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紅き炎が開花の時――Memory1.『意気地なし』:Vision2

Vision2↓


 テーブルの上で揺らぐ火。蝋燭の灯りが夕食の光景を映し出している。


 パンにジャガイモ、乾いた肉と少し茶色くなった何らかの野菜。テーブルの上に直接それら食物が雑な様子でおかれている。


 ゴロゴロと並べられた食べ物。パンの1つが鷲掴みにされると、それは白い歯によってギリギリとみ切られた。


「うんうん、うめうめぇ。働いた後はしっかり食べないとな。お前さんも育ち盛りなんだから、しっかり食べとけよ~! うんうん、うまうま……」


 うなずきながらパンを食べる成人男性。食事途中で彼は「これ挟むと良いよ?」と、パンに野菜と肉を挟んでこれみよがしに大きく口を開けて頬張ってみせる。

 見せつけた相手は蝋燭の火の対面にある。


 それは少年……さきほど【アグゥ】と呼ばれたあまりに目つきの悪い少年。


 少年は手にしている瓶を傾け、口に液体を注ぎ込んだ。唇から瓶を離すとそこにアルコールの香りが漂う。


 かじりかけのパンに指を突き刺しながら、少年は揺らぐ火の先にある男へと言う。


「俺の先、未来なんてものはどうだっていい。育つ育たないなんて関係ない。人生なんてのは死ぬまでの過程……それだけさ。本当はだれだってそうだ。あんただって例外じゃないぜ、“サナッチさん”よ?」


 吐き捨てるように、低い声色でそのように答えるアグゥ。少年はほぼ垂直に瓶を逆さにして、軽く瓶底を回した。中身の液体が一気に少年の体内へと流れ込んでいく。


 成人男性……ここで【サナッチ】と呼ばれたやや不潔な男は頬張りすぎたパンに苦戦していた。


 サナッチの顔色は次第に青くなり、胸を叩いて視線は天井を仰ぎ始める。その様子をアグゥは悪すぎる目つきで眺めている。


 どうにか危機を脱したらしい。サナッチは息を切らしながらむせこむと、慌てて何らかの容器に入った水を飲み干した。


 息も絶え絶えに、サナッチは炎越しの少年をにらむ。そして言った。


「冗談じゃないぜ! 俺さんは人生を楽しみたいんだぜ! 大事なのは過程さ、結末なんぞクソ喰らいな!! ……俺さんは、一生死なねぇッ!!!」


 サナッチがテーブルを強く叩いた。「ドンっ!」という音と共にテーブル上の食物がそれぞれわずかに跳び上がる。


 跳び上がった食物達を興味深そうに見ていたアグゥ。そして、それと同時に何かを察知したようだ。少年はテーブル下の床に視線を向ける。


 対面ではテーブルを叩いた男が己の右手に覚えた強烈な痛みに耐えている。恐る恐るに指を開いたり閉じたりして、骨が無事かと悲しそうに表情をゆがめている。


「痛ったぁ……ダメじゃないの、もう。俺さんったら、大事な大事な商売道具になんてことすんだ……ひぃぃん。でも、折れてなさそうで俺さん嬉しい! チュッ♪」


 情けなくしていたかと思うと、途端に表情をやわらげて自分の右手甲にキスをほどこすサナッチ。


 そうした落ち着きない光景を気にすることなく、アグゥはテーブル下の床を見続けている。


 また一点を見つめて動かなくなった少年。それを気にすることもなく、サナッチは乾いた肉をつまんで口に運んだ。


 モグモグと幸せそうに噛みしめながら、テーブル上にある本を手に取る。


「うんうん……しっかし、学者?研究者?ってやつらは困ったものだぜぇ。教典どころかこんなよく解らん本だって悪さの理屈にしかならんだろうにね? 少しは世のため人のためって、そういう良さそうな学者が存在してもいいんでねぇの。ねぇアグゥ、お前さんもそう思わん??」


 舌なめずりをしながら、サナッチは片手で雑に本を開いてページをパラパラとなびかせた。もう片方の手の指先では白い歯の隙間を引っ搔いている。その指先にはほのかな青い光。


 対面の男に何か聞かれたような気もするが……アグゥは答える気がない。


 そんなことより――


「サナッチさんよ……あんたぁ、言ったよな。“ココは隅々まで調べた”って??」


 テーブル下に目線を向けたまま少年が問う。


 白い歯のサナッチは歯の隙間をいじりながらキョトンとした。「そうだけど?」と、呆けたように気の抜けた声で答える。


 答えを聞いた目つきの悪いアグゥ。この少年の目つきはあまりに悪いのだが……それは生来の小さな瞳孔に広い白目、つまりは三白眼さんぱくがんであることも一因であろう。


 少年の瞳孔がチラリと対面の男に鋭い視線を送った。


 数秒、視線を受けた成人男性は硬直する。それは恐れではなく、単純シンプルに呆然としたからである。そして数秒の中で合図メッセージを理解して、「マジですか?」とつぶやいた。


 その時すでに――



 少年の両手はテーブルの裏面を押さえ、力を込めていた。



「!!? ・・・・・ジッ、ですかぁッ!?」


 思わず同じことを2度叫んだ。ギリギリで理解を終えたサナッチは仰け反るようにして椅子から転げ落ちる。


 それとほぼ同時にテーブルが跳ね上がった。



 反転して倒れていくテーブル

/跳び上がった食物

/空になった酒瓶

/何らかの容器から零れる水

/何かを研究した情報を記した書物……らが宙を舞う。



 それらが落下する前にアグゥは素早く屈んで床下の切れ目に右手の短刀ナイフを突き刺した。左手からは赤い煙がほのかに立ち昇る。


 ひっくり返るように倒れたサナッチの右手には青い電流がはしったが、先ほどテーブルを叩いた痛みによる「あうち!」の言葉と共に消えた。


 落下した食物やら何やら。テーブルは逆さになって床に落ちる。火が消えて、周囲は暗がりとなった。


 そして暗闇の中でこそ光は目立つ。


 さきほどテーブルがあった床にはポッカリと四角い穴。アグゥが短刀の刃をとっかかりに床の一面を持ち上げたのである。どうやらこの床は普段から頻繁に開け閉めされているものらしい。簡単に開くことができた。


 穴の先には光が明瞭としている。木製の梯子はしごが下まで伸びている様子がうかがえて、それはさほど深くはないようだ。


 開かれた四角い穴。それを前にして屈んでいる少年アグゥはまたチラリと視線を送る。ひっくり返っているサナッチはポカンと口を開けている。


 左手から赤い煙を昇らせながら、アグゥは梯子を躊躇ちゅうちょなく降り始めた。いくら灯りが見えるとはいえ、まるで恐怖などないかのように得体の知れない空間へと降りていく少年。


 その姿が見えなくなるまで呆然としていたサナッチは「おいおい!これだから過程を大事にしない奴はさぁ!!」と、慌てた様子で穴にい寄り、一呼吸置いてから梯子を降り始めた。


 サナッチが降りるとすぐ目の前に少年の背中がある。


 彼はどうやらまた一点を見つめて立ち尽くしているらしい。


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