紅き炎が開花の時――Memory1.『意気地なし』:Vision4
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Vision4↓
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セラは一度梯子から手を放して自分の手のひらを眺め、小さく震える両腕を抱えるようにさすった。
そして、何かを察して見上げる。
「……あ゛??/
/……はぁ??」
視線を感じてセラが見上げた先。暗がりとなった地下空間から見上げたそこには光がある。上げられた霊光器が輝いているからだ。
その光の中で自分を見下ろしている人がある。その目つきはあまりにも悪い。
ほぼ無言ではあるが、“彼”が何を言いたいのか解る気がした。少女は無言の中に「昇ることもできねぇのか?」というような言葉を感じて、表情を険しくする。
強く鼻息を吹き出して、少女は梯子に手をかけた。そして歯を食いしばり、一段一段と昇っていく。
光へと、そこにある自分を見下ろす視線の先へと。
見下ろされることが気にくわない。何かは解らないが、今、再びに自由を得ようとしている自分が、尚も見下ろされるなんてもう嫌だと……少女の身体は限界を超えて力を発揮していた。
ゆっくりと、やっとのことで梯子を昇り切った少女。まさしく這いあがった彼女が床をズリズリと動く様を少年はただ眺めている。
床に置かれた霊光器が部屋を照らしている。
壁を背にして座り込んだ少女。死力を尽くしたかのようにぐったりとしているセラに向けて、少年アグゥが問いかける。
「手伝ってほしかった?」
不思議そうにしている。少年は首を傾げて問うた。
セラの表情は再び険しくなり、視線を切るように少年から逸らす。
何か怒っているらしい少女を眺めながら……アグゥは「態度わりぃなコイツ」と呟いた。逸らしたセラの表情は尚更に険しくなる。
歯ぎしりして怒っている少女。その眼前に何かが差し出された。
「ほれ、パンがあるよ。腹減ってたら食べんしゃい」
霊光器の灯り中。白い歯が煌めいた。それ以外は凡そやや不潔なサナッチが誘うようにパンの1つを揺すっている。
数秒、セラはパンを見つめる。見つめて飛びつくようにパンを奪い取るとそれを頬張り始めた。
野獣かのような勢いでパンを奪い取られて、サナッチは驚いた。驚いたが「そんな空腹だったの?」と、パンをむさぼる少女を見ているうちに微笑ましさを感じているらしい。
パンの他にも乾いた肉などを床から拾い上げ、何らかの容器に入れて少女の横に置く。セラはそれらにもむさぼりついた。
その様子を見守った後、やや不潔なサナッチは「さてさて……」と零すように言う。
「君たち、食事の後は歯を磨き給えよ。もちろん俺さんもそうするさ! さてさて、確か井戸などは……」
サナッチは床に落ちた蝋燭を拾い上げると、それをおもむろにアグゥの眼前に差し出す。
蝋燭に改めての火が灯った。アグゥは左手の赤い煙を掃うとサナッチに質問する。
「サナッチさんよ。今日はここで一晩としても……そっからどうする?」
「どうするって……どうでもするよ。ソレとか地域まで売りに行って、そんで楽しいことでもしようぜ?」
「コイツも連れてか?」
会話の途中でアグゥは少女を指さした。少女はピタリと一瞬だけ動きを止めたが、すぐに食事を再開する。
「あぁ~~~~。まぁ、いいんでない? とりあえず地域まで送って……いや、セラさんよ。あんたどっか帰りたいというか戻りたいところはあるのか??」
サナッチが聞く。聞かれた少女は食事をしながら答える。
「私が帰る場所?? 無いよ、そんなもの。全部亡くなった。だからこんな自由にされたって困るんだから。いっそ殺してくれても良かったのに……ねぇ?」
少女が少年を睨みつける。
睨まれたアグゥは特に視線を険しくもせず、ただ困惑したように表情を曇らせた。
「いや、死にたきゃテメェで勝手にしろよ」
「――――えっ。」
「……ったく、死にてぇのは俺のほうなんだよ。殺してくれるんならいつでも大歓迎だぜ? もっとも、俺に殺されなきゃだがな……っつか、眠ぃ。寝るわ」
呆れたように言葉を吐き捨てた。アグゥは大きな欠伸をしてからその場で寝ころがる。
寝ころがった少年は1分もしないうちに寝息をたてはじめた。まるで無防備なように寝ている少年の背中を少女は眺めている。
