9 第二の先輩と想像と現実と……
皆が声の方を向きました。そして、ふーりんが立ち上がり、声の主に駆け寄りました。
「お姉様。こんにちは」
「ええ、こんにちは」
私は衝撃を受けました。お嬢様学校だというのに「ごきげんよう」では無い事に。
「和美さん。ごきげんようは? 私、ごきげんようだとばかり……」
イメージと違うあいさつに動揺し、彼女の制服の裾を掴んで訊ねていました。
「今時そんな挨拶しないって。ふーりん、そちらの方はもしかしてエミリー・ルスウィンさん?」
「そうよ。前に写真で見せた方で、二年生の先輩。お姉様、ご紹介します。こちらが、私の腐れ縁の和美さん。こちらは、今日お友達になった編入生の陽子さんです」
とても的確な紹介をしてくれました。先輩だと言うので、私達も立ち上がり、お辞儀であいさつをしました。
「フレデリカ、和美さん、陽子さん、ありがとう。そして始めまして。気軽にエミリーと名前で呼んでくださいね」
外見が、規律正しく、厳しそうな印象ですが、人当たりの良い笑顔をするので、そのギャップに目が潰れそうになりました。それと、お嬢様オーラが強すぎて、私が消し炭になりそう。
「ありがとうございます、エミリー先輩。先輩のお話は、それはもう要らないというくらいにふーりんから聞いていました。ふーりんがご迷惑をかけていないか、友人としては心配で心配で」
「ちょっとあなた。もう要らないくらいとはどういう事です。私はまだまだ語り足りないと思っているのよ」
和美さんの声に疲れのようなものを感じました。思い出しただけで疲れるほどに、お話を記されていたのでしょう。そして、ふーりんはちょっと姉愛が強い事が分かりました。
「ふふ。二人は仲が良いのね。和美さんの心配には及ばないわ。フレデリカはよくやってくれています。それに姉として、妹のサポートは抜かりないわ」
頼もしさとお嬢様オーラが合わさり、私は、不思議とひれ伏すのが礼儀だと錯覚しかけていました。
「あれ? この場合、先輩とふーりんは、本当の姉妹という事になるのでしょうか?」
「私達は実の姉妹では無いわ。陽子さん」
どの場合でも、姉と妹という言葉が出てくるため、実際の会話では分かり辛いなと思いました。
「ああ、制度の方でしたか。っと、改めまして、編入生の佐藤陽子です。よ、よろしくお願いします」
エミリー先輩は、上級生に加えてお嬢様感が強いために、ふーりんや彼方先輩の時には無かった緊張がありました。あの時は、私も一杯一杯だったので、緊張を忘れていた可能性もありますが……。
先輩から放たれている全てに、私は完全に呑まれていました。
「そんなに緊張しなくて大丈夫よ」
私の緊張を察し、気遣ってくれるのはとても嬉しいです。ですが、そう言われても体が解れてくれません。振舞い一つ一つが私とは違うのです。この学院で過ごすにためには、先輩をお手本にしなければならないのでしょう。
そう思うと、先輩の望むようには出来ません。
私が先輩とちゃんと話せる日は来ないかもしれません。
私の緊張が全く解れないので、先輩もどうしたら良いのかと困り顔。必要の無い心配をさせてしまっている事が申し訳無いです。
「フレデリカ、どうしたら良いでしょう?」
「お姉様は、慣れない人には刺激が強すぎますから」
ふーりんが意外に強くて驚きました。シスターの関係でも、これくらいの砕け方は普通なのでしょうか?
「私を刺激物にしないでほしいのだけれど。改めて、あの人は本当に変わり者だったのね……。ああ、そうだわ。挨拶の代わりにこちらをプレゼントしましょう」
閃いたとばかりに、制服の中から先輩が取り出したのはゼリー飲料でした。
「あ、ありがとうございま……」
商品名を見て、私は固まりました。