紅き炎が開花の時――Memory1.『意気地なし』:Vision6
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Vision6↓
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外に出ると、そこは周囲を森林に囲まれた草地。白馬が1頭、杭につながれたまま草を食んでいる。草地には気持ち程度に整備された道があり、それは何処へと続くのだろうか。
きっと、その続く先から来たに違いない。
白衣の兵士が2名、憮然とした険しい表情で道を塞いでいる。
「ほら、時間をかけるからぁ……」
「いや、あんただろ。あんたがいつも以上に時間を使って歯磨きしてるからだろうが。俺たちはむしろ待たされていただろう、なぁ?」
「何よ、私に気安く話しかけないで? 私はあなたのこと、“嫌い”だからね」
サナッチの不条理な呟きに反論したアグゥ。その援助を求められたセラは突っぱねるように鋭い視線を少年に向ける。
「――――あ゛??」
途端にアグゥの目つきも鋭くなった。短刀を取り出し、黒い刃を陽の光に当てる。
「てめぇ、やっぱり殺してやろうか?」
「だからさっさとしなさいよ。私は死にたいのよ」
「……だからよ? そんなに死にてぇなら自分でやれって。コレ、貸すからさ?」
「できないから言ってるの。というか、あなた簡単に人を殺す殺す言うくせに、本当は自分が一番死にたいんでしょ? だったらほら、それで今サクッとやっちゃえばいいじゃない?」
「フンっ…………ああ、死んでやるよ。ただ、その前に神だなんだとくだらねぇ夢を語る連中にできる限りの死を与えてからだ」
「なによ、それ。つまり今死ぬ気なんてないってこと? なんか理由をつけてるけどさぁ、本当はただ死ぬのがこわいんじゃない?」
「…………なんだと?」
「ようはあんた、“意気地なし”ってことね。はぁ、情けない……」
「・・・・・ア゛ア゛ッ!??!?」
殺す、殺さない。死ぬ、死なないなどと戯れる2人。
少女は淡々としたものだが、少年の口調は次第に強まり、感情の高まりに合わせてか左手から紅い煙が昇り始める。
そんな少年と少女の様子……を黙って見守っているわけにはいかない人々がある。
「おい、キサマら何者だ!!/
/ここはサルヴァン指導博のご自宅。何故そこから出てきて……いや、そもそも先行したはずのツヴァルダ準長格はどうし――――」
白衣の兵士が2名。道を塞いでいた彼らは声を張り上げ、揃って足を踏み出した。
ギリギリ邸宅……という程度に大きな家屋。その前に立つ3人。そこに迫ろうとした2人。
2名の兵士はある程度距離があった。少年少女とやや不潔な男まで数mは距離があっただろう。剣を鞘から引き抜き、少年たちを制圧しようと身構える時間もあった。
ただ、身構えた時点で“紅い風”が彼らを襲う。
それは少年アグゥの左腕。紅い煙が瞬時、爆発したような轟音を響かせて紅き炎へと変じ、熱波となって兵士2名を薙ぎ払った。まるで巨大な炎の翼に叩かれたような火力と圧力がその時にあったのだろう。
火力によって黒い人形のようになった兵士2名は風圧によって文字通りボロボロと崩れ落ち、その場に炭の塊が散らかった。
兵士が立っていた周囲の草地は燃え上がり、煙がもうもうと立ち込める。草地に吹く風は熱気と煙をおびて邸宅前を過ぎ去る。
煙を吸い込んだサナッチは「ゴホゴホ!」と咳き込みながら駆けだした。そして咽ながら散らかった炭の塊へと向かっていく。
少年と少女は向かい合っていた。
「…………あんまり俺を苛つかせるなよ。本当に死ぬぜ、お前?」
少年はそのように言う。表情はどこか得意気というか、若干笑っているようにも思われる。
その表情を見ている少女は――
「ハイハイ、どうぞ殺して頂戴な? それよりあなた……その紅い炎って? 何よ、教会の関係者だったのね」
少女はなんとも残念そうな、呆れたような表情で目の前の人を見上げていた。溜息をついて首を左右にも振る。
そうした態度を受けて、少年は笑顔を失って険しい表情となった。
