『二つの炎――後章:二つの炎(4)~真なる怪物と怪物的な英雄~』
4.二つの炎~真なる怪物と怪物的な英雄~
「なぁ、君……教えてくれないか!?」
サルダン=ブローデンは笑っている。その笑顔は真に純粋なもので……本当にただ“嬉しい”という感情から生じたものだったのだろう。
「・・・・・ああ゛??」
ロキア=スローデンは困惑している。その表情はまるで家に侵入した不審者の様子をうかがうような……訝しんだものだったという。
笑顔のサルダンはかまわず、対面する少年にへと質問する。
「君のさ……君の名を、教えてくれ! 私はそれが知りたい!!」
嬉しそうに、声色を上ずらせてそのように問うサルダン。
無邪気にもそのような質問を受けたロキアは……。
「俺の名前だと? ……そうか、そうだな。これも教えてやらなきゃいかんか? まったく、仕方のないヤツだぜ……」
そのように「フッ」と小さく笑ってみせる。そして――――大きく跳び込んで“蹴り飛ばした”。
腹部を蹴られたサルダンの身体はくの字に曲がり、砂浜を抉りながらふき飛んでいく。
そうしてまた倒された黄金なる存在に向かってロキアが叫ぶ。
「このッ……大バカモノォ!! 人の名を知りたいならまず、自分から名乗れぇイ!!! こんなん堅苦しいマナーでもなく常識だろうが、じょ・う・し・き!! 一般常識ッ!!」
ロキアの叫びが砂浜に響いた。発射されたかのように勢いよくふっ飛び、砂煙を上げて倒された皇帝の姿。それを遠目に見守る群衆は何も言葉を発せない。
そして少年皇帝はすぐに起き上がった。サルダンは立ち上がると腹部をさすり、「そうか……さきほどからのこれはもしや……“痛み”、なのか。ふむふむ……なるほどなぁ」などと呟いている。
そうしながらも砂浜を歩き、蒼い炎が沸いているような男の元へと近づいていく黄金なる少年。
蒼き炎の少年もそうした光景に慣れつつあり、腕を組んで到着を待っている。
十数秒もするとサルダンはロキアの前に戻ってきた。そしてやはり笑顔で言う。
「そうか……すまない。確かにそういう知識はあるな。そうだ、こんなふうに名乗るだなんて今までなかったけど……うむ、理解した!」
「おう、精進せぇやこのクソガキ・・・・・で?? お前は何者なんだよ、一体?」
「私の名称はサルダン=ブローデンだ!! さぁ、“君を”教えてくれ……もしかしたら、私は君を“少し知っている”かもしれないからね!」
「はぁぁ?? ――――っんとに解らねぇヤロウだぜ。……まぁ、いいや。あのな、よっく聞けよ?
俺様の名はロキア……ロキア=スローデンだ!! どうだ、これで満足したかよこのヤロウボケヤロウ!!!」
「おお、スローデン! ……そうか…………そっかぁ!!」
「・・・なんだよ、嬉しそうにすんなや鬱陶しい。ますます意味解んねぇぜ、てめぇ――」
「なぁなぁ、ロキア!! 今、私が感じている“これ”は……君なら解るか!?」
「ああ゛?? ……知るかよ。俺様に殴られて痛ぇとか、そんなんだろうが?」
「うむ、それもそうだな! でも、それだけではない……これはな、ロキア? たぶんだが……これが“楽しい”なのではないか?? なぁそうだろう、ロキアよ!!」
サルダン少年は今までよりさらに明るく笑った。それは実に“楽しそう”なものだったという。
「・・・・・そうか、楽しいか? あぁそう、そうですか……ふぅ~~~ん」
少年ロキアもまたその言葉を受けて「フッ」と少し笑い、そして……。
「このバカアホォ!! これでも楽しいかよ、くらえやオルァァァァァ!!!」
サルダンの胸元へと肘の一撃を押し込んだ。
鋭く、痛烈な胸部への痛み。サルダンは「うぐっ!?」と声を零してから口をパクパクとさせている。
その様子を見たロキアが見下すようにして言った。
「へへへ、苦しいだろ? そうやって胸元にコイツをくらわせると息が――――ッグホェ!!?」
見下すようにしていたロキアは胸部に鋭い痛みを覚え、そして弾かれるように後ろへと倒れる。
