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『二つの炎――後章:二つの炎(2)~ロキア=スローデン~』

2.二つの炎~ロキア=スローデン~


 マバラードの大通りを歩きくだったサルダン帝は浜辺へといたった。水平線を見渡し、そこに点在して浮かぶ舟を見て「なるほど」と確認を終える。


 ふと、サルダン帝が視線を横に向けた。


 そこでは漁師の男がかがんだ姿勢で口を開いており、小舟に寄りかかるようにして硬直している。


 サルダン帝は漁師の存在を情報として得たが、それは不要として小舟へと近づいた。


「これは……“漁”に使うものだ。これで民はかてを得る……しかし小さなものだ。知りえる物の中でも小さい。これをもちいることで一日にどれほどの成果が上げられ、どの程度継続して漁が続けられるのか。それに重量は――」


 何か独り言をつぶやいている。


 変わらず独りで話し続けるサルダン帝。彼は小舟を数秒ながめたのち、そのへりつかんで持ち上げた。


 それは小箱のはしまんで持ち上げるような動作だったという。そうして持ち上げた小舟の底などをひとしきりサルダン帝は見回した。


 呆然として動けない漁師の男。その横にへと、元の位置と寸分すんぶんたがわずに小舟を降ろすサルダン帝。


 漁師の男はどうしてか……そうした異様な光景を前にしていると身体が震えて涙が出てきた。そしておびえる男の様子をサルダン帝は不要な情報とした。


 だが、不要な情報ばかりでもない。


“ バキッ――! ”


 何かがくだけた音。漁師の男が「あっ」と言ったのは“その瞬間”を見たからである。


 サルダン帝が小舟を降ろす所作しょさはとくに乱暴らんぼうでもなかったらしいが……。


 だが、指先で小舟を摘まみ上げたということは重量による負荷がごく一点に集中したことを意味する。


 だから“割れた”。サルダン帝が小舟を降ろしたと同時、その瞬間に丁度ちょうど“バキッ”と。彼が摘まんでいた縁の周囲がけたのである。


 欠けた破片を指先に持ち、それを眺めるサルダン帝。彼は「そうか……存外にもろいな」と抑揚よくようもなく独り言を零したという。


 小舟の欠片を舟の中に置くと、サルダン帝はそれまでまともに見ることもなかった漁師の男を見た。


 そして、サルダン帝は言う。


「安心しなさい。この舟の改修に必要な費用は払われます。例えば買い替えるとしてもこの大きさなら――」


 漁師の男に話しているようだが、実際はサルダン自身の中で解決しているようなものだ。


 会話ではなく、一方的な宣告せんこく……少なくとも、漁師の男はそのように感じて恐怖を――いや、むしろ“さびしさ”を覚えたという。


 サルダン帝は近くで待機している牙備えの1人へと視線を移した。そして一言だけ伝えると、牙備えの1人はすぐに金銭を用意して皇帝へと手渡す。


 小袋に入った金銭……それはそれなりのがくはあろう。むしろ小舟の修繕しゅうぜん費用としては買い替えるにしても余るほどのものだった。


 その小袋を手にして、“何も言わず”に立ったまま眼下の漁師へと差し出す黄金の光をまとう皇帝。


 無言のまま無表情にそのようにされて……漁師の男はしばらく動けなかった。しかし、牙備えの1人が「さっさと受けとれぃ!」と叫んだので慌てて手を伸ばす。


 恐怖で震えていた。本当は言いたいことがあるのだが……言えない、言えるわけがない。



 無力感による悔しさ。異常な存在を前にした恐怖ーー。



 おびえて小刻みに震えるたくましい手が――――不意に、つかまれた。


 手を掴まれた漁師が「はっ」として横を見上げる。すると、そこに……。


「オイオイっ、リョージ!! こいつぁもう俺様の舟だろうが。名前もつけたんだし、管理の責任は俺様がもつ……そうだろう??」


 漁師が見上げたそこでは困ったように……おどけたように苦笑してみせている男の姿がある。


 口元で指を左右に振ってから、自身の胸を叩いてみせるその男。


 “銀髪の少年”を見た漁師の男はまた涙があふれてきたが……今度は同時に安心感を覚えて、気がつくと笑顔にもなっていた。


 少年の目つきは鋭くり上がったものだが、この時にはとても穏やかな印象があったらしい。垂れた前髪を邪魔そうに片手でき上げながら、彼は「ニヤリ」と笑ってくれていた。


 銀髪の少年は「ほれ、もう用済みだぜぇ~シッ、シィッ!」などとふざけた様子で手を払う。そうして優しく身体を押された漁師の男は「ば……バッキャロウ!あたりめぇだ、その舟のしまつはおめぇでしろよ!」と言ってその場を走り逃げた。


