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木崎桜子:スイーツ9個分の協力、プリン1個分の想い

「本気であきらめさせるために、こっちも本気でいこう」


 窓越しの会話をやめて私が2人の部屋に行って合流し、数分。

 肩の荷が下りて気が楽になったらしいアンナは、責任がないのをいいことに私とシオンに向かってそう宣言し、勝手に計画を立て始めた。


「ほ、本気ってなんだよ……」

「こりゃあ女の子として勝負にならん、負けた! って思わせるレベルの完璧な彼女を連れて行くのよ」

「じゃあ私じゃ無理じゃん。誰連れてくの」

「いやいや、桜子で大丈夫よ」


 怖じ気づいている私の手を強引に握ったアンナはとんでもないことを言い出す。


「桜子はもともと美人だからそれだけでもマウント取れるだろうけど、そこに頭良さそうな雰囲気と金持ちそうな雰囲気を追加しよう」

「雰囲気」

「そう。この3つがそろえばハイスペックお嬢様と言っても過言ではない。まずは見た目からだよね。よーしやったるぞー」

「お嬢様!? 無理ですけど!?」


 首を横に激しく振っても取り合ってもらえず、シオンに助けを求める目を向けても顔をそらされてしまう。この双子、許せない。

 とかなんとか思いつつ、結局アンナの言う通りに計画に乗ることになった。

 出来上がったのは、ひざ丈のワンピースにミュールを合わせ、長い髪をにしっかりとストレートにした、清楚系ファッションの女の子だった。

 メイクはダンスパフォーマンス用の濃いメイクしか知らない私ともともと化粧っけがないアンナではどうにもならなかったから、ファッションのアドバイスも含めて私のお姉ちゃんに頼った。