蹲って「ゲホゲホ」と苦しそうにもがくロキア。その姿を“見下ろす”サルダンは明るい表情で「そうだな、でも実体験は初めてだ……こんな感じなのかぁ。ありがとう、ロキア!」と感謝を述べた。
そのように言われたロキアは「ふざけんなこのヤロウ!!」とでも言おうとしたのかもしれない。だが、中々呼吸が整わずにしばらく彼は砂浜で蹲った。
そうして中々起き上がらない彼を見たサルダンは少しだけ表情を曇らせて「立てないか、ロキア……」――と。露骨なまでに明確な“落胆”の表情を浮かべる。
そうした“ガッカリ”とした態度を敏感に察した蒼炎の男。それは勢いよく立ち上がった。
そして……。
「なんだゴルァ!! だれに“ガッカリ”してんだボケェ!? ナメんなてめぇ、このクソザコヤロウがッ!!!」
立ち上がりながら、その勢いを利用して垂直に蹴りを放つロキア=スローデン。それが顎先に直撃したサルダンは身体ごと打ち上げられ、錐もみに何回転かして砂浜に落下した。
「ハァ、ハァ……ったくボケがよ。人をナメくさってるからそうな――――ぁ。ブッフフォア!!?」
砂浜に落下したサルダンはすぐに立ち上がり、そして立ち上がる勢いを利用して垂直に蹴りを放った。蹴りが顎先に直撃したロキアは錐もみ回転しながら空を飛び、砂浜に落下してしばらく転げた。
ロキアが転がった跡の残る砂浜……穏やかな海からさざ波がうちよせている。
転がっていったロキアに向かってサルダンが“叫ぶ”。
「ロキアぁ!! やっぱりこれは“楽しい”んだよ。そうだ、やっぱりこれは楽しい……なぁ、いいものだな!? 楽しいという感覚は“素晴らしい”ぞ!! ロキア、ありがとう!!!」
“心”の底から楽しそうな声が浜辺に響く。この異常な光景を見守るだれもが呆然と、転がって動かなくなった蒼い炎の塊を見ていた。
しばらく動かなかった蒼い塊がゆっくりと……少しふらつきながら起き上がる。
顎の左側を押さえながら砂浜を歩く蒼き炎の少年。彼は若干うなだれたようにしてサルダンの前にまで戻ると、睨みつけるように黄金なる存在を見た。
黄金なるサルダンは明るく笑いながら言う。
「これが楽しいかぁ……素晴らしい! さぁっ、ロキア!! 次は何する、何をしようか、楽しいロキアよ!!」
どうにも先ほどから光の強さが増しているような黄金なる怪物。そのことを感じ取っている銀髪の少年もまた、蒼き炎をより強く揺らがせた。
ロキアは首を回し、大きく息を吸い込んで……“問う”。
「あのさぁ、サルダンくん? 君はさっきっからよぉ……どうやら俺様の攻撃を真似してませんか?? 違いますか??」
この時ロキアは笑顔であったが……それが“喜び”によるものではないのだと見守る人々は簡単に察することができた。対面するサルダンだけは同じ想いだと疑っていなかっただろうが……。
だからサルダンは笑顔のまま応えた。
「うん、そうだとも。君と同じ攻撃をすれば“解りやすい”から!」
「ほぅぅ、“解りやすい”……って?? なぁ~~にが【解りやすい】のかなぁ……??」
「えっ、それは……解るだろう? 同じ行動をしたほうが君の力を“測りやすい”。それが解りやすいと……そうだろう?」
「――――――へへっ、なるほどね♪」
ロキアは仰け反った。額に手を当て、口元だけは笑顔を継続している。
そうしながら彼が小刻みに震えているのはダメージによるものだろうか? いや、それも少しはあろうが……“震えの根本的な理由”は異なるものだ。
仰け反ってしばらく小刻みに震えていたロキア。その様子をしばらく見ていたサルダンが「どうしたロキア、震えているが……それは身体が限界だからか?」と“残念そう”に言う。
次の瞬間。サルダンの発言を切っ掛けとしてか……ロキアの周囲にある蒼き炎が揺らぎを失い、張り詰めたように鎮まる。
ロキアを薄く、衣のように包み込んだ蒼き炎。それはサルダンの黄金なる炎と似たような状態だった。
そしてロキアは屈みこむ。
屈んだ男を前にして、黄金なるサルダンは少し“寂しそう”に微笑む。
「ロキア? どうした、やはりそれは……“具合が悪い”か?
