『二つの炎――前章:黄金なる怪物皇帝(1)~怪物の父親~』
1.黄金なる怪物皇帝~怪物の父親~
それは古き時代。まだ帝都がアプルーザンにあり、母なる竜の頭蓋を中心として人々が繁栄を築いていた頃のこと。
時のオルダリア帝国皇帝、【ミシュアン=ブローデン】は病弱な竜人であった。彼は産まれながらに転化としての力に溢れていたが、同時に“身体が弱い”という人間らしい一面も患っていた。
食べ物を上手く消化することができず、常に体力は低く満足に活動できない有様。もし、彼が普通の人体であったなら幼くして……いや、産まれてすぐにでもその命は尽きていたはずである。
しかし、竜人として濃い血を授かっていた彼は竜としての天性によってどうにかその命を繋がれていた。人間としての欠陥に強い不安を覚えながらも、彼は少年期・青年期とどうにか成長を遂げることができたのである。
見た目としては逞しい体格で、身長もほとんどの人が見上げるほどだったとされるミシュアン帝。されど顔色は常に優れず、頻繁に体調を崩しては寝込むような日々を送っていたとされる。
そういった不満足な日々のせいか、彼の性格は内向的であまり人づきあいが得意ではないものだった。
片手で竜牙の両刃剣を軽々と持ち上げたというのだから、並々ならぬ怪力であったことは間違いない。その気になれば彼とまともに喧嘩できる存在など、まず普通の人間ではあり得ないものだっただろう。
だが、どれほどの力があろうともミシュアン帝はだれとも争わず、部屋にこもってミニチュアの建造物を作ることを唯一の趣味として大人しく生きていた。それは幼い頃からの趣味であり、建築分野で才能を発揮した彼らしいエピソードでもある。
そうしてあまり日の当たらない日常を送っていたミシュアン帝。彼の肌は生まれつきもあってか色が白く、病弱なこともあってむしろ青白かったともいう。
体格に似合わず儚げな皇帝を見て、人々は“月夜の皇”などと呼んでいた。それは「竜人のくせに」という軽蔑もあったのかもしれないし、夜を好んで散歩する彼を憂いたからこその呼び名だったともされている。
そうしたエピソードからも察せられるが……どうやら当時すでに“竜人への敬意”というものは薄れつつあったらしい。
昨今にも度々取り沙汰されることだが……そもそもとして現在にある“ウォーレンダリア”という国家は竜の導きあってのものだ。本来、その光たるブローデン家を軽視する、ということなどは論じられるまでもなく悪しき風潮であろう。
ともあれ、時代と共に人々の生活が発展を遂げて社会という力が強まっていることも事実。だが、そのことで「もう竜の力など不要」と軽率にすることは傲慢以外のなにものでもないはずだ。実際、そうした風潮による集団意識の弱体化が後にある“聖圏の大進行”へとつながり、つまり帝国の隙となったことは歴史に見て明らかである。
話が脱線したので戻そう。病弱でありながらもミシュアン帝は人々を統べるブローデンとしての役割を重視していた。皇として若くから玉座にあり、執務室にこもる時間も多かったという。
会話の中で少し言葉が詰まる癖のあるミシュアンだが、それでも玉座を訪れる人々を蔑ろにすることはなかった。
だれにでも穏やかに接する彼だからこそか。王妃となる人もまた優しく物静かな人柄であった。
結婚後は帝国貴族の妻と平穏な日々を過ごしたミシュアン帝。
病弱な身体に不安はあるものの、命ある限りはと自身・家族……そして何より国のためにその生涯を費やしたその精神。それは永劫に渡って讃えられるべきだ。
そして……いや、だからこそ。
その一人息子としてこの世に生を受けた人がもし、もう少しだけでも“普通な竜人”だったら……その生涯もまた穏やかで平穏なものだったかもしれない。いや、それならそれで聖圏に対することができただろうか?
いずれにしろ。歴史、時代の流れ……人の社会というものはままならぬものである。