老将軍と兵器娘。
戦争の女神は
我が方に愛想が尽きたようだ
十年続いた国境をめぐる戦は
押し込まれる形で決着がつきそうだった
政府首脳はここにきて頭がイカレタらしい
極秘裏に開発していた秘匿兵器を
きたる最終決戦に投入する算段と耳にした
特殊兵器による起死回生など一時の夢でしかない
占領した〝点〟は圧倒的物量の〝面〟に押しつぶされる
三十年前に味わったばかりだろう
それすらも忘れてしまったということか
私も老いたが国はもっと老いぼれたらしい
嘆かわしいことだ
首都近郊の空軍廠
地下三00メルテに建造された
冗談のような秘密基地
私はエレベータで荷物のように運ばれ
その
子供の遊び場に立ち入った
チラつく照明が続く
掃除もされていない廊下を歩く
うちっぱなしのコンクリートが玩具感を増幅させてくる
私を案内する空軍士官は興奮気味だ
偏った軍教育で純粋培養された賜物だろう
哀れすぎてかける言葉もない。
政府には
クソのような夢物語だと一蹴してやったのだが
空軍技官の夢遊病者どもには聞こえなかったらしい
夢は夢で終わらせておけばよいものを
いくつかのチェックゲートを通り巨大な格納庫らしき空間にたどり着いた
そこには
ソレが
佇んでいた
蒼の軍服に身を包んだ
そばかすが抜けきらない
おさげの女の子
彼女は踵を鳴らして直立になり敬礼をした
空軍第九師団所属蹂躙兵器〝空〟であります
彼女が手に持ったスケッチブックにはそう書いてある
空は声を武器とすると
危険だから発声は禁止していると
技官の補足に彼女は申し訳なさそうに眉を下げた
蝙蝠の遺伝子を変異強化させたものを彼女に植えこんだとか
空の声はあらゆるものをはじき返し粉砕するそうだ
自信たっぷりの技官
彼女の左手は小刻みに痙攣している
後遺症だろう
相好を崩す技官
褒められたい子供のようだ
おびただしい犠牲を払った上でのが抜けていると指摘してやりたかった
彼女はお前たちの玩具ではないと糾弾したいが
私の立場がそれを抑え込む
私は見るからに苦々しい顔をしていただろう
だが
私を見つめる彼女の顔は
晴れやかだった
どこの生まれかと問えば彼女は困った顔をする
技官が冷めた視線だけを彼女に向ける
なるほど
廃墟に住まう戦争孤児か
それで軍の玩具にされてしまったわけか
我々の責任だな
良い報告を期待していると告げれば
彼女は唇を引き背筋を伸ばした
その三日後
空が出撃をする予定の日になった
だがその予定は
あっけなく崩れ去った
前線で唯一残存していた主力部隊たる近衛師団が壊滅したとの知らせが来たのが
ちょうど半刻前
これ以上の継戦は不可能だ
執務室にいた私は報告に来た部下を下がらせた
窓辺に立ち、蒼穹の空を見つめる
さて
私の義務を果たすとするか
机の引き出しから小さな鍵付きの箱を取り出した
再びこれを使う日が来るとは
鍵を指先で破壊しふたを開ける
中には義眼がひとつ
あらゆるものを拒むような漆黒の珠
左目に指を差し入れ眼球だったものを抜き出す
眼孔から伸びる線が繋がれたそれを優しくひと撫でし
接続された線を丁寧に外す
左目の視界が消えた
代わりに闇色の眼球を繋げば見えてはいけないものが視界に現れる
三十年前
特殊兵器開発のモルモットにされた私が得た
妖の目
眼前には百鬼夜行の群れ
懐かしい顔ぶれに思わず頬が緩む
さぁ彼女を迎えに行かねば
寄る辺ない彼女がこの後どうなるのか
特殊兵器少年として
子もなせなかった私の娘に
いや
孫だな
さぁ迎えに行こうではないか