7 クラスメイト 注目の新人
「我が校の名の通り、皆さんには太陽のように暖かな光でこれから出会う人々を時に育て、支えるような人間になって欲しいと思います。そして――」
入学式に間に合った私は、学院長の挨拶を聞きながら思っていました。
(右も左も、どちらを見ても、自分がちゃんと会話が出来るか不安になるようなお嬢様ばかりです。二人と彼方先輩が居なかったら私、孤独な三年間を過ごす事になってたかも……)
まだ初日で、いくらでもそうなる可能性はあるのですが、既に一歩目を踏み出せた状態であるためか、心にほんの少しだけ余裕がありました。
学院長の挨拶が終わり、新入生達はそれぞれの教室へと戻っていきます。
一年生のクラスは全部で六組。これが多いのか少ないのかは分かりません。お嬢様ばかりで六組も出来るなんて、どれだけお嬢様大国なのかという見方もできますが、海を越えてやってくる人達も居るので、そう考えると案外世界には、お嬢様という存在は少ないのかもしれません。
因みに私は一組でした。嬉しい事に、和美さんやふーりんも同じ組でした。
顔見知りが居る心強さは言葉には出来ません。後は、私がとんでもないやらかしをしなければ良いなと、そこだけが不安です。
「そこの彼女、空気には馴染めたかい?」
ナンパスタイルを継続し、和美さんが小休憩の時間に声をかけてくれました。
「入学式の間は酔いそうになっちゃいました」
「世間じゃそれをセレブ酔いって言うんだ。その酔いは徐々に体を蝕み、酔いを感じなくなる頃には、自分がセレブだと勘違いする恐ろしい酔いだよ。この学校に通う普通の子がなる、はしかみたいなものだよ」
「え、えぇ~」
世間には全く知られていない奇病の存在に、私は少し怖くなりました。
将来、本当にそうなりそうな現実味もありました。
「何を馬鹿な事を言っているのですか。陽子さんを怖がらせるんじゃありません。陽子さん、そんな酔いは無いですからね。ただ単に慣れない場に気圧されていただけですよ。一週間もすればそこそこ慣れますよ」
初等部から居る人の話なら安心出来そうです。でも、彼女が言うよりも場の空気に慣れるには時間がかかりそうですけど。
「そういえばふーりん。この学校の授業は、どのような感じなのですか?」
言い終わった後に、周りの空気が変わった事に気付きました。
(え、私、何かやらかした!?)
胸がキュッと締め付けられる感覚。原因が分からないので、更に精神に負担がかかります。
「早速その名で呼んでくれたのですね。嬉しいです」
優しい笑みで、少し大きめの声量で言うふーりん。
すると、張り詰めた感じだったのが緩まったように感じました。
「ふーりんは、学院の有名人でもあるからね。恐れ多くてあだ名では呼べないのさ」
「本当ですか、和美さん。そ、それなら私、とても失礼な事を!?」
今、お嬢様ネットワークの中で、私は第一級指定の危険人物になっているのではないでしょうか?
闇討ち、呼び出し、おびき出し。どのような手段で何をされるのか。想像するのも恐ろしいです。
「大丈夫です。私をふーりんと呼ぶのは、この人だけで、その都度、私が苦言を呈していたのを皆さんが知っているのです。なので、ふーりんと呼ぶのは禁句だと皆さんが認識しているだけです」
「私、呼んで良いんですか? 禁句なのに呼んだりして、後で組織ぐるみで消されたりしませんか?」
「そんな闇の仕事をするような組織はこの学院にはありません。公式には」
「それ、非公式でならあるって事では!? なら、呼び方変えます。えっと、あの……」
焦り過ぎて、元の名前が出て来なくなってしまいました。和美さんが言っていたはずなのに、思い出せません。つい一時間程度前の事なのに。
「へい、彼女。この子の名前はフーリンだ。ふーりんじゃなくて、フーリンが本名なんだぜい」
「ふーりんとふーりん? 発音の違い? え、駄目です、分かりません」
私には、和美さんの言っている事の違いが分かりません。
「陽子さん。私が受け入れているので、ふーりんと呼んでください。そして和美さん。あなたはフレデリカとちゃんと言いなさい」
「あたしが名付け親だぞ。何故使用を許可しない」
「あなたの呼び方は、邪なものを感じます。どうしても私をその名で呼びたいのならば、陽子さんのように親しみを込められるようになってからにしなさい」
私はそんな高度な事をした覚えは無いので、どうしたら良いのか困ってしまいました。
「うう、陽子師匠。あたしに秘伝を、三分くらいで教えてくれぇ」
私の両手を掴み、上目遣いでせがむ和美さん。私はどうしたら良いのでしょう?
「えっとですね。どうしたら良いのか分かりません。ごめんなさい」
ここは素直に力になれないと伝えるべきだと思い、そう言いました。
「見捨てられた!? こうなれば仕方ない。あたしは、これからも弄り倒すため、ふーりんの名を呼び続けよう。さらばだ」
本当に悪役のような捨て台詞とともに自分の席へ戻っていく和美さん。
「さあ、次は学院での過ごし方の説明ですよ。また後程お話ししましょう。陽子さん」
「え? あ、はい」
ふーりんも自分の席に戻りました。
どうやら二人は、私の事を気遣い、話をしに来てくれたみたいです。
それはともかく、一人になると周囲の視線が気になりました。どうやら私は、彼女達と親しい関係にある謎の編入生と思われているようです。
(彼方先輩、ありがとうございます。先輩の助言と二人のおかげで、馴染むのも早くなりそうです)
一般庶民という、お互いに高い壁がかなり低くなっているのではと思い、心の中で三人に感謝していました。