71 ダンス教養編 赤い靴の強化を希望します
時刻は午後五時の十分前です。
一応、先輩を待たせてはいけないという事で、約束の十分前に私はやって来ました。
それはそうと、午後五時と言えば、家庭では夕食を取っていてもおかしくない時刻です。学院に来てからは、晩御飯に思いを馳せている頃でした。
丁度良い加減で小腹も空くこの時間に、私は寮の一室でダンスを習おうとしていました。
(まさか、こんな展開になるだなんて……)
部屋には怪我に備えた治療箱と、飲みきれないだろうと思われる大容量の水筒を用意してニコニコしているふーりんが居ました。
「ふーりん。どこからそんな業務用の水筒を持ってきたんですか?」
「運動部の子に話したら貸してくれました。二十リットルも入る凄い水筒ですよ」
「そ、そうですか。もしかして、中に二十リットル分の水を入れてあるとか言いませんよね?」
それが空になるまで動くつもりは無いですし、空になるような運動はしたくありません。
「三人で飲むんですから、それくらいすぐですよ」
良い笑顔で彼女は答えてくれました。ですが、人が一日で飲む水分量を遥かに超えている事に彼女は気付いていません。
(マネージャー役が嬉し過ぎて、ブラックマネージャー化してますね。こんなの、昨今の扱きでもそう無いのでは?)
唯々困惑していると、部屋にエミリー先輩が入ってきました。
「時間五分前とは、しっかりしていますね」
「待ち合わせというのは、早過ぎても遅すぎてもいけないですからね。時刻を指定しているのに、それよりも極端に早く来る人は礼儀がなっていないわ。相手に無用な気遣いをさせない事もマナーですもの」
「そう言うのでしたら、無用なストレスを与えるのもマナー違反なのでは?」
「光との事ね? 何度も言いますが、お互いのためを思っての事よ」
話は平行線で、やはり交わる事は無さそうです。
「お姉様、陽子さん。友好を深めたのでは無いのですか?」
このやり取りを見ていたふーりんの疑念が込められた声に、ドキリとしました。
「や、嫌ですね、ふーりん。これくらいのやりとりは私達の間では軽いあいさつですよ。あいさつ」
「そうです、フレデリカ。さあ、時間になりますよ。始めましょうか」
「そうですね。そうしましょう」
練習にかこつけ、私達はふーりんの疑惑を流しました。
「では始めに、柔軟から始めましょうか。あなたが踊る場合にどうするかは分かりませんが、シスターによっては靴を変えますからね。そうなった場合、今は普通の靴ですが、下級生はヒールの有る靴で踊るので、足首の柔軟は念入りにする事」
「あの、下級生がヒールの有る靴とはどのような理由が?」
「上級生がエスコートする側で、下級生がされる側だからです。男役、女役とありますが、下級生は女役の動作で踊ります。これはシスター制度的にも意味があります」
「それは、上級生が導く側で、下級生が導かれる側という考えでしょうか?」
「そうです。将来、妹を持つつもりなら男役の動作も覚えなければなりません。あなたの場合、また一からになるので苦労するかもしれませんね」
「ゼロからでは無くなりますが、確かに苦労しそうです」
「丁度良いので、柔軟をしつつ、年末の交流会について説明しましょう。一年間または、新入生にとっては九ヶ月前後の期間で育まれた関係の成果を見せる場なのです。そして、姉妹の関係をより深める場でもあります。ダンスとは、どちらか一方だけでは踊れません。互いに協調し、支え合う事で素晴らしいものになるのです。このように姉妹の関係を深める事で、先輩後輩という垣根を越え、友人、親友のようなパートナーとなります。学院卒業後もパートナーとして関係が続くように願い、学院は生徒会主導の元で交流会を開いているのです」
中々に熱の入った説明でした。どうやら、卒業後も関係が続いている理由はこの行事が大いに関係しているようです。
私は、お姉様を追いかけてここに入学する事を決めました。
再会できるかも分からなかったので、学院を無事に卒業する事に焦点を当てていました。
シスター制度については学院について聞かれた場合、まずはこれ、と言うほどに有名だったので記憶にありましたが、このような行事の事までは知らなかったのです。
お姉様と再会した今、私が目指すのは、卒業よりもこちらでしょう。
「私、光お姉様と踊りたいです。毎月、いえ、事あるごとに踊って、関係を魂消滅以降まで続く強固なものにしたいです」
「それは体が悲鳴をあげるから止めておきなさい」
全力の思いを伝えると、エミリー先輩に全力で止められました。
残念ですが、仕方ありません。




