教父学会より生涯加護願いの勲章を授かっている。
なんだか凄そうな人だろう。そしてそれは今、男たちに囲まれた状況で後ろに手を縛られて座っている。年のころは20歳そこそこといったところか。
若き聖圏兵士を囲む5人の男。体格はバラバラだが雰囲気には共通点。
揃って笑ってはいるが眉間にシワが寄っており、拳には力がこもっている。
囲む5人の中で最も背の低い男が声を張り上げる。
「おぅおぅ、寄ってきたじゃねぇかコミニティーの野郎共!! 観ろ、ココに何が座っている!?」
背の低い男が耳に手をかざし、周囲に耳をすませる。そうするまでもなく、周囲の音は良く聞こえてくる。
『 教会のクソッ垂れだ!! 殺せ、殺せ!! 蹴れ、殴れ!! 』
無数の人間が叫ぶ声。それぞれバラバラなのだが雰囲気には共通点。
だれもが皆、座っている男の死と流血を希望する声を叫んでいる。
観衆の応えを聞いた背の低い男は「うむうむ」と満足そうに頷いた。
「よく聞こえたぜ。ウルセェほどだよ……このバカ野郎共が!!! ……だが、その通り。こいつは教会のクソッ垂れのカス野郎……俺のかぁちゃんを殺し、家に火を放ったやつらの同族……」
「殺すんだよ!! いいから殺せ、一秒でも早く殺せ!!!」
「バカ、殺すな!! 殺す前に殴るんだ、原型を無くせ!!!」
「うちの旦那はこいつらに焼かれた!! だから焼いてよ、斬ってからよく焼いてよ!!!」
「なんでもいっからボコボコしてやれろ!!!!!」
また叫んだ。それは四方八方から、並べればきりがないほどの要望が叫ばれる。
観衆の希望を聞いた背の低い男は「うむうむ」と心から染み入るように頷いた。
「そうだな……許すことはねぇ。なぁ、祈ってみたらどうだ? 皆も聞いているからよ……女神に“ここから助けてください”ってな。見せてくれや、加護ってやつをよ?」
背の低い男は穏やかな微笑みを座っている男に落とす。きっと心の底から安心しているのであろう。
見下ろされた若い兵士。それは周囲の数十人はあろうかという人間から見下ろされている。
若い兵士は顔を上げた。その顔にはすでに殴打された形跡がある。
兵士は言う。
「――――主様は私たちを見ています。今もそうです。たとえ私がこの場でどのような死にざまを迎えようと、この魂は変わらずの加護を受けている。願うならば……せめてこの身と命であなたたちが想いを改め、真理を悟り……志を正に取り戻して頂ければと……祈ります」
言葉を兵士は続ける。観衆は黙っている。
「あぁ、女神よ! 我が命運はあなたの元にある。今こそ神意をこの胸に、どうか大地の祈りを彼らにも……いつか、輪廻の先でまた会いましょう――」
兵士は縛られた手を使えぬまま、その額を地に押し付けて眠る女神に祈った。涙は流れているが、それは自分のためではない。
敬虔なるものの敬拝。束縛のまま座して行われた信仰の祈り。
それを見届けた観衆が口々に言う。
「・・・・・イカレテやがる」
「殴っても治らないんだよね。だから殺すしかないんだよね」
「殺してもダメなんだろ、こいつらの理屈によると。しょうもねぇなぁ……」
「ほら、なにしてんのさ!! さっさとボコボコ、ボコボコするんよ!!!」
溜息や笑い声が沸いている。若き聖騎士は変わらぬ感情で祈りを続けている。
祈る若者を囲む5人。その中で最も背の低い男がやはり、最初に動いた。
砂埃。蹴り上げられた砂、舞い散る血液。
蹴り上げられた顔、苦悶の若き兵士。揺らぐ若者の頭部に何か木の棒のようなものが叩きつけられた。
倒れ、砂地を歯で削りながら身もだえする若者。
神聖な白衣の腹部に靴底が何度も強く落とされる。
口内が切れたのではなく、体内から押し出された鮮血が砂地を赤黒く染めた。
苦痛に呻く声は大歓声と大喝采によって打ち消される。
若者は「神よ!!」と叫ぶが観衆が発する「殺せ!!」の方が音量として強い。
つまりだれも、彼のことばなど聞けちゃいない。
――人混みに身をねじ込むようにしてその場から離れていく人がある。ほとんどが夢中となっているその場から離れていくのはサナッチだ。
不潔な成年は苦労しながらなんとか人混みから出た。そうしてからボロボロなコートの襟を正すと、振り返る。人の背中が蠢いていてそれ以外何も見えない。
鉄仮面を上げ、サナッチは呟く。
「残ってりゃいいがなぁ……まぁ、残るだろう。しかし女神さんも残酷なもんだね……いや、これが慈悲深いって状況なのか」
両肩を一度いからせてから、サナッチは人混みに背を向けた。鉄仮面を降ろしてゆっくりと、砂地の道を歩く。
下は薄茶色の砂。上は広がる青空。左右の景色は粗末な店構えの数々が並ぶ。その中でも悪い意味で目立つ粗末な店……とは言えないボロ布のテント。
そこで少年と少女、2人が寝息をたてている。
サナッチは欠伸をひとかきしてから少年の隣で横になった。
陽が沈むまではまだまだある。時刻は正午をちょっとすぎたくらいだ。




