紅き炎が開花の時――Memory2.『もう少しだけ』:Vision1
Memory2.『もう少しだけ』
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Vision1↓
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浜辺には流木が漂着する。
池の岸には淀みがたまる。
水槽の縁には餌の残りが張り付く。
端へ端へと……自然と流され集っていく。これは超常現象などではなく当たり前な現象に過ぎない。
人とは流されるもの。人の社会とは流動されるもの。それはつまり液体の性質に近い。
循環機構や管理者があれば淀みは解消される。逆に言えば淀んでいるということはそういった機能が上手くいっていないか、そもそも存在していないということになる。
支配者にとって……いや導きの手を持つ者としてはそういった淀みを解消してあげてこそ、世のため人のためと言えるだろう。
例えばここに、粗末な小屋が如きのようなモノが集う場所がある。それらは仮宿のように簡単な設置・解体ができたり、そもそも大型の荷車をそのまま住処としているようなものもある環境。
数十人から数百人は集う。簡易な住処が国境辺りにフワッと出来ては解散する……そういった場所や環境を「彼ら」は“地域”などと呼んでいる。
ここでの“彼ら”というのはつまり、そこに雑な様子で構えられたお店……とも言えないような穴だらけの布切れを屋根としたギリギリな露店……の前に座る【少年】と【少女】。揃って目つきがあまりに悪く、物を売る気など微塵も感じられない彼らのような人々。
露店の前を通る客を視るでもなく、虚空を睨むようにして。片方は態度悪く、片方はお行儀良く地べたに座っている。穴だらけの布の陰で座る2人。その前にはボロボロな布切れの上にデン、と置かれた板状の長方形な装置。
そういった少年と少女。それにもう1つ加えるなら彼らに向かってまさに今、駆け寄ってくる“鉄の仮面を付けた成人男性”。
「おっほほほぉ~~い♪ お利口さんたち、様子はどうかな? おじさんが美味しいご飯を持ってきたよ!」
顔の全体を覆う仮面越しに、軽快な様子で楽し気な声が響いた。
チラリと、駆け寄ってくる男の姿を揃って見た少年と少女はこれもまたすぐに揃って視線を眼前の虚空に戻す。
「はいはい、慌てない、慌てない! ほぅ~~ら、お肉! それとこれは……鳥のお肉! あとこれは……乾いたお肉!! もう一個これは……なんか、お肉だ!!!」
鉄仮面の成人男性は抱えていたらしい布袋から次々と食べ物を取り出した。そうして少年と少女の前に雑な手際で投げるように置いていく。
目つきの悪い2人の内、少年が先に口を開いた。
「…………サナッチさんよ。これ、肉ばっかしじゃねぇか。野菜とかはねぇの?」
小さめの肉を手に取り、小さく一口を齧る少年。
「野菜?? いや、成長期だろお前さんたち。だったら肉! まずは肉だよ、筋肉つけて、体力しっかりと!!」
少年に【サナッチ】と呼ばれた鉄仮面の男。つまりサナッチは得意気に鳥の脚部分らしい肉を掴んで少年の眼前に突きつけてみせる。ちなみにここまで少年はサナッチをまるで見てもいない。
少年の横に座る少女。これも目つきの悪い彼女も続いて口を開く。
「あら、お肉でいいじゃない? それはお野菜だってね、あればいいかもだけど……贅沢言える私達なの? それにどうせ“未来なんて関係ねぇ”あんたにはなんだっていいことじゃないの?」
少年の膝上に身体を乗り出し、手を伸ばして強めに焼かれた大きな肉を持ち上げる少女。貪るようにではないが……少年よりは大きな口を開けてそれに噛みつく。
「うんうん、よく解っているね。“セラ”は良く食べ、よく成長する重要性を理解している! それに比べて……まぁ、いいよ。“アグゥ”、お前さんはもうそういった姿勢を貫くが良いさ。でも、俺さんは頑丈に生きたいから肉を食うぞ! しっかり食う!!!」
通りに背を向けてしゃがみこむサナッチ。鉄仮面を外すと、丁寧に手入れされた白い歯が暗がりにも輝いて見えた。ただそのせいで頭髪のボサボサとした様子や穴だらけのコートなんかの様子が対比され、不潔さが目立つようだ。
