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エレファント通勤

作者: 鵠矢一臣

 私は、象で通勤している。


 象っぽい何かではない。「鉄の馬」みたいな比喩でもない。象だ。


 名前はグルナ。育ち盛り、8才メスのアフリカゾウ。とても賢く、会社までの道順だって3日と経たずに覚えてしまった。



 朝は出社時間の40分前までに家をでなくてはならない。


 化粧を済ますとトーストを咥えて玄関へと急ぐ。途中で黒の通勤バッグをひったくるように取って、パンプスに足をねじ込んでから玄関脇の階段を勢いよく駆け上がる。


 その先に彼女が待っているのだ。


 最上段で思い切り踏み切って、ベリーロールの要領で体をねじる。あとは何もしなくても滑るように大きな背中に着地して、気づけばグルナに跨った形になっている。


 するとグルナは決まって鼻を高く掲げ鳴き声を上げるのだ。


 私はカバンから電動シャッターの鍵を取り出して「開」のボタンを押す。キリキリと音を立てて巻き上がると薄暗いゾウ舎に少しずつ光が満ちてゆく。


 グルナはいつも待ちきれず、彼女が通れる高さまで開くと嬉々として飛び出してしまう。私はシャッターの下面をうつ伏せになって避けるのだけれど、必ずと言っていいほど後頭部の髪を掠めていく。


 眠気と一緒に首が飛んでいってしまってないか、首筋あたりに手を当てて確認するのも、もはや毎朝の日課となっている。



 ひとたび都会の中へ躍り出れば、象はまさに無敵だ。


 時速40キロで猛進する4トン弱の巨躯を止める術など、都会の生活者が持ち合わせているはずもない。人々は蜘蛛の子をちらしたように退き、道を譲らない乗用車はカチあげられてひっくり返るかメキメキと音を立てて踏み潰されていく。


 時には声を荒げて非難してくる連中もいる。


「そんなのが街中を走ったら迷惑だ」とか、「みんな我慢して電車に乗ってる」とか、「頭がオカシイのか?」とか。


 まずそもそも、象は走らない。人でも獣でも「走る」からには体が宙に浮く一瞬が必要だ。象はいつでも必ずどれかの足が地面についている。だから厳密に言えば早歩きだ。


 それに大体、自分が我慢しているのだから私も我慢しろというのはどういう理屈だろうか。だったら、お前も象に乗れだ。


 と、そんな反論をいちいちしていると始業に間に合わなくなるので、何も言わずに蹴散らしていく。象に向かってくるなんて、それこそ頭がオカシイのだ。



 そうして私は、激しく揺れるグルナの背にしがみつきながら、象すら飲み込んでしまいそうなビルの谷間でトーストを必死に貪るのだった。




(了)

ここまで読んでくださってありがとうございます。


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