32 タイムオーバー 売られた私と希望の一歩
「「寮母さんっ!?」」
四、五十代の大人の女性が立っていました。
その手には、この棟の寮内の生徒だけでは無く、全生徒の情報が記載されていそうな分厚いファイルがありました。この方は、入寮時にあいさつをした人でした。
今ここに寮母さんが居るという事は、消灯時間が過ぎ、見回りの時間が来たという事です。
言い逃れは出来ません。逃げられもしません。
だって、寮の管理者が目の前に居るのですから。
「二人とも、光はもう休んだから、部屋に帰るよおぉうっ!?」
用事を済ませ、部屋から出てきた彼方先輩は、寮母さんが居る事に気付き、普段は絶対に出ないような声を出して驚きました。
「彼方さん。こんな時間に訪れるなんて珍しい。ここで何をしているのですか」
「あの、その、後輩がどうしても光さんの部屋に来たいと言うもので」
確かに提案したのも、お願いをしたのも、実行したのも私です。
そこは揺るがない事実なのですが、勝手なもので、私は売られたと思いました。
「彼女達が?」
「あ、いえ。彼女が。こっちの子は、私の妹です。彼女が私の部屋を知らなかったので、案内役になり、そのまま……。」
追い打ちをかけるように私個人を強調する彼方先輩。先輩にしてみれば、妹を守るための選択なのでしょうが、酷いです。
「あなた、どうして彼女に?」
鋭い眼差しが私へ向けられました。
「光お姉様に、お姉様になって欲しかったんです」
「その呼び方。既に制度を利用しているのでは?」
私の呼び方で、寮母さんは勘違いしていました。
「あ、それはですね――」
彼方先輩は、自ら売っておきながら、フォローをしてくれました。
「まだシスターでは無いんです。慕う余り、このような呼び方をしているだけです」
それを聞き、寮母さんは分厚いファイルを凄い速さで捲りました。
「ああ、そうですか。そうですね。こちらに光さんとの申請書はありませんから。私も覚えが無かったので、行き違いか、見落としかと思いました」
納得したようです。しかし、彼方先輩との会話が終わると、寮母さんはまた私を見ました。
「念のため、あなたの名前を確認しますね」
「佐藤陽子です」
「佐藤陽子……。ああ、高等部に今年入った」
ファイルを見ずに言い当てられ、私は驚きました。実は寮母さんは、全てを記憶していて、言い逃れをしようものなら、事実としてファイルの内容を突き付けるつもりだったのではと、そう思わずにはいられません。
「久々の違反ではと思ったのですが、どうやら違ったようですね。和美さん」
「はひぃっ」
名前を呼ばれ、背筋を伸ばす和美さん。
「初等部の頃のお転婆は少しは落ち着きましたか?」
「あ、あたしもお年頃になったので、はい」
借りてきた猫のような反応です。過去にどれほど叱られたのでしょう。
それにしても三年前に居た生徒の事も覚えているだなんて、恐ろしい人です。
いえ、寮母さんの口振りから察すると、それだけ記憶に残る生徒だったのでしょう。
「彼方さん」
「は、はいっ」
背筋を伸ばしたのは、彼方先輩もでした。
先輩の反応を見るに、先輩もかなり色々とやったのでしょう。
「今回は特例です。ですが、次はありませんよ」
「あ、ありがとうございます」
「面倒見の良さもここまでくると大変ね」
厳しい態度は崩しませんが、何故か寮母さんは、彼方先輩を労っていました。
「陽子さん」
「はいっ」
最後に矛先を向けられるとは思いもしませんでした。
「憧れによる行動を悪いとは言いません。ですが、節度は守りなさい。シスター制度は互いを思い、支え合うためのものです。一方的ではいけないのですよ」
「はい。胆に銘じます」
どの口が言うのかという視線を先輩と和美さんの二人から感じました。
私はその視線に耐え、寮母さんに答えたのです。
「よろしい。三人とも、早く部屋に戻りなさい」
寮母さんはそう言うと、見回りに戻りました。
帰り道、彼方先輩が言いました。
「もし本当に光さんに関わるつもりなら、和美に朝の予定を送るけど、どうする?」
この提案を断るなんて選択肢はありません。
「もちろん関わります。なのでお願いします」
「分かった。朝も早いからね。起きれる?」
「寝ている状態でも動きます。大丈夫です」
「ホラー展開っぽくて嫌だけど……。うん、分かった。和美に送っておくよ」
彼方先輩は心配していました。それでも一応、私を認めてくれたのでしょう。
また一歩、前進出来た事を喜びつつ、私は部屋に戻りました。




