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芦原光志郎:アンナへのプレゼント

 高校生になってから始めたファミレスのアルバイトは、気がつけば一年以上続けていて、俺も学生バイトの中ではそこそこの古株になっている。


「先輩、すみませんちょっと……」


 同じバイトの後輩の女の子に呼ばれて向かうと、何か打ち間違いをしてしまったみたいで会計用のそのレジは、ピーと耳障りな音を鳴らしていた。

 後輩と場所を替わってもらって入力ミスの修正と、お客さんの清算を手早くすませる。そのままお客さんを見送って一段落つくと、ほっとした様子でお礼を言われた。


「ありがとうございました。すみません……間違えてこっちのボタン、押しちゃいました」

「大丈夫。失敗するとすげえ音出るしびっくりするよな」


 自分も最初は結構ミスをした。まあ俺の場合はただ慣れていなかっただけじゃなくて、勉強をしてこなかったことも原因だった。

 ホール担当のときはたまに読めない漢字のメニューがあったり、数字を見るだけで眠くなるような中学生活を送ってきたおかげでレジに立つと打ち間違いを多発したり。

 今はそういうこともなくなった。友だちがいないと学校でも黙々と授業を受けるしかすることがない。

 そんなちょっと悲しい理由ではあるが、俺の勉強アレルギーは改善された。

 比較的人が少ない休日の午前中。昼近くになると混むだろうけれど、まだ店内は空いている。

 ひとまず待機状態になった俺と後輩のレジ担当2人組は、レジ会計エリアにぼんやりと立っているしかない。


「開店直後だし、伝票整理とかの作業もしなくていいし、暇ですねー」

「そうだな」

「あたし今日、午前上がりで午後から部活なんですよ。先輩は何時上がりですか?」


 この店舗の最寄の高校に通う一年生だというその後輩に尋ねられる。

 仲良くもない高校の知り合いに遭遇するのも面倒だと思った俺は、どちらかというと自宅寄りの場所に位置するこの店で働くことを選んだ。

 地元の誰かに会うのも高校の人間よりはマシとはいえどできれば避けたくて、他所の中学の学区にした。中学時代と比べて明らかに陰キャになっている俺と会っても、地元の同級生も戸惑うだろうし、顔を合わせたくない。

 だけどいくら根暗になったといっても、バイトはお金をもらっている仕事だから笑顔でお客さんと話すし、職場の人とも最低限のコミュニケーションは取る。

 ここでの俺は、それなりにそつなく仕事をして、それなりに職場の人間関係にも溶け込んでいた。こうして後輩が屈託なく話しかけてくれる程度には。


「俺はー、十四時だったはず。部活何やってるの?」

「バドミントンです。先輩は部活何かやってます?」

「何も。今日も家帰ってごろごろするだけの予定。ゲームでもしようかねえ」

「言われてみれば先輩、インドアっぽいですもんね。何のゲームするんですかー?」


 インドアか。きっとこの子には、俺は口数の少ない物静かな人間に見えているのだろう。自分でもかなり性格が変わった気がする。

 昔はとにかく騒いでうるさく過ごしていたような。それはそれで楽しかったけれど、なんだか無理をしていたような気もする。

 そのまま注意されない程度の小声で雑談を続けていると、ふいに入り口の自動ドアが開いた。


「いらっしゃい……ませ……」


 入ってきたお客さんの顔を見て、つい挨拶が止まってしまう。

 女子高生らしき女の子数人のグループであるその客の中に、アンナがいた。

 目が合ってしまい、相手も気まずそうな表情で固まっている。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」


 俺の微妙な様子に気づくことなく後輩が接客に動いて、彼女たちをテーブルに案内しようとした。

 おかげで俺たちのあいだの変な空気はすぐに流れ、アンナは俺から目をそらして店内の奥へ案内されて行ってしまった。

 家に比較的近いから、知り合いにまったく会わないわけではない。でもよりによって特に会いたくない人物が来てしまうとは。

 後で会計するのも気が重いけど、しょうがない……。俺は一人になったレジエリアで小さくため息をついた。


 中学三年の三月に「もう来ないでくれ」と言われて以来、本当に俺はアンナと会わないようにしてきた。たまに地元の駅で姿を見かけても、そっと逃げるように離れて。

 向こうも俺の顔なんか見たくないだろうし、俺だってどんな顔で彼女の前に姿をさらせばいいのかわからないから。

 ずっと、なるべく接触しないように気をつけていたのにな。唯一の例外は、昨年のアンナの誕生日だけだ。ずっと続いていた藤田家の誕生日パーティーはとうとう昨年、開かれなかった。開かれていても俺は招待されなかっただろうけど。

 もしかしたら迷惑かもしれないと思いながら、俺はアンナへのプレゼントを彼女の家のポストに入れた。受け取ってくれたかはわからない。

 でも、ずっと祝ってきたのに急に何もしなくなるのが、なんだか居心地が悪かったのだ。自己満足と思われてもいいから何かを贈りたかった。


「そういえば、また誕生日の時期か……」


 小さく独り言をもらしたところで、後輩がこちらに戻って来る。まだバイト中だ。俺は気を引き締めて背筋を伸ばす。

 ここからアンナがいるテーブルは見えない。けれどさっき一瞬目にした彼女は、最後に見た十五歳のときよりも少し大人っぽくなっていたような感じがした。



 昨年、ポストに入れただけのアンナへのプレゼントは受け取ってもらえたかどうかはわからない。それでも俺は、今年も同じようにポストにそれを入れておくつもりでいる。

 アンナと鉢合わせした日の翌週。日曜日である今日もシフトが入っていた俺は、夕方までの勤務を終えてからファミレスの数件先にある花屋を訪れた。……のだが。


「いらっしゃいまー……えええ!? 透明人間の芦原じゃん!」


 店の奥から出てきた店員が俺を姿を見て失礼にも指を差してきた。

 日吉那由多。なぜお前が店のエプロンをつけてここにいる。

 驚いていると、彼の背後から顔見知りである店長の女の人が顔を出した。


「なになに? あなたたち知り合いだったの? 光志郎くん、準備して待ってたよ」

「はあ? 同じ高校のヤツだけど……母さんこそなんで芦原と知り合いなわけ? てか準備ってなに?」


 俺と店長をきょろきょろと見る那由多を無視して、俺は「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 母さんということは、こいつは店長の息子か。遭遇してしまうなんて、タイミングが悪いときに来てしまった。

 そんな俺の気も知らず、店長はにこにこと俺たちに歩み寄ってきた。


「光志郎くんはお客さんだから失礼のないようにね。今から押し花の栞作りをお手伝いするの。何日か前にもお花選びで来てくれたのよね。去年と同じパンジーと、今年はクリスマスローズも。良さそうなサイズの見繕っておいたよ」

「あざす」

「向こうの作業台使おうか。なゆくんもお客さんいないし一緒にやる?」

「人前でその呼び方やめて?」


 那由多が不満そうに母親に向かって鼻を鳴らした。

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