そうか……ここまでか。でも、私はおそらく“満足”だよ。そう、これが満足だとするなら私は初めてのことに――――ウグッ!? ガハァッ!!?」
言葉の途中、サルダンの顔が上向きになる。上を向いた彼の口から鮮血が飛んだ。
そうして強烈な“拳の振り上げ”によって轟音と共に顎をカチ上げられたサルダンの身体。
無防備なその身体……腹部に蒼き炎の拳が素早く立て続けに3発、上向きに撃ち込まれた。
轟音と共に揺れるサルダン。一撃一撃に空中へと浮き上がった彼の身体を前にして、ロキアはゆっくりと背を向けている。
そして、蒼き炎の少年は背中越しに語った。
「俺様の力……か。なるほど、そりゃぁ俺だって……解んねぇよ? なにせ全力で何かを殴るのだって今日が初めてだからさ。だからよ……だから、てめぇはバカなんだぜ?」
横に向けた顔から鋭い眼光が向けられる。
身体が空中に浮き、顎が上がっている無防備な姿を背中越しに睨みつける“竜人”。
蒼き炎の竜人は勢いよく身体ごと脚を回した。風圧で周囲の砂が巻きあがり、小さな竜巻が彼らの周囲に生じる。
「そんなに真似したいなら…………真似できねぇくらい速く連撃を浴びせてやる!!! 死んだって恨むなよ、こんのバッキャロォォォ!!!」
それは回し蹴りだった。
円の軌道で回された竜人の脚が蒼き炎の軌跡を描き、空中にある男の身体を撃つ。攻撃を行ったロキアの足もとへと衝撃が跳ね返り、砂浜が爆ぜた。
そうして抉れた砂浜……そこにロキアの姿はない。
蹴り飛ばされた黄金を纏う身体。そこに跳びかかり、さらなる追撃にもう一度蹴りを突き刺すロキア=スローデン。
吹き飛びながら斜め下方向に蹴り落された黄金なる身体。それは砂浜に落ちると大地を切り裂くように多量の土砂を巻き上げながら滑った。
そうして滑る身体を踏みつけ、無理やりに止める蒼き竜人。黄金なる少年は呻きながら口から血を吐き出している。
「――――ッ、ぐぉぉ……!!」
「痛ぇか……だが、まだだぜ? ほら、立ち上がりな……“メインディッシュ”だ」
「う、うぐぐ…………ぐえっ!?」
一方的に蹴られて踏まれて……その最中にサルダンは呻くだけだった。
まともに攻撃やダメージというものを受けた経験がない彼は目まぐるしい攻撃に対処することができない。対面する真似の参考が防御などをしないので、この時は仕方がなかったのだろう。
ともかく……そうして何もできないサルダンの着る白衣の襟元が掴まれる。
そして力任せにサルダンは立ち上がらされた。口元が赤く染まったその額に、竜人ロキアは額を擦りつけて宣告する。
「コイツで“トドメ”、だからよぉ……くたばれやッ、こんのボケカススットコドッコイ……ヨッコイショォォォ!!!」
「うっ、ぐぐ…………おわぁっ!!?」
ロキアは肩で担ぐようにサルダンの身体を持ち上げ、そして振り回すように一回転。大地に黄金なる少年の身体を叩きつけた。
砂浜に落ちたサルダンの重量など70kg程度のものだっただろう。ロキアより一回りは大きいものの“超重量”というほどではない。
それが叩きつけられた大地が爆ぜる。彼らの周囲一帯にある砂が文字通り吹き飛んだ。
多量の土砂が舞い上がり、少し離れて呆然としていた牙備えはもちろんのこと、かなり遠目に見ている人々にも軽い雨のように降りかかる。あまりの衝撃と轟音、それに降り注いだ砂による悲鳴が砂浜に響き渡った。
そして、砂浜は小型の隕石でも落下したかのように半球状に抉れてしまっている。
足元が吹き飛んだことにより体勢を崩していたロキアは立ち上がり、そして眼下を見た。
「どうだい、サルダンくん? これが俺様の…………って、いねぇ!? ああ、埋まったのか。そりゃ、そうか…………いや、大丈夫か?? つか、大丈夫じゃねぇよな……やべぇ、やりすぎた!?」
窪んだ砂浜にサルダンの身体が無いと驚くロキア。彼は渾身の一撃で少し冷静になったのだろう。埋まってしまったらしいサルダンの身体を掘り出そうと屈みこむ。
そして屈んだ直後に「んっ!?」と“何かの気配”に気がついて硬直した。
「――なぁ、ロキア? “おまえ”はさっき真似できないと言ったな……?」
声が聞こえた。それは先ほどから鬱陶しいくらいに聞いている声だ。
ロキアは驚いた表情で振り向きながら立ち上がる。
するとそこには……だれもいない。いや――――居た。
“それ”は屈んでいたのだ。だれかと同じく屈み、そして……。
「大丈夫だよ……ちゃんと“見ていた”からっ!! だから今度は……おまえが“見ていなさい”ッ、ロキアぁぁぁぁあ!!!」
「――ゲェッ!? ヤバい、まさかてめぇ俺様の連続攻撃を――――アっ。」
