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『二つの炎――中章:蒼炎を帯びた英雄(5)~怪物が過ごした日常風景~』

3(中節).蒼炎そうえんを帯びた英雄~怪物が過ごした日常風景~


 マバラードに住み着いた怪物的な少年、“ロキア”。彼は栄えた都市の一部においては名の知れた存在であった。


 しかし、彼を知る者達はその存在を恐れ、近づくことをけた。そのことによって派閥間の争いは沈静化し、この時点でマバラードの治安はいくらか良くなっていたという。


 治安は多少なりとも良いものとなったが、一方のロキア自身の生活はというとーー


「……腹が減ったな。何か食うものあったっけか?」


 ーーあまり“良い”とは言えないものだったらしい。


 ロキアはそもそもが流れ着いた流浪るろう者であり、1ヵ月ばかりの生活で何か基盤となるようなものもない。


 つまり職がなかったのである。ありあまる力をもちながら、ロキアはこの頃「てきとうに街をふらつく」か「家で寝る」か「波をながめる」ことで時間を浪費していた。


 住む家はある。それはこの街に来てから数日の時、強盗から助けた商人が「どうかもらってくれ!」としつこく何日も願って頼み込んだすえゆずり受けたものだった。


 「そんなんいいから」と突っぱねていたロキアだが、ついにこん負けして「仕方ねぇ、ありがとうよ!!」と家屋の所有権を受け取ることにしたらしい。


 大きくはないが屋根に穴もなく、それなりの平屋。ロキアにとっては十分すぎる家ではあるが、だからといって空腹が満たされるわけではない。


 特に働いていないロキアの主食は“魚”だった。腹が減ると海へと出向いて手づかみに魚をる……それが彼の主食。


 常に空腹感があったという当時のロキア。しかし、そんな彼の食べ物が魚ばかりだったというわけではない。


 不確実ながら、時には別の食料を得る機会もあった。


「しゃぁねぇ! また魚でもってくるか。しっかし、泳ぎってのは中々にれねぇもんだな……魚共は素早いしよぉ」


 平屋の中で寝ていたロキアは身体を起こした。そうして気だるそうに首を回しながら家のとびらを開く。


 すると、そこには見慣れない“母子”の姿があった。


「んが……なんだ、てめぇら?」


 ロキアは不思議そうに首をかしげつつ、銀髪をガシガシと乱暴にく。


 そうした粗野そやな少年を前にして……母子はおだやかな様子で微笑んでいる。


「あの……昨日は息子を助けてくださってありがとうございます。これ、受け取ってください……」


 母親はそう言って抱えていたかごを差し出してくる。


 何のことかと不思議に思いながらもロキアは籠を受け取った。すると、中には……。


「なんだ、こりゃ……“キャベツ”?? 野菜かよ、どうしたってこれを俺様に……ん、助けたって??」


 籠の中にはキャベツが2つ入っていた。それほど新鮮ではなさそうだが、ロキアからすれば貴重な食料である。


 不思議そうにしているロキアはチラリと視線を母親の横に向けた。すると、そこには細身で小柄な少年の姿がある。


「あっ! てめぇは昨日の……」


「あっ、あの……昨日はありがとう! 助けてくれたお礼をしたくって、ぼく……来てしまいました!」


 それは昨日に体格の良い少年たちから暴行を受けていた子供だった。昨日の今日なのでやはり顔も見える肌も傷ついているが、元気ではあるらしい。


 ニッコリとした笑顔を向けてくる彼を前にして……ロキアは「お礼だぁ?」と口元をひんげる。


 低い声色でそのように言うので、小柄な子供は少し驚いて身をすくめた。だが、そうしながらも真っすぐと視線を外さない小柄な子供……。


 ロキアはしばらく視線を合わせていたが、やがて籠の中のキャベツに視線を移した。この時ロキアは後頭部に手をあてて少し顔を赤らめていたという。


「……んなもん、いらねぇよ。別に大したことしてねぇだろうが……ったく!」


