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藤田シオン:俺が死んだ日

 夏芽は簡単に、茜に聞けばいいと言ったけれど、それだけのことにこんなに勇気がいるなんて知らなかった。


「シオン、明日誕生日だよ」

「ああ、うん」


 茜の部屋で勉強を教わっていると、ローテーブルをはさんで向かいに座っていた茜が、唐突にそう言った。

 今日も今日とて、アンナが俺に勉強をさせようとするから逃げてきたのだ。といっても俺は俺なりに受験が近づいて不安があるから、茜に助けてもらうことにした。茜はアンナみたいに怖くないからいい。

 それに、好きな人がいるかついでに聞ければいいとも思っていた。でもなかなか言い出す気になれない。恋愛の話って茜としたことないし緊張する。おかげでさっきから勉強も、何も頭に入ってこない。

 そんな俺の気持ちもつゆ知らず、茜はにこにこと話を続けた。


「ほしいもの決めてくれた?」

「いやー……肉?」

「だからそれは聞いたってば。明日の夜、焼肉パーティーでしょ。結局シオンたちのお母さんが準備してくれるっていうから、私たちは招待されるだけになっちゃった」

「ケーキは茜んとこが持ってきてくれるって聞いたけど?」

「うん。うちのお母さん手作りのだよ。それで、個人的にほしいものはないの? 何もないなら一応勝手に選んだもの用意したから……」

「じゃあそれを楽しみにしてる」


 何が欲しいかとか、結局何も思いつかなかった。ただ、せっかくだから何か言ったほうがよかったかなとも思う。

 目の前に座る茜をじっと見ると、不思議そうに見つめ返された。


「やっぱさ、ほしいものっていうか教えてほしいことがあるんだけど」

「え? ……何?」

「好きな人いる?」


 茜の表情が一瞬、中途半端な笑顔で固まる。俺はその一瞬のあいだに心臓がばくばくしていた。

 