口や額からの出血によって顔を赤く染められたサルダン。その身に纏う白い衣は父親から受け継いだものだが……襟元と袖が破れてしまっていた。
もしかしたらこの時のサルダンは……楽しいというより、また別の感情を抱けていたのかもしれない。
そして、“まったく同じ”であった。
先ほどにロキアが行った連続した攻撃をまったく同じく繰り出したサルダン。
ロキアはそれらをこれもサルダンと同じように被弾し、そして最後――
「うぎゃぁあああああ!?!?/
/そりゃぁあああああ!!!!」
ぶん投げられた。
まったく同じ投げ方で大地に叩きつけられた蒼炎の少年。
先ほどの倍以上はある土砂が舞い上がり、文字通り“土砂降り”のような砂の雨を被った人々はさらに大きな悲鳴を上げた。
そして砂浜にある半球状の窪みもまた、先ほどの倍以上は大きなものとなった。深さとしては2階建ての建物がまるごと収まるほどだろう。
「ふぅ……どうだ、ロキア?? やっぱり真似できたぞ。おまえはできないと言ったが、この私なら…………むっ??」
砂浜に開いた窪みの底で立つサルダン。そこにある黄金の少年は周囲を見渡した。
そう、ロキアの姿がないからである。だが、サルダンはすぐに「おっ!」と声を零して足もとを見た。
そうしてサルダンが足もとを見ていると……土砂が舞い上がる。
「・・・・・。」
「おぉ、ロキア! 自分で出てこれたか……よぉし! では…………次は何をする??」
「・・・・・。」
そこに立つ砂まみれの少年。いや、少年たち。
炎の内側で砂に汚れた2人は共に顔などから流血しつつ、再び対面した。
黄金なる炎の少年は楽しそうに笑い、蒼炎を帯びた少年は明らかに疲弊した表情をしている。
砂浜に開いた窪み。深い砂浜の底で2人だけが向かい合っている。
しばらく2人は黙って視線を合わせていたが……ふと、黄金なる少年が何かに気がついたように上を見た。
黄金なるサルダンは跳び上がって窪みから出る。
何か解らないが……と思いつつ。渋々な様子で窪みをよじ登る蒼炎のロキア。
窪みから出ると、そこには変わらず穏やかな海が広がっていた。空も青く、透き通るように爽快な晴れようである。
青い海は繰り返し波を浜辺にうちつけるが……1つとして同じものはない。だからずっと見ていても意外と飽きないのだと、ロキアはこれまで時間を潰すうちにそのようなことに気がついた。それだけ暇で退屈だったということであろう。
眩い太陽。その陽射しに目を細めるロキア。
その光の中……そこに、太陽と重なるように“彼”はいた。
「――――なぁ、ロキア! そこでこれ以上続けると民に危険がある。彼らを不安にさせることにもなるから……だから、“こっち”に来なよ、ロキアっ!」
高い位置にいる。黄金の輝きを纏うその少年は太陽を背にして、“青い海と青い空の狭間”で手招きをしていた。
「えっ、な……と、飛ん……えっ!?」
ロキアは言葉を失っている。さっきまで殴り合っていた少年が……“人間”が空に浮かんで自分を手招きしているという状況。
呆然とするロキアは空にある存在を見上げ、「あいつは一体……」と小さく呟いた。
空にある黄金なる存在は急かすように言葉を続ける。
「さぁ、早く来なよ! “竜人同士”……もっと広い場所で思う存分にやろう! 人間たちに迷惑かけないように……ねっ、ロキア!!」
そう言って明るく笑う黄金なる存在。その言葉を聞いてロキアは思った。
(……“りゅうじん”……って、なんだ?? なに言ってんだアイツは……つか、なんで飛んでんだあのバカは……むしろなんで飛べてんだあのアホは……??)
そのように戸惑いながら。気がつくとロキアも笑っていた。
笑って、空に向かい「ハハハ!何者なんだよ、てめぇこのヤロウ!」と叫んでみる。
黄金なる存在は「何者って……だから、サルダン=ブローデン!アプルーザンの皇帝、竜人だよ?」と当たり前のことを不思議そうに答えた。
彼にとっては当たり前……でも、それは一介の少年であるロキアにとっては当たり前ではないことだ。
「サルダン、てめぇは……“こうてい”、だぁ?? ふざけんなよ……そんで“りゅうじん”って……だからなんなんだ、そりゃぁよぉ!」
「なんだ、どうした? ……あれ、まさかおまえ…………飛べないの、か??」
「もしかしてアイツってかなりヤベェやつなんじゃ・・・・・って、ああ゛!? 今、なんつったゴルァ!?」
「そうかぁ……飛べないのか。でも、おまえなら飛べると思うけどなぁ……でも、無理か。そっかぁ……“ハァァ”」
露骨である。明らかにサルダンは“ガッカリ”とした。
……【ロキア=スローデン】。
後に英雄と呼ばれるこの男には“最も言われたくない言葉”、“想われたくない感情”がある。
それはつまり――




