『二つの炎――中章:蒼炎を帯びた英雄(6)~怪物的で普通な少年~』
3(後節).蒼炎を帯びた英雄~怪物的で普通な少年~
アルフランから逃げたロキアは迂回して浜辺へと出た。広がる海はかつて“炎の海”として恐れられたものだが……。
今は眺めただけでいくつもの船影が水平線に浮かんでいる。それらは漁に出ているものもあるし、件の“伝説”を探しているものもあるだろう。
造船所から響く作業の音。浜辺で遊ぶ子供たちがそこらの枝で剣士ごっこをしている。
波は穏やかな日だったという。その日、早くに出た漁から戻っていた“たくましい漁師の男”は浜辺でロキアの姿を見かけて声をかけた。
「おう、ロキアじゃねぇか。どうした悟ったように海なんか眺めて……」
「んが……おお、リョージか。いやぁ……まぁ……色々、あるんだよ。この俺様にもな……」
「そっかぁ……だけど、悩むことは悪いことじゃないぜ? 若者よ……大いに迷い、そして成長するがイイ! ガァッハハハハ!!」
「――ったく、良いこと言った風にしやがって……まぁ、なぐさめてくれてんのはありがとうよ。ハァ……」
すっかりと疲れたように海を眺める銀髪の少年。一部では“怪物”として恐れられる彼だが、普通に会話を交わす限りそうとは思えない。
そこにあるのはただ1人の人間だ。
悩みはあるし、笑いもするし、怒りもするし、泣きもする。病気や怪我は……ほぼしないかもしれない。
だが、ともかく。その時浜辺に立つ男は1人の少年にすぎない。
漁師が「元気出せよ!」と肩を押すと「元気はあるんだけどさぁ……でも、どうすりゃいいのか解らねぇんだよ……」と力なく応える普通の人だ。少女1人から逃げることが精一杯な常識的な存在である。
まるで普通な銀髪の少年は水平線を眺めながら溜息をつく。そうした様子を見る漁師は「しょうがねぇやつだなぁ」と、労わるような視線を送った。
ロキア=スローデンは海を眺めて考え込んでいる。魚を獲りに来たというのに……彼を悩ませるもの、それは実に明快なものである。いや、明快だが複雑なものだ。
それは一介の少年であればだれもがいずれ抱く心。もちろん、少女だって同じく抱く感情、悩み……。
迷惑だしイヤでもあるのだけど……だけど、だからといって遠ざけたいわけでもない。
避けてはいるけど、本当は抱きつかれても良いと思っている自分があることに戸惑いがある。だが、なぜそう思うのかがよく解らないから不思議で恐い。
そんな得体の知れない悩みに迷い、立ち尽くす少年。それがロキア=スローデンだ。
ロキアの心情というものは彼にしか解らないだろう。だがそれを推察する、推察させる材料というものは多い。実際に彼が何を成したかということより、彼の人柄や言動に関する記録が多いことからも、当時の人々が彼をどのように見ていたかがうかがえる。
「おい、ロキア! そういやコイツを渡そうと思ってたんだ!」
「・・・・・んぁ?」
青春にくれるロキアに漁師の男が声をかけた。
漁師は何かを引きずっているようで、それはよく見るまでもなく“舟”だ。かなり小さなものだが、それは小舟なのだとロキアはすぐに解った。
「おめぇほら、最初に会った時に“いらねぇ”って断ったけどよ……やっぱり、素潜りで魚獲ってばかりもいられねーべ? だから、やっぱりもらってくれよ!」
「へぇ?? ・・・あ~~、そういやそんなことあったなぁ。いや、でもいいよ。泳いで捕まえてりゃそれで済む話だし……」
「まぁまぁ、そう言うなって。舟でちょいと沖にまで行けばもっと大きな魚も獲れるし、何より楽だぜ? ほら、網とか釣り竿もくれてやるからよ。どうせ余ってるものなんだから、使ってくれよ!」
