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木崎桜子:オーディションとその後

今回から桜子視点の話です。

 身に覚えのないオーディション通過通知は、アンナからある日突然手渡された。高校1年のゴールデンウィークの時期だった。

 高校で念願のダンス部に入部した私は先輩やコーチにしごかれてへとへとで、その日も丸一日練習した汗臭い体で帰宅した直後にアンナが訪ねて来たのだ。


「シオンが自分のを応募するのと一緒に、桜子の分も推薦形式で勝手に送ってたみたいで……。昨日、急に結果が送られてきたの」


 受け取って中身を確認してみると、大手芸能事務所の若手俳優オーディションの書類審査を通過した、という内容だった。面接審査のスケジュールについても詳細が載っている。

 見覚えのあるオーディション名に、数か月前の記憶が蘇る。

 シオンが亡くなる数日前。彼とアンナと夏芽の4人で開いた夜の勉強会。

 あの日、私が何気なくスマホで見ていたネットニュースがこのオーディションの情報だった。


「シオンが私に、出てみれば? って言ったんだよね、これ……。応募しようとか全然そんな気がなかったんだけど」

「ごめんねシオンが。誰にも言わずに黙って応募したみたいで、私もうちの親もびっくりしてて。2人とも書類、通ってたんだね」


 そう言って彼女が見せてくれたシオン本人宛の通知にも、通過の文字が印字されていた。

 これを送ってきた事務所のスタッフは、藤田シオンという応募者が当たり前に今も生きていると思っているのだろう。

 そりゃそうだ。まさか亡くなっているなんて想像もしないはず。そう思うとなんだか泣きたい気分になった。


「桜子が自分で応募したわけじゃないし、面接に行くか欠席するかは桜子が決めて」

「シオンのほうは? どうするの?」

「本人がいないのに参加できるわけないでしょ? お父さんが連絡して断ったよ」

「そう……だよね」


 わかりきった質問をしてしまうほど、動揺しているみたいだ。

 突然手元にやって来た、思いがけけない書類に目を落とす。

 役者発掘のオーディションだ。演技なんかやったことがない。面接に行っても恥をかくだけかもしれない。しかも部活だって忙しいし。

 私の不安を感じ取ったのか、アンナは少しだけ微笑んで口を開いた。


「たぶんシオンは、桜子なら合格するって本気で思ってたんじゃないかな。そうじゃないとこんなこと冗談で黙ってしないと思う。自分も応募したのはついでなのか何なのか、わからないけど」

「……私じゃなくてシオンがやればいいじゃんって言ったら、じゃあ2人で申し込むぞーって騒いでたからね、あいつ」


 道連れだとか騒ぎながらその場で私のスマホから応募しようとし始めたから、慌ててスマホを取り返した記憶がある。

 まさか本当に応募するとは思っていなかったけれど、案外律儀に「2人」でという部分を守っていたことにびっくりした。変なところで誠実さを残して逝かないでほしい。


「……せっかくだから、2次審査も受けてみる」


 ここでやめたら、残念そうに眉を下げるシオンの顔が想像できる。

 望んでいたものではないけれど、シオンが残してくれた珍しい経験への機会だ。無駄にするのももったいない気がする。


 「そっか、頑張って」


 短くそう言うアンナの手にある、もう一つの封筒にふと目が留まった。


「アンナ、シオンの通知も、もらえないかな……?」

「これ? 必要ないからいいけど……」

「ありがとう。お守りにして、一緒に面接行ってくるよ」


 本当なら彼も2次面接を受けるはずだった。紙だけでもいいから私が連れて行く。

 アンナは微笑みながら、そっと封筒を私の手に乗せてくれた。


「ありがと、桜子」



 それから私は2次審査を通過し、3次審査で落ちた。

 まあ自分にはダンス部の活動もあって忙しいしこれで良かったんだ、と思いながら、ネットで発表される最終審査の様子を見た。

 それから、シオンならどこまで残っただろうと考えた。

 3次審査も通過しただろうか。最終審査はどうかな。意外と最後まで残ってたりして。

 そんな想像をしているうちに、読者モデル経験者だという専門学校生の男の人が優勝して、事務所との契約とウェブドラマの主演を確約された。

 その場所にシオンが立っている可能性はあっただろうか。相変わらずそんなことを考えながらいつも通りの学校生活を送っていたとき、唐突に事務所から連絡が来た。

 落ちてしまったものの、2次審査でスタッフの目に留まったから、うちに所属してタレントデビューを目指さないか、と。


 結局、私は部活を優先することを条件に、事務所に所属してレッスン生になった。週に1日ほど東京に通ってレッスンを受けたり仕事のオーディションを受けたりして、高2の春に連続ドラマの端役でデビューした。