 そうした様子のロキア――まだ少年である彼に向かって母親は言った。


「いいえ、私たちにとっては“大したこと”なんです。だからどうか、受け取ってください……」


「いや、でもよぉ。あんたらだって裕福そうには見えねぇし、こんな貴重なもの受け取るわけには――」


 そのようにロキアが何かはっきりしない態度でいると、細身の少年が一歩前に出た。


「あっ、あの……ぼくはリアンっていいます! よろしくお願いします!」


「・・・・・はぁ?? な、なんだいきなり……おっ?」


 細身の少年は変わらず真っすぐとロキアを見ている。そして唐突とうとつな名乗りを上げた彼に対して、ロキアは何かを感じ取ってくれたらしい。


 ロキアは鼻先をこすってから、笑顔になったという。それから自身の名を伝えてくれた。


「ロキア……俺様はロキア=スローデンだ。てめぇ、リアンつったな? まぁ、なんだ……これもなにかのえんってやつか。

 わかったよ……この野菜はありがたくもらうぜ。でも、これで貸し借りはチャラだかんな? こっからは“ダチ公(=友人)”として俺らは対等だ……いいな?」


 そういうとロキアは籠の中からキャベツを取り出してバリバリと食べ始めた。小柄な少年、リアンは「うん、よろしくねロキア!」と応えて喜んだ。


 母親としては目の前でバリバリとキャベツを食べる少年が少し怖かったようだが……我が子が喜んでいるのでそれはそれでよしと思ったらしい。


 この時に母親は「恐い気配ではあるけど悪い人じゃない」という印象を受けたという。これは以後に彼と接する多くの人が感じた印象と一致している。


 リアン少年と母親はそれだけでその場を去った。父親の遺体のない墓を訪れるためだった。


 キャベツを食べきったロキアだが、それだけでは満たされなかっただろう。彼はフラリといつものようにマバラードの路地を歩き始める。


 海岸に向かって魚を獲るためだ。そのために斜面の路地を下っていく。


 一本道ではない。入り組んだマバラードの小路こうじは地元の人間ですら迷うことがあるほどに複雑だ。何の計画もなしに急造された市街だから仕方ない。


 マバラードの街を歩く銀髪の少年。その姿を気にするものは少ないが、中には彼を見て「ヒソヒソ」と話すやからも存在する。


 しかし、そんなものなどまるで気にせず。異常な聴覚によって気に食わない内容が聞こえようとも、別に“くだらないこと”をしていないのならば手を出さない。


 自分をどのように言われたところで関係ない。そんなことはイラ立ちにならないが、“くだらない”と思ったなら迷わず手を出す。


 乱暴者だと人々はロキアを陰口した。それは事実であろう。


 露出した感情が服を着て歩いているようなものだ。そうできるのは“圧倒的な力”があるからに他ならない。そうでなければ“気をつかう”必要があるだろうし、それが人間的というものだ。


 だからロキアは怪物なのである。しかし、この怪物的な男はその力と感情を持て余していた。


 平穏な生活が嫌いなわけではない。ただ……何か、物足りない。


 力を発揮したい……ということか? 正直、彼は“全力”というものを出したことがなかっただろう。その必要が無かったからだ。


 自分の可能性を知らず、されど可能性を感じてはいる……。


 そうしたもどかしさこそが“イラ立ち”だったのではないかと、ロキアは後に知ることとなる。


「アーーーーッ!!? いたわね、こんなところに! どうして家にいないのよ、おかげで探したじゃないの!!」


「ん…………ゲェッ、“アルフラン”!?」


 マバラードを歩くロキアに向けて、周囲一帯に響くほどの声がぶつけられた。


 声の発生源は“少女”であり、良質なドレスに身を包んだ姿は雑踏の中でもよく目立った。


 マバラードの中心をつらぬくように開けた大通り。その中央で振り返ったロキアへとドレスの少女が“突き進んでくる”。道中にある人と多少ぶつかってもおかまいなし。視界には銀髪の少年しか入っていないのであろう。