彼女は大したことではないように、笑って答えた。


「……いないよ」

「あ……そう」


 なーんだ、緊張しただけ損じゃん。俺は脱力して床に仰向けに倒れた。目の前に天井が広がる。


「どうしたの急に。そんなの誕生日じゃなくても答えるけど」

「や、別に。こないだ男子と仲良さそーに喋ってるのを見かけたから。茜と同じ美化委員とかいう……」

「あー、仲はいいけど別に好きじゃないよ。友だち」


 ほがらかにそう答える茜の柔らかい声音が心地よい。そっかそっかと返事をしながらあくびをすると、寝転んだ俺のすぐ横に茜がしゃがみこむ気配がした。


「シオンはどうなの? 今めずらしく彼女いないよね」

「うーん。一個上の先輩と付き合ってたからさあ、高校でもっといい人見つけたみたいであっさり振られたわあ」

「ふふ。かわいそう」

「絶対かわいそうって思ってないだろ、その笑い方は」


 手を伸ばすと茜が俺の手をつかんで引っ張ってくれた。起き上がると思ったよりもすぐ近くに彼女の顔があって、少し戸惑う。

 癖のない黒髪からシャンプーのにおいがした。

 もしこのままキスしたら、茜は怒るだろうか。どっちかというと泣き出しそうだ。やめておこう。

 こうして茜と接しているとときどき、壊れ物を扱っているような気分になる。だから俺はこの子に強引なことも乱暴なこともできないし、兄みたいなポジションのままなのだ。

 正直、俺が多少なりとも恋愛的な好意を持っていると知られただけでも距離を取られそうで怖い。

 ふいっと立ち上がって俺から離れる茜を見上げながら、今の会話で気づかれなかっただろうかと今さら不安になる。

 けれど茜の態度は特に変わらなかった。元いたテーブルの前に座り直すと、彼女は夢見るように微笑んだ。


「高校で恋愛かー。大人って感じ。シオンが振られちゃったのはどんまいだけど、高校生活楽しみだなあ。今の制服、ブレザーでしょ? 私セーラー服が憧れだったんだ」

「茜の志望校、女子はセーラーだもんな。受かるといいよな。俺は今学ランだけど高校はブレザー。ネクタイ綺麗に結べるか不安なんだけど」

「たぶん慣れたらなんとかなるよ。でも、シオンと学校離れるのちょっと寂しいな」

「今だって学校ではそんなに話さないけど家で一緒にいるじゃん。そんなに変わんないって。こうしてお前の部屋に居座ってやるよー」


 本当に、学校が離れたら疎遠になるなんて考えてもいない。茜だけじゃなくて他のやつらとも。

 嫌がってもそばにいたいくらいだ。古い友人と、高校で新しく出会うであろう友人。みんな両手に抱えて大事にしたい。早く受験を終えて高校生になりたい。わくわくする。



*



「こんな日に居残りってついてないよな」


 自転車のペダルを漕ぎながら、光志郎が大きくため息をついた。本当に。同意してうなずく。今日は光志郎が漕いで俺が荷台に乗っての二人乗りだ。


「いくら問題解かされても、わかんないもんはわかんないよ」

「それな。でもシオンはアンナと双子なんだし、本気だしたらめっちゃ勉強できそう」

「できねえよ。ちっさい頃から藤田家の中で、俺だけなんでかわかんないけどバカだったもん」


 冬休み明けに学校で実施された模試で散々な結果だった生徒は、放課後に集められて補習を受けさせられる。俺も光志郎も呼ばれてしまったから、仕方なく下校時刻まで延々と勉強していたのだ。

 しかも帰ろうと思ったらいつもつるんでいるグループの友人の一人が勝手に俺の自転車を借りてどこかに行ってしまったらしく、駐輪場には光志郎のカマキリみたいに改造した自転車しか残っていなかった。

 あいつら自由に人の乗り物を使いやがって。光志郎がいなかったら歩いて帰るはめになるところだった。本当にとんだ誕生日だ。


「でも帰ったら焼肉だね。やっほう」


 俺の誕生日パーティーのはずなのに、光志郎のほうが肉に喜んでいる。

 苦笑しながら俺は口を開いた。


「コウの十六歳の誕生日も肉にする?」

「いーね! てか来年の今頃何してっかなあ。俺、高校生になったらバイトしたいんだー」

「あっ、俺も俺も。飲食店……ファミレスとかがいいなあ」

「なんでっ?」

「ハンバーグやステーキのにおいをかぎながら働けるから」

「結局肉かよ」


 じゃあ俺も一緒にファミレスかな、と光志郎は言った。

 彼は幼なじみたちの中では特に、何かと俺と行動を共にしたがる。

 小学生の頃は俺が通い始めたスイミングスクールに自分もと言って遅れて通い始めたし(ちなみに夏芽も巻き込まれて一緒に通い、すぐに辞めていた)、中学に入学した直後、俺がバスケ部に入部すると一緒に入部し、不良っぽい友人たちと付き合うようになったときも、部活をさぼるようになって退部するときも一緒だった。

 うっとうしいとは思わない。いつもそばにいてくれるのは、よき相棒もしくは親友って感じで安心する。

 弟みたいな夏芽とはまた違った感覚で、光志郎も大事な男友達だ。

 夏芽も光志郎も、俺にとってはなんでも話せる相手。本当に、なんでも。


「なあ、コウー」

「なに?」


 光志郎は前を向いて自転車を漕いだまま、返事をした。田舎臭い田んぼ道を抜けて、少し交通量の多い国道に出る。ときどき行くコンビニの横を通り過ぎる。


「俺、昨日さ……」


 茜にキスしそうになったんだ。したいと思っちゃったんだ。

 俺と茜の関係が変わってしまったら、俺たちはどうなるかな。幼なじみ6人の距離感まで変わってしまったり、しないかな。


「……」


 だめだな。やっぱりどんなに大事な友だちでも、話すのに躊躇することもあるみたいだ。


「……シオン?」


 言いかけて黙り込んだ俺をいぶかしんで、光志郎が振り向いた。

 目が合った瞬間、視界の端に何かが映りこんだ。

 その何かは、信号。冬の曇り空の下でぎらぎらと不気味に輝く、赤。

 横を見ると、耳障りなクラクションを鳴らす自動車が迫っていた。車のライトが信号無視をして飛び出した俺と光志郎と、俺たちが乗る自転車を照らす。まぶしい。目の前も頭の中も真っ白だ。

 次の瞬間、感じたことのない衝撃が俺の体を跳ね飛ばした。






 十五歳の誕生日。

 俺、藤田シオンは交通事故に遭って、死んだ。

フラグみたいなシチュエーションですが、この作品は転生ものではないです…まぎらわしくてすみません(汗)

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