漁師の男は「ニカッ」と満面の笑みでそのように言ってあげた。ロキアはそれを聞いても「う~~ん。でも悪いぜ、やっぱ?」などと遠慮していたという。
漁師の男は「うるせぇ! そんなんなら捨てるぞ、これ!」と少し口調を荒くしてみせたらしい。ちょっと気圧されたロキアは「わ、わかったよ……ありがとう。実際、助かるわ……」とようやくに小舟を受け入れた。
満足そうに笑う漁師の男。浜辺に置かれた小舟を撫でて「名前でもつけるか?」と、ロキアも笑った。
小舟に載せられた網や釣り竿など、漁に使える道具の扱いを聞くうちにロキアもすっかり「さっそく使ってみるかぁ!?」と乗り気になったらしい。そこにあった少年らしい純粋な“楽しみ”とする表情を見て、漁師の男は微笑ましさを感じていた。
「アーーーーッ!? いたわね、ロキア!! 今度こそ逃がさないわよ……さぁ、家で私と食事をしなさいッ!!!」
「えっ・・・・・ゲェェッ、アルフラン!? なんでだ、今日はやけにしつこいないつもにも増して!?」
「あなたが昨日も今日も私を放置したからでしょう!? 約束を護らないのはダメよ、私が正してあげる!!」
「いや、そんな……約束ってお前が勝手に……うわわ、来るなぁ!!!」
「また逃げる!? ちょっと、ほんといい加減にしなさいよこの臆病者!!」
「……ああ゛ん?? バカヤロウがッ、ダレが臆病だって……どぉわっ!? アブねぇ、浜辺を走るな……転ぶぞ!!」
「あなたが走るからでしょう!? 私に転んでほしくなかったら大人しく捕まりなさい!!!」
「そ、そんな無茶苦茶な……くっそ、どうすりゃいいんだ!? チクショウ……俺はいったい何をしてんだ!!?」
浜辺に出現したアルフラン。それを見たロキアは浜辺を駆け出し、逃げた。
それを追いかける少女、何かあった時を考えて一定の距離を保ちながら逃げる少年……。
漁師の男はそうした光景を見送った。そして置き去られた小舟を整備し始める。
若干古いものだが目だった傷はない。あとは道具類を整理して、使い方も解りやすく教えてあげないと……。
やれやれ、としながらも漁師は楽しそうに小舟を弄っていた。あの少年の助けに少しでもなれそうだと、やっと恩を返せると……その時の漁師は嬉しく思ったらしい。
そうして、一応は和やかな雰囲気にあったマバラードの海岸。
海岸で少年と少女が駆けまわっていた頃――
マバラードの大通りに空から何かが降ってきた。いや、それは降ってきたというにはゆるやかなもので……“降りてきた”と言ったほうがよいものだったという。
太陽の光が眩しい昼時のマバラード。そこに、あたかも太陽の光から現れたかのように舞い降りた“存在”。
それは全身を黄金の輝きに身を包んだ人――“人間のようなもの”。
張り詰めた黄金の輝きで身を包むそれは大通りに立ち、そして広がる水平線を眺めた。
「これが海……“知っている通り”だ。青く、広く……塩の臭いが漂う。あとは――」
何か独り言を零しながら歩き始める存在。うっすらとした黄金の光に包まれたそれをマバラードの人々は「なんだ、なんだ?」と少し距離を置いて眺めた。
……当時、マバラードの人で“彼”を見たことがある人間は少なかったのだろう。だが、この日以来だれもが彼の姿を知り、そして忘れることもなかった。
見たことはなくとも特徴を知る者はいた。
「えっ!? そそんな、ままさか……まさか、どうしてここに? どうしてこんな場所に……」
そうした数少ない人は「見間違いだ」と思いつつも見間違いようがない存在を見て呟いた。
「どうしてこんな場所に…………“皇帝”がいるんだ??」




