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小説家人形  作者: 五島タケル
一章
3/80

感染する空気

 何事も続けることに意義がある。

諦めていてはなにも始まらないし、諦めない限りとりあえず希望は生き続ける。

そう実のところ一番大事なのは“続ける勇気“なのだ。


 そんなことを教えてくれたのは誰だったかな?って考えてみても分からない。とにかくみんなが言っているからそう思ってるだけだ。


 「ねえ続けて。お願いそのまま」


 そう、あれはまだ私が十代の頃、初めてのバイト先で出会い、初めてお付き合いした大人の女性が言っていた言葉だった。

いつもヤニ臭くて、手首にはリスカの痕がこびりついている5つ上の人だった。


 あの日は確か、仕事の帰り道に雨宿りをしていた時だったと思う。二人で佇んでいるとなんとなく雰囲気が良くなり、私は彼女にキスをしようとした。

 

 だが口をつけようとしたその瞬間、彼女の目がカっと見開いていることに気付いた私は怖気づいてやめてしまった。

 

 その時彼女から、さっき述べた言葉が放たれたのだ。

「ねえ続けて、そのままお願い」という続きを促す言葉が。

 

 しかし、その時の私はキスの続きをすることが出来なかった。彼女の目が相変わらず見開いたままだったし、おまけに口まで開いていたからだ。


 それを見て私はためらってしまった。


 目と口を開けて待つ相手に、ウブな私はどんなキスをしていいか分からなかった。

気分が乗らなかったし、最初のキスでディープなものをする根性もなかった。

 

 なので私は深呼吸をして気分を落ち着かせると「また今度にしよっか」と言い残して先に帰ってしまった。

 今度など無いと思いながら。


 それ以降、彼女は私に口を聞いてくれなくなった。

そのまま私がバイトを辞めたことにより、結局彼女とは大した接触もセックスもせず、自然消滅する形となってしまったが。


 誰とも顔を会わさず一人で黙々と作業しているからなのか、誰かが言っていた何気ない一言をよく思い出すし、誰が言っているかもよく分からない教訓めいた言葉を受け入れたくなる弱い自分がいる。


 あの時の彼女が言っていたように、今度こそ私は続けなければ。もう諦めるわけにはいかない。意思を強く、しつこくやり通す気持ちを持とう。



 さあて、読まれるためのポイントは押さえたわけだが、その通り実際書けるかはまた別問題。

手順に従っていかにベタで魅力的なキャラとストーリーラインを描くことこそが最も難しく、根気をともなう作業なのだ。

 

 いくらありきたりで、どこかで見たような作品でつまらないなどと言われようが、計算づくで人が好みそうなベタ話を安定して書き続けられる人間こそが本物のプロであるんだろうし、真に商業小説家と定義される所以なのだろう、

 

 自分が良かれと思って生み出した一作目は、とりあえず投稿はしてみたもののいまだに何の反応らしきものもなくて、気持ちもすっかり萎えつつある。

 

 これをこのまま最後まで投稿し続けるのも虚しくなってくるのだが、いまさら引っ込めるのもまた虚しい。


 とりあえずこれはこのまま投稿しつつ、今度はベタで狙いすましたストーリーとキャラ構想で膨らませた、次作品を展開させていかなくては。


 だが一作目の挫折により、小説家へ向けた私の気持ちバロメーターはすでに半分ほどに低下し、すぐさま次回作へとりかかれと気持ちで命令しても、心と体はイヤだとごねてくる。


 それを無理にまた小説を書くために奮い立たせて、無為に2か月ほどを過ごすのもさすがに痛々しい。


 いくら世間的にステイホームムードがあるとはいっても、単に無職の人間が仕事もろくにせずに、貯金を切り崩しながら小説をちまちま書いているのはまた違う気がする。


 以前国から配られた10万円は早くも尽きかけていた。


 もともとあれは30万円配るという話だったのだから、いずれまたこのウイルスの感染者が拡大したならその時に再び、あの小さい布マスクと共に支給されるに違いない。


 そうしたら私はあの臭いマスクをしながら、ふたたび小説の執筆活動に心置きなく専念できるわけだ。

 

 そんな夢想をしつつ、とりあえずは充電名目のため1週間ほど小説の次回作の構想をしながらゆったり過ごしていると、パンデミックからの警戒解除モードが広まり経済活動が再開していた

日本社会で、再びウイルスによる感染者拡大のニュースが広まりだしていた。

 

 その報道に触れ、私は興奮する自分がいるのを感じてしまっていた。



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