 遠ざかりながら……漁師の男は自然と“感謝”の想いを抱いたという。


 どうしてかは解らない。ただ、むしょうに感謝したい気持ちだったらしい。


 きっと、恐がる自分を察して気を遣ってくれた“少年の優しさ”がありがたかったのだろう。



 へりが割れた小舟の横に立つ少年――銀髪の一般人、ロキア=スローデンは「さて……」と呟きながら振り返る。


 振り返った視線の先には黄金の光をまとう“竜人”――黄金なる皇帝、サルダン=ブローデンが無表情に立っていた。



 対面する白衣の彼が何者なのか? そのことをロキアはまだしらない。ただ「なんだこいつわ……金ピカで変なヤツだなぁ」と、そのような第一印象を抱いたらしい。見たままである。


 そしてサルダン帝は無言を継続しつつ、差し出している小袋をそのままロキアに向けた。彼は漁師と少年の会話から「こちらに渡せばいい」と判断したのだろう。実に合理的な判断だ。


 何も言わず、無表情に“弁償べんしょう”を差し出す皇帝サルダン。


 そうした姿を前にして。一介いっかいのちょっと力が強い少年に過ぎないロキアは小舟を一度見てから……彼にとってまだ得体えたいが知れない男の姿をあらためて見る。


 この時、微笑ほほえむロキアは「やれやれ」と溜息ためいきいたという。


 中々弁償を受け取らず、さらに溜息をついて微笑んでいる少年。


 サルダン帝はこの時どのように考えていたのであろうか? 何かを思っていたのであろうか?


 それを知ることはかなわないが……ともかく。


 一部始終を少し離れて見守っていた牙備えの1人が「おい、いい加減に――」などと声を発しようとした時。


 “鈍い衝突音”が響いた。それに対して精鋭である牙備え達はだれも身をすくめるということはない。


 だが、そのだれもが口を開いて“驚愕きょうがく”した。予想もしなかった光景を見て、言葉を失った。


「――――あ??」


「…………ん??」


 拳が当たっている。それはロキア=スローデンが微笑みから一転して憤怒ふんど険相けんそうとなり、同時に突き出された素早い拳の一撃であった。


 ロキアの拳はサルダン帝の顔面、そのど真ん中を見事にとらえている。


 そして、それを受けてまるで微動だにしない皇帝。いきなりの狼藉ろうぜきに声も出ない衛士の面々……。


 皇帝に対してなんと無礼な振る舞いであろうか。本来なら真っ先に狼藉者を捕らえるべきであろう。だが、皇帝を守護する者達は動けなかった。


 この黄金なる皇帝が“なぐられる”……この黄金に光る存在を殴ろうとする存在など想定できていないかった。それも見たところ普通の少年が、である。


 突然の状況に衛士たちは困惑したが、当のサルダン帝は無表情を継続……いや、その黄金なる皇帝の表情にはほんのわずかな“変化”がある。


 拳を突き出した一見して普通な銀髪の少年。それは伸ばした拳を引いてから口をとがらせる。


 無礼な男は何度か拳をにぎりながら、対面する黄金なる存在に向けて言う。


「ふぅ~~~ん。けっこうかたいんだねぇ、きみ……こんなのは初めてだよ?」


「…………ふむ、これは一体?」


「あれ、解んない? しょうがないなぁ……じゃぁ、ぼくが教えてあげるね。いいかい、よく聞きなさいよ“金ぴかのバカモノ”くん?」


「今、私は……君は私に何を――――」


 あおき炎がともる。引きしぼった拳は深い青の色合いをびていた。


 炎をなびかせ、青色の軌跡きせきを直線に描いて振りぬかれた“蒼き炎を宿やどした拳”。


 その一撃は黄金なる皇帝の顔面を再びとらえ、そして……そのほほを“ゆがませた”。


 浮き上がる皇帝の身体……見守る衛士の面々が口も目も見開いてその行方ゆくえながめている。


 空中でゆらぎ、数秒してから皇帝サルダンの身体は砂浜に“倒れた”。


 一瞬の出来事だが、それはおそらく帝史において最も重要な瞬間の1つだったのだろう。




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