「あのな、それみんな言うけど……“コレ”は生まれつきなんだって。俺がなんだって教会のクソ連中と同一視されなきゃならないんだ!! 最悪な気分になるから、ソレ、やめろ!!!」
「えぇ~~、そんなことある? だって“紅炎術”って教会の人がよくやるでしょ。こんな派手なのは初めて見たけど……」
「あ゛あ゛ッ!? うざいんだよ、だからその決めつけが!!」
少年は激怒して叫んだ。そして目の前の少女の襟元をつかみ、迫る。少女の履くブカブカな靴から踵が浮いた。
「この女!!! 人を意気地なしだの情けないだのと言い放ったり、そもそも最初っから気に食わない目つきで見てきやがって……ムカつくんだよ、俺だってテメェが嫌いだぜ!!?」
怒鳴り、威嚇する少年。目つきがあまりに悪い彼の表情は、それ全体までもあまりに悪い有様となっている。
そのような表情を眼前に突きつけられた少女は――
「私は本当のことを言っているだけ。ただ、その炎が生まれつき?って、それが本当ならそれはごめんなさいね。私だって教会の人と一緒にされたら怒るもの、それは謝るわ」
平然として少年の怒りに応じる少女。少年は息も荒く、声も震えているというのにまるで対照的に少女は落ち着いたものである。
何も自分に間違いがないから。そもそも気が強いのもあるだろうが……誤魔化すこともなく、ただあるがままだからこそ少女は落ち着いている。そうでないか気の小さい者なら息を荒げて声を震わせていることだろう。
冷静に落ち着いていて、真っすぐ。そうした視線。それは睨んだものでもなく、鋭くもない。
ただ、自分を観ている。ただ、自分のことを眺めている。そのような冷めた感覚……。
「…………クソ!! 俺がこんなヤツに……言われ放題かよっ!!?」
少年は手放した。少女の身体を手放し、視線を逸らした。左の腕からはわずかにも煙は昇っていない。
少女は見つめた。少年の身体、その中にある彼の感情――自分が「謝る」と言った時に見せた刹那の表情が脳裏に残っている。
「ふざけんじゃねぇ……俺は自分の命なんか惜しくない!! だから俺は、俺は……俺は違う!!!」
「……そうね、違うかもね。まぁ、それも勘違いなら謝るわよ。
あぁ、ちなみに私はちゃんと意気地なしよ。死にたいのは本当だけど……でも、自分で自分を殺せないの。こんなことになっているのに……まだ、本当の本当は生きたいのかしら。でも、そんな馬鹿なことってあるかな?」
「…………なんだって??」
少年は逸らした視線を戻す。
戻した景色。少年の観る光景には少女の姿がある。立ち込める煙によって少しぼやけたような風景……しかし、確かにそこで少女は微笑んでいる。
黒髪の少女は穏やかな表情を浮かべながら己の情けなさを語った。草地を燃やす炎は鎮まりつつある。少年の顔を照らす紅の色合いは鎮まりつつある。
しばらく、ぼやけた景色の中で互いを見ていた少年と少女。
そうしたところに“声”が響いてくる。
「おい、何してんだよアグゥお前! またやりやがって、だからまずお話をしてだな……というか、こんな炭にしちゃったら獲る物も獲れねぇって何度言わすんだ! おい、聞いてるのか!?」
煩い人がある。サナッチは炭の塊を前にして何か怒っているらしい。
「サナッチさんよぉ、そんな怒んなって。悪かったよ、でもどうせそいつら大したものなんてもってねぇだろう? ってか、大体あんたはいつもちょっと金に煩すぎで……」
面倒くさそうに答えながら少年アグゥはサナッチのもとへと向かう。そして2人は何かを言い合いながら道なき方角へと歩き始めた。
少女セラはしばらく立ち止まって2人の姿を眺めていたが……やがて、杖を支えに歩き始める。
アグゥとサナッチは何かを言い合いながら立ち止まり、少女が追いついてからゆっくりと歩き始めた。
少女が追いついて尚、まだ何か言い合っている2人。内容はどうやらもう、まったく別のことになっているらしい。
森の中へと姿を消していく3人。彼らの向かう先は何処か?
それは実際、あんまりハッキリと定まったものではないようだ……。
紅き炎が開花の時――Memory1.『意気地なし』:END