 いい感じにナチュラルメイクを施してもらい、アンナが言う「ハイスペックお嬢様」は見た目だけとはいえ完成した。


「なんか作りこみ過ぎて逆に怪しくね? 俺、こんなのと付き合ってるように見える?」

「こんなのとはなんじゃい」


 いつも通りなTシャツ姿のシオンの脇腹を肘で強めに小突いてやる。まあ、確かに私もちょっと思ってた。

 けれど、アンナは胸を張って大丈夫と言い切った。


「お嬢様と不良の恋愛は少女マンガの古典だからイケる」

「マンガじゃねえんだそ、ここは現実」

「うるさい。ま、冗談はおいといて、普通にしてりゃあ案外それっぽく見えるもんよ。あんたら普段から仲は良いから、その調子で」


 アンナに強引に送り出されて私たちは家の最寄り駅まで歩き始めた。

 なんでも相手の女の子がこっちの駅まで電車に乗って私の顔を見に来るらしい。隣駅に住む子だから近いとはいえご苦労なことだ。


「こんなん無理だわ。ただのお嬢と使いっぱしりじゃん俺ら」

「パシリ……っ」


 あまりにも的を得た言い方につい笑ってしまう。

 そうこうしているうちに、駅に電車が来た。


「あ……」


 電車を降りて改札を通る人たちを眺めていたシオンが小さく声をあげる。

 視線を追うと、私よりも少し背が低い女子がこちらに向かってくるところだった。


「あの子」

「うん」


 不安そうなシオンとは逆に、私はだんだんと肝が据わってきた。

 どうせなら完全に清楚キャラになってしまおう。私はお嬢様だし、本気でシオンが好きだし、彼の彼女だ。

 それくらい自分でも思い込んでおけばボロも出ないだろうし、相手も信じてくれるかも? というなけなしの期待をこめて。

 これが終わればシオンの金で食うコンビニスイーツが待っている。

 頭の中にシュークリームやカップ型の洋菓子を思い浮かべながら私は気合を入れた。

 桜子という自我をいったん忘れ、アンナが勝手に作り上げた「ハイスペックお嬢様」を身体の中に入れる。今までに経験のない感覚だけど、それは意外と心地よい。

 やって来た相手の女の子と目が合う。向こうが一瞬、敵意とともにひるんだ表情を見せたが、こっちには関係ない。


「こんにちは。初めまして」


 私は自分史上最高級に丁寧な微笑みとお辞儀を彼女に向かって見せつけた。




 結果。彼女は二言三言シオンや私と言葉を交わしてそのまま帰っていった。

 追い返しは成功……だったのだろうか。


「なんか、さっくーにビビって帰ってったって感じだったな」

「そんな怖かった? 私」


 駅前のコンビニを出て、家までの道をぶらぶらと歩きながら、シオンが困ったように首を傾げる。

 その手には私が厳選したスイーツ10個が入った袋が握られていた。家まで持ってくれるらしい、ラッキー。


「怖いっつーか、アンナの作戦通り? あいつが来た瞬間お前、急に見た目だけじゃなくて中身までお嬢になった気がして。喋り方とか。さっくーじゃないみたいだった」

「私も私じゃないみたいだったけど」

「なんだそれ。女優になれんじゃね? よく知ってるはずの俺ですら誰だよってちょっと思ったくらいだし」

「あはは」


 私は、私だ。誰でもない。だけど、私に少しの時間だけ別のキャラを上書きすることってできるんだな。そんな発見の日だった。

 一瞬、私たちのあいだに沈黙が落ちる。

 季節は夏。住宅街へ入る路地を曲がると、セミの鳴き声が強くなった気がした。


「あのさあ、シオン」

「んー?」

「シオンって、5月頃に前の彼女と別れたじゃん」


 シオンがちらりと私に視線を向ける。私たちの歩く速度が落ちたりすることはない。


「まあな。ふられたし」

「そのあと、誰に言い寄られても全部断ってるでしょ」

「なんでそんなの知ってんの」

「風のうわさ」


 学校で様子を見ていれば彼の変化はなんとなくわかる。

 中学に入ってから妙に人気者で恋人の存在も途絶えることのなかったシオン。それが最近はどんな女子が近づいても一定の距離を保って近づくことを拒んでいる。


「茜でしょ」


 シオンの歩幅が小さくなる。私は彼に合わせてゆっくりと歩く。


「ふらふらしないって決めたんでしょ」

「……」


 多分、図星。はいともいいえとも答えずに無視を決め込むあたり、こいつも頑固だなと思う。

 どうせ幼なじみ間で恋愛とかしたくないとか考えているのだろう。関係性を気にしすぎる人だから。

 私はこっそりとため息をつく。


「私が今回協力したの、シオンを信じてるからだよ。その気があるならちゃんと大事にしなよね」


 他の女の子なんか振り払って、茜だけを見ていてあげて。私たちの関係を壊したくないなら、誠実でいて。

 そうすれば、私たちは幼なじみの6人でいれらるはず。

 シオンの頭がわずかに縦に揺れたように見えた。今はそれでいいか。

 私は彼の手からコンビニの袋を取った。


「報酬ありがとね。プリン1個だけあげるよ」



※ ※ ※



 実際、それからのシオンは誠実だったと思う。

 そもそも本人が茜へのアプローチを躊躇していうようなところがあったから2人の仲は大して進展しなかった。茜もシオンへの気持ちに気づいていないような節があったし。

 でもとにかく、彼女を作ったりとかそういう浮気なことを彼は一切しなかった。死ぬまで。

 だからあのとき彼女のふりをして協力したのは、間違っていなかったと思う。信じた私は正しかった。

 ただ、あれをきっかけにシオンが私を女優にしようと思いついたのだとしたら、それは想定外だけれど。


「さく姉、何それー」


 家のリビングで台本を読んでいると、妹のかすみが後ろからのぞき込んできた。


「え、うっそ! 朝ドラ!?」


 ドラマのタイトルを見たかすみが耳元で叫ぶ。うるさい。


「なになになに、主役? ヒロイン?」

「なわけないでしょ。とっくにヒロインの女優さん発表されてるじゃん。脇役よ脇役」

「さくはヒロインのオーディション落ちちゃったのよねー」


 お母さんがテーブルの向かい側に座りながら話題に入ってきた。その通りだから私はうなずく。


「まあ、受かってたらロケだらけで家に帰れないと思うし、別に良かったかなって」

「そんな弱気なこと言ってちゃダメよ! 次こそ頑張って!」

「そうだよー。まあ、どんな役でもさく姉をテレビで見られるのはすごいことだけど」


 誇らしげにそう言うかすみがちょっと可愛くて、頭をわしゃわしゃと撫でる。

 私よりも少し幼い顔がへにゃっと緩んだ。


「そういえばさく、あんたの部屋のことなんだけど」


 思い出したようにお母さんが話題を変えた。


「部屋?」

「春に引っ越すでしょ? そしたらあの部屋、半分くらい物置にさせてもらえないかな。一応ベッドや机の配置は動かさないし、空いてるスペースを使わせてもらえたらいいだけなんだけど」

「……ああ、いいよ」


 冷たい氷を飲み込んでしまったような気分になる。

 お母さんの中でも私は4月から東京に行くことになっている。何も話し合っていないのに当たり前のように。

 私は軽い口調を意識して口を開いた。


「お姉ちゃんは結婚して出てったし、春から私まで東京行っちゃって大丈夫?」


 うちは母子家庭の3姉妹だ。長女と次女がいなくなると、一軒家にお母さんとかすみの2人だけになってしまう。

 お母さんとかすみが顔を見合わせる。期待でほんの少し胸が高鳴る。


「大丈夫。向こうで活躍してくれるの楽しみにしてるわあ」

「そうだねー。あたしの自慢のお姉ちゃんだし、もっと有名になってほしい」

「あ、そう」


 高鳴っていた胸の鼓動はずどんと落ちて、終わった。


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