 その後も他のドラマやCM、映画などに小さな役で出演した。

 高3の冬になった今、売れっ子にはほど遠いものの「脇役でときどき見かける子」といったポジションで業界関係者やファンには名前を覚えてもらいつつある。



※ ※ ※



「あははっ、びっしょびしょ」

「ど、どうしてこんなことするの……?」

「部長に気に入られてるだけで調子乗ってるから。本当だったら次の主役は先輩だったんだよ? 1年のくせに何様って感じ」


 放課後、校舎を出る前にトイレに寄ると、とんでもないシーンに出くわしてしまった。

 クラスメイトの女子が、他のクラスの女子たちに囲まれて頭から水をかけられていた。

 要するに、いじめだ。

 彼女はうちのクラスでは、お喋りだしまあまあみんなに好かれている明るいタイプの子だ。ただ、最近は所属している演劇部で揉め事があったらしく、部員との人間関係は悪化しているらしい。

 なんでも、部活内で公演の主役に急に抜擢されて、賛否両論なんだとか。まあ、部外者の私には関係ないんだけど。

 でも、見てしまった以上はこのまま帰るのも気分が悪い。それにトイレ行きたいし。

 少し考えた私は、カバンの中に入っていた飲みかけのペットボトル飲料を手に持ち、そっと彼女たちに近づいた。


「何やってんのー? あたしもその遊び、混ぜてよ」


 いじめのリーダー格っぽい女子の背後からそう声をかけて、彼女の頭の上で蓋を開けた状態のペットボトルを逆さにする。

 とぽとぽと流れる水分に濡らされていく彼女を、私以外のその場にいた子たちが驚愕の表情で見つめる。



「はい、カットー。OKです」


 背後から声がかかった瞬間、その場の緊迫した空気がパッと緩む。

 私は小さく息を吐き出しながら、ペットボトルを持っていた手を下げた。

 撮影と撮影の合間のざわめきが戻ってくる中、身にまとっていた役の人格がすっと抜けていく。

 木崎桜子に戻ると水をぶっかけてしまったことが悪いような気がしてきて、彼女の濡れた髪にスタッフから受け取ったタオルを当てた。


「思いっきりやっちゃってすみません」


 服をしぼっていた共演者のその子は、申し訳なさそうに頭をぺこりと下げる。


「あ、ありがとうございます。そんな、気を遣わないでください……大丈夫なので」


 ちょっと困ったような顔で言われたから、全身用の大きなバスタオルを持ってきたスタッフさんと交代して、私はその場から離れた。

 廊下に出ると、学校に似つかわしくないカメラや、せわしなく動く大人たちが目に入る。

 マネージャーの高橋さんの姿を見つけて駆け寄ると、困ったように笑われた。


「そんな不安そうにこっちに来なくても。撮影中は上手くやってるんだから、みんな木崎さんを取って食ったりしないわよ。まだ慣れないの?」

「慣れないとか、そんなんじゃないですけど……」


 口ごもると、髪型がくずれない程度に優しく頭に手を乗せられた。こういう仕草、お姉ちゃんみたいだなと思う。実の姉と年齢も近いし、だから私も甘えてしまうのかもしれない。


「ほら、VTRチェック早く行ってきて」

「はあい」


 私はしぶしぶ今のシーンを見返すためにモニターのほうへ向かう。

 仕事をするようになってから気づいたことだけど、私はけっこう人見知りだ。

 演技は問題なくこなせるけれど、それ以外の場所で共演者やスタッフと一緒にいると、愛想よくしなきゃとか色々考えてしまって緊張する。

 モニターを見ている主演の女優さんの隣に立ち、さっきの演技を確認する。

 今撮影しているのは、高校の演劇部に所属する主人公が才能を見出されて演劇の世界で有名になっていく、という内容のドラマだ。

 仕事を受ける前はキラキラ青春ストーリーかなあ、と思っていたら、意外と嫉妬や嫌がらせのシーンも多くて予想外にどろどろしている話だった。現に今のシーンは主人公が演劇部のメンバーに水をかけられるところだ。


 そんな中で私は、主人公のクラスメイトの役としてキャスティングされている。

 一匹オオカミで学校もサボりがちな、クラスで浮いているギャル。演劇部員ではないけれど、ちょくちょく主人公を助ける役回りとして登場する、わりと大事な存在。

 モニターの中の木崎桜子は、周囲にどう思われるかなんてお構いなしに、淡々と水をぶっかけている。

 見た目は私だけど、私じゃありえない行動を取る彼女の姿を、私はじっと見つめる。


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