藤田シオン:十五歳の誕生日
「シオン。誕生日、何がほしい?」
冷たい風を顔に感じながらチャリを漕いでいたら、茜が後ろから叫ぶように俺に問いかけた。
振り向くと、「危ないから前見て」と注意される。
腰に回された彼女の手の拘束がきつくなったから、本気で事故るかもと思っているみたいだ。素直に言うことを聞いて前を向いた。
茜の自転車が故障したのは今朝のことらしい。歩いて登校するとか言ってるから、俺のに乗っていくことを提案した。二キロもある通学路を徒歩登校なんかしたら、確実に遅刻だ。
俺は遅刻くらいどうってことないけど、茜はそういうのをめちゃくちゃ気にする。
最初は二人乗りに慣れてないし危ないからどうのこうのと躊躇していたものの、「遅刻すっぞ」と言うと観念して二人乗りに了承した。
「でさー、何がいい?」
ペダルをこぎながら考える。俺の十五歳の誕生日は来月。一月二十日だ。
当日は俺と俺の双子の姉であるアンナを幼なじみたちが祝ってくれるつもりらしい。茜だけでなくすでに何人かから同じ質問を受けていた。めんどくせえ。
「肉食いたーい」
他のやつらに訊かれたときと同じ答えをすると、えーっと不機嫌そうな反応をされた。
「それ、夏芽やさくちゃんにも言ったでしょ。もう聞いたよ。他には?」
「ほかぁー? そんな思いつかねえよ」
何せ、ファミリー層が多い新興住宅地育ちの俺には幼なじみが多すぎる。茜を含めて4人いるのだ。
茜、夏芽、光志郎、桜子。
近所に住んでいる同い年だったその四人と俺、アンナの六人は、幼稚園や保育園に通っていた時期からの幼なじみだ。なんだかんだで今も全員で集まることが多い。
それぞれに欲しいものを訊かれてもそんなにたくさん思いつかない。
「じゃあ欲しいもの、思いついたら教えてね」
「おー。してほしいこととかやりたいことでもいいわけ」
「まあ、できることならいいけど」
「おっけ、おっけ。安心しろ、茜にバンジージャンプしてほしいとか、そんな無茶なことは言わないから」
「それは無理! 高いところは無理です!」
慌てたように小さく叫ぶ茜の反応に満足して、俺は小さく笑った。こっちだって別にそんなことに挑戦してほしいわけじゃない。何を頼めばいいだろうか。どうすっかなー。
なんて思っているうちに、あっという間に学校についた。
「ありがとう」
「おー。帰りも送ってやるから呼べよー」
「いい、大丈夫。部活あるし遅くなるから、お母さんに迎えに来てもらう」
「そー? わかった」
茜は手を振って校舎へ歩いていった。彼女が俺に背を向けた一瞬、一緒に行こうかと後を追いかけそうになったが、やめておく。
学校の敷地内にいるとき、俺と茜のあいだにはなんとなく薄い壁ができる。それを無理にぶち壊すと、すごく疲れるのだ。
俺たち二人の関係をわかってくれる人はとても少ない。はたから見たら不良がおとなしい女の子にちょっかいをかけているように見えるらしく、廊下で茜と立ち話しているだけで先生に注意されたこともある。
「シオンー、おっはよー」
幼なじみのうちの一人である光志郎が、ハンドルを捻じ曲げてカマキリ型に改造した自転車を立ち乗りして、俺のところに突っ込んでくる。後ろには、サドルに男子一人と荷台に女子一人、いつも俺たちとつるんでいるメンバーがいた。
「コウおはよ。チャリ三人乗りかよ、やっば」
「さすがに重くて足ぱんぱんだわー」
光志郎は子犬のような丸い瞳をきゅっと細めて笑った。彼の雑に染めた茶髪が風になびく。
俺は髪は染めていないけど、学ランの下に校則違反のパーカーを着込んでいる。光志郎と一緒にやって来た二人も、ピアスをしていたり制服をだらしなく着崩していたり。
通学してきた生徒たちは、浮いた見た目の俺たちを避けるように通り過ぎて校舎に向かっていく。
でもそんなの、どうでもいい。あいつらのほうがルールを守って窮屈そうで気の毒だ。俺たちは自由。
それに茜をはじめとした幼なじみたちは俺のことを避けたりしないから、ひとりじゃない。光志郎に至っては今も一緒にいてくれているし。
「今日さー、学校終わったらカラオケ行かん?」
「いいよ。てか午後から行こうや」
「光志郎、お前授業さぼんの? 俺ら受験生だしさすがにまずくね? 出席日数が少なすぎると高校落ちるって」
「大丈夫だろ。俺らみんな同じ高校っしょ? 名前書けば余裕で受かるっていうあの学校」
「県内一のバカ高な」
「じゃあ万が一落ちたら言い出しっぺの光志郎のせいだから」
「は? やめて?」
どうでもいいつまんない話題で、俺たちは大声をあげて笑った。
一瞬、頭の片隅に茜の顔が浮かんだけれど、すぐに消えた。向こうも今頃は教室で仲の良いクラスメイトとお喋りでもしているだろう。俺のことなんか忘れて。