「そうか、セラも帰りたい場所はないのか……じゃ、俺たちと地域に行こうぜ。そこでなんか、ほら、人が集まってれば大体なんかしらあるからさ。なんかいい感じに探しなよ! うんうん、そうと決まれば……歯磨きしてから明日に備えましょ~~♪」
サナッチはそのように言うと上機嫌に鼻歌を奏でながら部屋から出ていこうとする。
呆然と少年の背中を眺めていた少女は「あっ」としてサナッチを呼び止めた。
「待ってよ。あいつは……ここの住人はどうしたの? 確かさっき――」
「へぇぇ?? ああ、あの学者さんっぽい人? それならこっちの――」
少女セラは蝋燭の火を頼りとしてサナッチに案内された。案内といっても隣の部屋だ。
そこでは暗がりの中、血だまりに座り込むようにして存在する屍がある。
「…………そう、死んだのね」
「あのさ~、セラさん? 君さ、この人とどういうアレなの? いや、なんとなくは想像つくんだけど……コイツはロクでもないって認識でオッケィ??」
「…………。」
返答は無かった。問いかけに言葉による回答はなく、ただ少女はフラフラとしながらも屍に近づき、裸足の脚で屍の頭部を蹴り飛ばした。
「――――ぐぅぅッ!!」
少女の口から苦悶の音が零れる。
屍は硬直しているが、そもそも人間の頭部は硬いものだ。当然、裸足で蹴れば痛い。
だが少女はまた蹴った。今度は屍の顔面を踏みつけるように蹴った。血だまりから脚を振り上げたので、血しぶきが周囲に飛び散る。
蹴りの衝撃によって少女の身体がふらつく。何もせず、立っているだけでもふらつくのだからそれは当然である。
後ろに倒れかかったセラをサナッチが受け止めた。
「はいはい、そのくらいにしときなさい。君の足でそんなことしたらむしろ折れちゃうかもよ? それに、君さんはどうにも体力が完全ではないようだ。あんま聞くのもなんだけど、結構長く捕らわれの身だったんじゃない?」
「……そうね、解ったわ。じゃ――――あと一発だけ!!」
支えているサナッチの腕を掃う。
セラは床に落ちている杖を拾い上げ、それで屍の頭部をガツンと殴った。屍は物も言わず、ただ大きく揺れる。
「あっ、丁度いいじゃない。その杖使っちゃえば? 体力がつくまで、歩くとき助けになるよ。幸運だね!」
「はぁ、はぁ……幸運? 私に幸運だなんて……2度と言わないで!!!」
息を切らしながら、少女が叫ぶ。蝋燭の灯りの中、暗がりの部屋で少女の目元に光る雫をハッキリと視認することはできない。
「うぉっほ、ごめんよ? 繊細なことだったか。そうだね、軽々しく言うべきことではないか……。
女神に見放された俺さん達は死ぬまで不運、だからこそ自由!! 悪いねぇ、たまに古傷みたいな癖が出るのさ。そんじゃっ、気を取り直して……歯磨きしてから寝ましょうね♪」
指を振りながら、サナッチは申し訳なさそうに頭を下げた。そうしてからやや不潔な男は雑なスキップで部屋を出ていく。
灯を失った部屋。たった1つの窓に映るかすかな月明かり。
少女の頬を伝う雫が1つ。血だまりの床に落ちた。
四角く穴の開いた部屋では少年が寝ている。霊光器は煌々とまだ輝いている。
やがてそこに歯磨きを終えた男がやってきて、霊光器を何やら弄ると光が弱くなった。そうして薄暗がりとなった部屋の中、やや不潔な男は寝ころがった。
しばらくすると杖を支えに歩く少女も部屋に入ってくる。そして彼女は隅っこで横になると、しばらくは眠らずに2人の背中を眺めた。
薄暗がりの中で2つの背中を視る。そんな時がどれほど経ったか。
3人の眠る呼吸が部屋にある。
3人が寝ている間も月は動き、陽もまた実は動いている。
強い光が窓から射し込む時刻。
朝の陽を浴びて、やや不潔なサナッチが身体を起こした。大きく伸びをすると身体の各部を動かしてみる。
「たまには柔らかい寝床で寝たいわね。いやぁ~、年々と朝が硬くって困るわ……」
サナッチは喋っている。他の2人は寝ているので、それは独り言になってしまうだろう。
「さぁて、どうしたものかな……アグゥはともかく、セラはどうにかまともな生活を――――ン??」
独り言だと自覚していた。自覚して話していたのに、それを聞いている者がいたらそれは想定外である。
独り言を誰かに聞かれたら、大抵それは恥ずかしい気持ちになる。だからサナッチは頬を赤らめながら「いやぁ!!あなたダレですか!?」と、飛び上がって驚いた。
サナッチが驚いた理由。それはーー
「な、なんだキサマら……動くな、何者だ!!!?」




