第6話 世紀末防止隊隊長の優斗
まさか隣の部屋からあのラグ子が出てくるとはな。
俺は驚いた。
「え? なんでお前がここに?」
「……」
やはり喋り出すまでラグのあるラグ子。
その数秒後、一言だけ喋った。
「ここ、私の部屋」
更に衝撃的な事実が。
隣の部屋からラグ子が出てくるのは非常に驚いたが、それよりも隣に住んでいるって事実に俺は驚いた。
俺が知らないだけで、ラグ子にも友達は居るだろう。その友達と遊んで──いや、朝早いから泊まったとしてもだ。それでもびっくりだ。
もう関わることも無いだろうと思っていた矢先の事だったからか余計に驚いた。
そして俺がそんな事を考えてる間にラグ子はスタスタと歩き始めた。
「あのー。空さん?」
「…………何?」
俺はスタスタと歩くラグ子の後を駆け足で追い付き、前から思っていた疑問をぶつけてみた。
「なんでそんなにラグがあるんですか?」
そう聞くが、彼女からの答えは何も返ってこなかった。
しばらく待ったが、何も喋り出さない彼女にどうやって吐かせようかと考えていると、真後ろからその答えは返ってきた。
「ハルさんは信頼した人にじゃないと名前も呼ばせないし、会話することを渋るんだよね。特に男の人に対しては」
その声が聞こえて、俺とラグ子が同時に後ろを見るとそこにはふわふわと浮いている紬ちゃんが居た。
浮いたりなど、生身の人間じゃ出来ないのでそれを見るとやはり幽霊なのかと思ってしまう。俺、本当は現実主義者なのにな。
閑話休題。俺が今一番気になっている事は、
「ねぇ、なんで紬ちゃん着いてきてるの?」
何故か俺達についてきてる点だった。
あそこにはまだ大家さんが居たはずだし、大家さんと駄弁ってれば良いものをわざわざ着いてきて何が楽しいんだか。
「私は才間さんに驚いてもらうまで諦めません!」
なんてはた迷惑な幽霊だ。
つまりだ。こいつは俺を驚かす為だけにわざわざ着いてきてるのだ。暇なのか? もしかして、幽霊だからやることも無いのか。可哀想に……。
「可哀想な子を見る目で私を見ないでください!」
バレた。無意識に顔に出てしまっていたようだ。
まぁ、そんな感じで紬ちゃんは俺に抗議してくるが全てをスルーした。
すると会話(一方的)の中におかしな点を発見した。単純な事だ。
「なんでお前、俺の名前を知っている……っ!」
こいつからは名前を聞いたが、俺は名前を言ってないはずだ。なのになんでこいつは俺の名前を……っ!
すると紬ちゃんはキョトンとした目で俺を見ながら「さっき大家さんと話してた時、私近くに居たじゃないですか」と何ってるんですか? って言うトーンでそう言った。
確かにそうだ。あの位置で俺達の会話を聞いていたとしたら大家さんが俺を呼ぶために放った言葉がこいつに聞こえてても何ら不思議じゃない。
「それにしても海ちゃんと才間さんがお知り合いだったとは」
「…………他人」
「またまた〜照れ隠しなんですよね?」
「……違う」
空が否定しても否定しても紬ちゃんが煽るもんで、空は我慢の限界が来たのか紬ちゃんに対してチョップする。
しかし、そのチョップは紬ちゃんには当たらずすり抜けてしまった。
実際に見えてるのにすり抜けた事に俺が驚いていると「やっぱり当たらない……っ」と悔しそうに空が呟いた。
そうだ。紬ちゃんは幽霊なんだ。
触れられる俺が特殊なだけで普通は触ることは疎か、喋ったり認識することも出来ないはずだ。って言うかなんで俺だけ触れるんだ? 俺は霊感なんて無いし、幽霊を見た事は一度もない。なのに、
「へへん。やれるもんならやってみて下さい」
小さい胸を張って空を煽る紬ちゃん。だから俺は代わりにチョップをしておいた。
すると紬ちゃんは頭を押えて「痛いですぅ〜」って言いながらその場に倒れ込んだ。と言うか地面に触れられないせいで若干めり込んでいる。
その光景を見た空は目を大きく見開いて驚いていた。
まぁ、普通は触れられないのに触れてる人がいたらそりゃびっくりするよな。俺だってする。
「あ〜。何故か俺はこいつに触れられるんだ」
説明したが何も反応が無く、固まってしまった。
今回はラグがあるんじゃなくて、単純に驚いているだけのようだ。
「痛いですよ!」
復活した紬ちゃんが起き上がって俺に掴みかかってきた。そしてそのまま体全体を使って俺を揺らす紬ちゃん。
体全体で揺らしていてるため、揺れも強くて気持ち悪い。
「あ、でも久しぶりの痛み……。何かに目覚めてしまいそうです」
「眠ってて!?」
紬ちゃんのような可愛らしい子が叩かれて「最高です! もっと私をいじめてください……っ!」とか言い出すようになったら世紀末である。
どうかそんな世紀末にならないようにその衝動は眠っててください! 出来れば永眠を。
「…………なんか……。私、空気な気がする」
あ、完全に紬ちゃんに気を取られてて忘れてた。
「大丈夫です。私は海ちゃんの事、忘れてないですよ!!」
そこで俺はとある疑問を抱いた。
「海ちゃんって……誰?」
「海ちゃんですか? 海ちゃんというのはですね──」
そこまで言った所で空に「才間さん」と指示されたので俺は紬ちゃんの口を押えた。
多分こういう事だろう。
「むぐむぐ」
しかし紬ちゃんは話したそうに俺の手の中で口をもごもごと動かしている。
「はぁ……。今日はもう着いてこないで、その煩い幽霊を連れて帰って」
押し返されてしまった。
まぁ、今日はこれくらいにしておくか。
「んじゃーな」
そう言って俺は帰路についた。