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『兵士の朝』

 月と太陽の勤務交代時間。ちょうどその狭間はざまの時間。


 まだ外は薄暗く、されど活動できないというほどの暗さでもない。


 ベッドから半身を起こした男性。それはクシャクシャな寝ぐせ頭をさらに掻いてクシャクシャにした。


 伸びをしてからベッドから降りる。薄暗がりの中で背をり、腕を左右に伸ばし、両膝をほぐすようにゆっくりと屈伸する。そうした軽い運動を数分繰り返す。


 部屋の外では何か物音が鳴っている。それは決してうるさいものでもなく、むしろ聞きなれたようで落ち着きすら覚えるものだ。


 寝ぐせ頭を掻きながら、体操を終えた男性は部屋を出る。そこはまた別の部屋で、テーブルに椅子に台所がある。


 台所では女性が鍋を前にして料理を行っていた。彼女は気配を察したのか、振り返ると「おはよう」となごやかに微笑んだ。


「ああ、おはよう。しかし悪いですね、シンセア。こんな早くに起こすことになって……」


 男性も微笑みながら、しかし若干バツが悪そうにして椅子に座った。


 料理をしている女性、シンセアと呼ばれたその人は小さく首を左右に振る。


「気になさらないで、ツーさん。私はあなたが健康でいてくれるのが何よりだから。お腹をかせたままお仕事なんて、行かせられないわ」


 そう言いながらシンセアは深い皿にスープをよそった。そして湯気の上がる深い皿を夫の前に置く。


 香りまで温かい。ツーさんと呼ばれた人はスプーンで一口、おちょぼ口に熱々のスープを味わった。


「うん、おいしい! ありがとう、シンセア。おかげで朝から元気がいてくるよ!」


「あらあら、まだ熱いのに……猫舌なんだから、気を付けてくださいな。ほら、パンとお水ですよ!」


「あはは、あまりに美味しそうだったからつい……大丈夫、ちょっとつまんだだけさ!」


 舌を出してはにかむ夫、ツーさん。その様子を見てクスクスと笑う妻、シンセア。


「ほら、僕ができることはあるかい?」


 お手付きをしたツーさんは立ち上がってシンセアに寄りう。シンセアは「今朝くらいゆっくりでいいのに」と言いながら、お皿や香辛料をテーブルの上に並べてほしいと頼んだ。


 ツーさんは言われたとおりにテーブルを整えて、シンセアは料理とパンをテーブルに置いていく。


 やがて食卓がそろったら2人は向かい合って椅子に座り、揃って両手をテーブルの上に置いた。そして頭を下げてテーブルの面を眺める。


「感謝いたします、女神様。今日も無事に一日が始まり、食卓に揃って付けました。全ては主の加護があってこそ。夫は今朝に緊張したお仕事に出向きます。あぁ、どうか彼をお守りください……こう見えて意外と気が小さいのです」


「あっ、コラ! なんてことを女神様に……確かに気は小さいですが、私は立派な騎士でございます。母なる主の加護の下、必ずや勇壮に戦い、世の平穏を護ってみせます!」


「でも、緊張はしていますのでしょう?」


「・・・・・・はい、神に嘘はつきません。緊張してます、久しぶりに迎えの仕事なので……社交的な話は苦手なので、どうかこのつたない口にお力を添えてくださいませ!」


 日の始まりに神へと報告し、いのる2人。妻のイタズラな報告に夫は狼狽うろたえたが、実際互いに想うからこその祈りである。


 祈りの後に夫婦は食事を摂った。何気のない会話、特に特別はない会話。最近は特に彼女のお腹にある新たな命に関して想いをせる内容が多い。


 まだ新たな家族の名前は決めていない。名付けの信託は来月の良い日に行おうと2人で決めている。


 食事を無事に終えた感謝を地の彼方かなたへと送ると、ツーさんは自分の部屋に戻った。鏡を前にして髪型を整えると、壁にかけてある白衣の軍服をまとう。


 さやに収まった剣を腰に吊るし、軍靴の金底をトントンと床で鳴らす。


 ツーさんの顔つきがキリッと引き締まった。彼にとってこの白衣は信仰の象徴であり、それを成す力の証明でもある。身なりを神聖なる戦士とすることで彼は強い自信を抱くことができる。


 身形みなりが整った白衣の兵士。深い青の線状ラインで描かれた文様もんようが彼の所属を象徴している。


 自信に満ちた表情で自室を出て、リビングへと戻ってきたツーさん。キリリとした夫の、薄暗がりに整えた身なりをシンセアが仕上げた。


「今日も素敵よ、ツーさん。ねぇ、誇らしき私の準長格様?」


「コホンっ、それだけどぉ……近々“格”が取れるらしい。正式に準長としての就任が通達されたよ。まだ表向きは非公開だけどね?」


「あらあら、まぁ! すごいわ、あなたは私の準長様なのね!? 嬉しいっ♪」


「ははは、こらこら。まだ早いって。でも、まぁ決まってはいるからね……いいかい、だれにもまだ言わないでね?」


「ええ、気を付けるわ! あぁ、早くお祝いがしたい気分よ! ツーさん愛してる!!」


「おぉ、僕もさ……シンセア、君のおかげで僕は立派に役目を務めていられる。愛しているよ、僕の最愛なる人……」


 夫婦は抱き合い、くちびるかさねた。何度か離してはまたくっついてと、しばらく玄関で愛を確かめ合った。


 夢中になっていたが、ツーさんが「あっといけない!」と我に返る。合わせてシンセアも「そうよ、お仕事!」と彼の背中を軽く押してあげた。


 玄関を出たツーさんは少し慌てながら家屋の隣にある小屋へと向かう。次にそこから姿を現したのは清廉たる白馬の騎士。


 騎士は悠然と……いや、少し慌ただしい雰囲気で出発の挨拶を行った。


「じゃぁ、行ってくる! 何度でも言うよ、愛してる……僕のシンセア!!!」


 騎士のツーさんは声を大きく上げて白馬を走らせた。


 それに応じてシンセアも声を大きく返した。


「私だって何度でも言うわ! 愛してるからね、私のツヴァルダ!! 気を付けていってらっしゃい!!」


 早朝。まだ少し暗い朝の景色。玄関前で叫び合う夫婦の姿。


 ご近所の早起き老人は家の前を掃除しながら、微笑ましい気持ちで彼らの姿を見守っている。




『兵士の朝』――END

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