「ロキアぁぁぁ……今日は私の家に来なさいってあれだけ言ったのに! というか昨日だってそうなのに……どこ行ってたのよ、この放浪者!!」


 赤く長い髪をなびかせ、雑踏を突き進んでくるドレスの少女。周囲の一般人はロキアを知らずとも彼女のことは知っている。


 豪商としてこのところ名を上げている“ライヤード”の家。たくみな交渉手腕で派閥間を渡り歩き、宝物騒動で生じた多種な需要を見抜いて財を成したフラダン=ライヤードを当主とした一族。


 街で最も金があるとすら噂されるライヤード家ではあるが、良く言って交渉上手にしても悪く見ると八方美人ではあった。


 浜辺の蝙蝠コウモリと影であだ名されたフラダンを良く思っていない人はあったらしく、実は先日にその1人娘が“誘拐”される事件が発生した。主導者は知性派とされる派閥、“真導しんどう会”の幹部である。


 事件の結末としては呆気あっけないもので、結果として1人娘は無傷で家に帰ることができた。そしてこれによって各派閥は再確認する。「目的はなんであれど、“ヤツ”に関わってはいけない……」と。


「ほら、どうせまたお腹がいているのでしょう? 仕方ないなぁ……この私が特別に食べ物をめぐんであげるわ! さぁ、さっさとうちに来なさい!!」


 ドレスの少女、アルフラン=ライヤードは紅潮こうちょうした表情でまるで怒っているかのように怒鳴りながらロキアの腕を掴もうとした。褐色肌の彼女は健康的で、かなり活発でもあるらしい。


 腕を掴まれそうになったロキアは咄嗟とっさにそれをけて一歩下がる。そうした回避行動を見たアルフランの顔色がさらに赤くなった。


「なぁぁあんで避けるのよ!? 大人おとなしく私に捕まれ、このっこのっ……!」


「うわ、バッキャロウ!! いや……もうカンベンしろよ! 何回お前ん行きゃいいんだっつぅの! もう十分だろうが、これ以上は俺がりを作ることになっちまうよ!」


「もう借りになってるもの! さぁさぁ、だから私の言うことを聞きなさい、ロキア! あなたは私の家に来なければならないの!! 毎日ッ!!!」


「だからそんなんイヤだってば! ……あのな、飯くれるのはありがてぇけど……なんかほら、食べる順番だとかこっちから使ってあっちはまだ使わない道具だとか……そういう面倒くせぇのがイヤなんだって! 俺は飯なんて気楽に食えればそれでいいんだ!」


「だからそれがダメだって言ってるでしょう! この私が直々に“マナー”ってものを教え込んであげるって、何度言わせるのよ! そしてあなたはマナーを学ばなければならないッ!!!」


「だから、意味わかんねぇって!? どうして俺が……ああ、もう今日はほっといてくれ! 俺を自由にしておいてくれ!!」


「はぁぁあ!? 何よ、私といると自由じゃないって言うの!? まぁ、それはそうかもね……でもあなたは私が助けてあげないとお腹も空かせるし、満足に清潔感だって保てないでしょう!? だから私がそばにいないとダメなのよ、解った??」


「解らねぇよ、解りたくもない!! バカこのもうっ……もう知らん!! ええいっ、とぉう!!!」


「――――アっ!?」


 その時、ロキアは跳んだ。跳んでマバラードの空へと舞い上がり、そして家屋の屋根に飛び乗ってそのまま走り去った。


 飛び去る姿に向けて少女が何か叫び続けていたが……ロキアはかまわず逃げた。そうでもしないと結局は彼女の言うがままになると解っていたからである。


 ロキアはある事件において少女アルフランを助けた。それはいいのだが、その一件以降アルフランはロキアに感謝を……いや、それにしては異様な執着をみせてつきまとうようになった。


 あまりにつきまとうので参ったロキアは彼女の父に「あいつをなんとかしてくれ」と直談判したことがある。


 それに対してアルフランの父であるフラダン=ライヤードは「大丈夫、君になら娘を任せられる!」……とだけ応えた。なおさらロキアは彼女の家に行きたくなくなったようだ。


 赤髪のアルフランはこの頃、そのように御転婆おてんば……というには少し度がすぎるほどの少女だったらしい。


 まぁ、そのくらいでなければ規格外の英雄をぎょすることなどできないということだろう。




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