サナッチは乾いた肉を白い歯でギリギリと嚙み切った。「うんうん」と美味しそうにしている。
サナッチに【セラ】と呼ばれた少女。つまりセラは齧歯類のネズミかのように大きく細かく連続して齧りつき、大きめの強く焼かれた肉をすぐに食べ上げた。そして次の肉へと少年の膝上に身を乗り出しながら手を伸ばす。
そうした少女を邪魔そうに睨みながらやや仰け反るのは、サナッチに【アグゥ】と呼ばれた少年。つまりアグゥは半分くらい食べた手の平程度のサイズな肉をサナッチにパスした。
肉をパスされたサナッチは「おいおい!」と言って投げ返す。
「……いらねぇよ、もう。腹なんて空かねぇ」
「そんなこたねぇでしょうよ。あなたさんね、昨日丸一日食べられなかったんだから、そんなこたぁねぇぇはずなんですよ。ええ、成長期とか関係なしに!」
「うるせぇ、いらねぇったらいらねぇんだ……こんなもの、食ったところでくだらねぇ過程が延命されるだけなんだぜ」
少年アグゥは仰向けに横たわり、肉の残りをひらひらと空中で振りながら今にもまた投げようとしている。
「またぁ……んもぅ、す~~ぐそんなんなる。ねぇ、なんとか言ってやってよセラさん?」
少年の姿を見るサナッチは呆れというか悲しいというか、ともかく溜息をついて少女に意見の助けを求めた。
会話をパスされた少女セラは……。
「いいじゃない、だから死にたいんでしょ? 本人がそう言うなら、勝手にさせてあげなさいよ。大丈夫、どうせ死なないから。今だって半分お肉を食べたしね?」
「あ゛ぁ゛!!? んだと、てめぇセラこのッ――――あっ」
悪態を吐かれたアグゥは上半身を起こして鋭く少女を睨みつけた。それと同時にセラは少年の手から半分の肉を奪い取る。
「あんたみたいにね、食べ物を粗末にする人なんて自分を粗末にして丁度いいの。むしろ弁えていて偉いくらいよ。よしよし、お利口さんですね~♪」
「てっ、てめ……セラお前いい加減マジで殺……あっ……す……からな、てめぇ!」
アグゥは苛立っているのか。定かではないが、彼の感情と体温が高まっていることは確かだ。彼は一定以上に感情が熱くなると、それに連動するかのように左腕から紅い煙が昇るのですぐ解る。
しばらくそうした彼の様子を見てきた。だからセラはその辺りの法則を理解しつつある。
本気で怒っているなら、もっと煙は沸くように噴き出している。だからまだ余裕があると、これ見よがしに食べかけの半分な肉を一口に頬張ってみせた。
見せつけるように「おいしぃ~♪」と頬を両手で押さえる少女。それを眼前にしているアグゥは歯ぎしりするし、左腕の紅い煙はもう少し強く立ち昇る。
「まぁ、あれから1ヵ月ですからね。そろそろ次の大きな仕事をしなきゃぁ、昨日みたいにノー食事ディが発生しかねねぇぜ」
鉄仮面をパカパカと上げたり下げたりしているので、サナッチの声色はくぐもったり鮮明になったりを繰り返している。乾いた肉を飲み込んでから、サナッチは最後の肉に手を伸ばした。
「サナッチさん。それ、半分こしましょう?」
少女セラが言う。
「――え。いや、だって君さんさっきもう1個食べたし、コイツの食べかけも……」
「サナッチさん。私、成長期♪」
「・・・・・。」
サナッチは唇を尖らせながら手にしている強く焼けた肉を半分にした。素手ではもちろん無理なので、右の指先に青白い電流を伴った小刀を呼び出してそれを用いた。
「えへへ、ありがとう! サナッチさん大好き♪」
セラは曇り一つない笑顔で感謝を表する。
「は、はへへ……ひぃん」
サナッチは照れたように笑った後に虚しそうな表情で半分にした肉を見つめた。
「…………チッ、こっちは情けねぇし。そっちは卑しいぜ。ロクでもねぇよ、てめぇら……ったく」
笑顔の少女と不潔な成人男性。そのやりとりをジッと眺めていたアグゥは吐き捨てるように言う。態度が悪いものだが、別にそのことを他の2人は気にもしない。というより、もう今更、いちいち気にもならない。
1ヵ月。あれから――あの日、ギリギリ邸宅と言える家屋の地下室にて少女と少年、それに不潔な男性が出会った日。あれから1ヵ月が経過していた。




