紅き炎が開花の時――Memory1.『意気地なし』:Vision1
Memory1.『意気地なし』
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どれだけ整えた部屋も生活するうちに乱れていく。
どれだけ精巧に作成した工芸品も時が過ぎれば朽ちていく。
どれだけ厳格に教育された精神性も生きるうちに歪みが生じていく。
定期的な調整が必要だ。特によく触れる部位や細かな部品、刺激を受けやすい部分こそ劣化が早いので注意せねばならない。
人の社会というものは特に顕著であり、必ずしも劣化してしまう。ほんの数年でも秩序は解れ、数十年もしてしまえば綻び亀裂も生じよう。
それが数百年となってしまうと……まぁ、仕方がない。呆れた有様であっても仕方がないのだ。
たとえば今、ここに。“短刀”を手にしてたたずむ少年がある。
ナイフの切っ先からは液体が滴っており、物も言わぬ表情で物も言えなくなったモノをただ見ている。
薄暗い部屋の中。蝋燭からの揺らぐ灯り。
静寂の中に雫が床へと落ちる音が断続する。
幾分が経過したであろうか。秒針の音も無い部屋でポタポタと……そうした雫の音がやがて止んだ頃合い。
時が停滞したかのように変わらぬ情景に、1人の成人男が介入してきた。
「おっ、いたいた! 何してんだよお前さ――――って、うわぁ……またやったなぁ」
薄暗がりの部屋、まだ温かい【屍】を前にして立ち尽くす少年。
そうした光景を目にした成人男性は驚いたような、呆れたような表情で首を左右に振った。
そうして小走りに屍へと近づくと、血だまりとなった床に落ちている物を拾い上げた。
「ほぅれ、高そうな時計! お前さん、だっからこういう良さそうなのは汚すなよ。いいか、まずは上手いことお話などしてからだな……」
成人男性は拾い上げた血まみれの懐中時計をゴシゴシと、自分の服の袖で拭っている。
その様子をへの字口に、無言のまま睨むように見ている少年。
成人男性はそんな冷めた視線を気にもせず、血を拭った懐中時計を見せつけながら「うへへ、洗ったのは俺だから。コレ、俺のものね♪」などといって丈の短いコートの裏にしまい込んだ。
この成人男性のコートはよく見ると穴だらけで、とても風通しが良い。青混じりの銀髪はゴワゴワと硬くなっており、あまり丁寧に手入れはされていないようだ。ハッキリ言ってしまえば、彼はやや不潔である。勿体ないことに顔立ちは端正だ。
やや不潔な成人男性は血だまりに靴底を浸しながら屍を漁った。銀貨の何枚かを見つけると嬉しそうに微笑み、またコートの裏の何処かのポケットに押し込んだ。そうしてからしばらく薄暗い部屋を漁っていたのだが、特に他には何も無いかと思うと「こんなもんか!」と、椅子を蹴っ飛ばしてから下手クソなスキップ混じりに部屋を出ていった。
数分、そのような光景があった。あったのだが、少年はずっと冷めた表情でやや不潔な青年を見ていただけ。それだけで何も言わず、動かず。血が乾き始めたナイフを手にただ立ち尽くしていた。
やや不潔な成年男性が部屋を去ってからしばらく。
立ち尽くしていた少年はおもむろに窓へと近づいた。
この部屋で唯一の窓。その外に映る森林。
ガラスに重なる自分の無表情を見ながら、少年はカーテンでナイフの血を拭う。
映る人のあまりに悪い目つきについて何かを言おうとした時――
背後から先ほどにあった男の声がかかった。
「おい、“アグゥ”! いつまでボンヤリつっ立ってんだよ。そろそろ行こうぜ、それともココで一晩過ごすんか??」




