第3話 ご飯まで着いてくる露木荘
言われてみれば髪色が空色で、とても綺麗な色をしている。
同じように先程は影で顔が隠れてしまって見えなかったのだが、よくよく見てみると端正な顔立ちだ。
目と鼻と口の黄金比と言うべきか。
目は女の子らしい可愛げのある目では無いが、その他が物凄く整っているから全く気にならない。
整った長いまつ毛に、モデルの様な高い鼻。
薄いピンク色でつやつやと輝いている唇。
髪の毛も凄く手入れされていて日光が当たって光沢が出来ている。
これでもうちょっと表情が豊かなら文句無しの満点なんだがな。誰もが彼女の事を美少女だと言うだろう。
だが、先程から空の顔を見る度に無表情しか見ていない。
今も無表情で詰め寄ってきたのだからシュールで仕方が無い。
「分かったら多分もう関わることは無いですが、ここでさようなら。私は用事があるので」
そう言ってから背中に大きなリュックを背負ってどこかに歩いていってしまった。
あの子は一体なんのつもりで俺を助けたんだ? まぁ、他人の事なんて分からないけどな。単純に自己満で動く場合もあるしな。俺だってほとんど自己満で生きている。
「だけど、不思議な少女だったな」
あそこまで感情が表に出ない女の子は初めて見た。
まぁ、色々と気になることはあるが、彼女の言う通りで多分もう接点は無いから絡む事も無いだろう。
そんな事を考えながら歩いていると自分の部屋の前にたどり着いた。
そして大家の結釣さんから貰った鍵についている番号の書かれた札と、扉に書かれた番号を照らし合わせる。
間違いなくここのようだ。
札には204、そして扉にも204。今日からここで俺の一人暮らしが始まるんだ。
そして部屋の鍵を開け、扉を開けるとこじんまりとした玄関が姿を表した。
玄関の先の扉を開けると、そこは和室になっていた。
六畳間の和室、その中央に位置するは広いちゃぶ台。そしてその和の雰囲気をぶち壊すかのようなガラスとガラス扉で区切られたベランダ。そこには最初からある二つの椅子が丸テーブルを挟んで置かれていた。
「凄くいい部屋だ」
無意識にそう呟いた。
俺は昔からそうだが広場恐怖症なんだ。
閉所恐怖症とか言うが、俺はその逆バージョンだ。だからこれくらい狭い方が俺としては落ち着く。
そして俺は荷物を無造作にその場に置いて畳の上に倒れ込む。そして天井を見上げ、一人暮らしをするという事を考えて俺はニヤニヤが止まらなかった。
今日からこの部屋は俺だけの部屋なんだ。親とかに監視もされないし、妹に小うるさく生活態度について注意されることも無い。
「ふふ、ふははははははははははははは」
思わず笑い声が出てしまう。
しばらくこの幸せを噛み締めているとドアがノックされた。
そのドアを開けてみるとそこに居たのは、
「えーと才間さんでしたよね?」
知らない子がいた。
見た目で言ったら俺より年下っぽく、元気なイメージが似合う少女だ。
目はパッチリと大きく開いており、鼻は少し低いがそれがまた可愛らしい。
そんな少女が俺の部屋にエプロンバンダナ姿で鍋を持って突撃してきたのだ。
「まぁ、はい」
そう答えると少女は安堵したように息をついて、俺に鍋を差し出してきた。
「今日の分のご飯です」
一瞬意味が分からなかったが、それも直ぐにわかった。夕食だ。
と言うかこんな形で渡されるんだな。
「とりあえず今日の献立はカレーです。それとこちらご飯です」
よく見たら腕にレジ袋を掛けており、その中から大きいタッパーを取り出した。
見てみるとその中にはいっぱいに詰められた白飯が入っていた。
「それでは、私はこれで」
渡すものを渡し終えたらぺこりとお字義をしてそそくさと帰って行ってしまった。
まぁいいか。とりあえず今日は疲れたしこれ食ったら早めに寝よう。
そう思って俺は鍋とご飯を真ん中のちゃぶ台の上まで持っていく。
カレールーをタッパーの中に入ったご飯の上にかけていく。いい匂いだ。
このアパートではカレーをどう作ってるんだろうか? 市販のカレールーなんてのも売ってるが、こだわる人はスパイスから作るらしい。
だが、そこまで不味くなることは無いだろう。
そしてカレーがたっぷりとかかったご飯を一口頬張る。それを咀嚼し、嚥下する。
「これは……っ!」
俺は驚きのあまり思わず声が出てしまった。
美味い。美味すぎる。なんだこれ。こんな美味いカレー、俺は食ったことない。
よく小説を読むと箸を持つ手が止まらないだとか言う表現があるが、それを現実に経験することになるとは夢にも思ってなかった。
このスパイスは間違いなく市販のものじゃ無い。恐らくスパイスから作ったんだろう。全て手作りなんて初めて食べた。
そして申し訳ないが、うちの二日目のカレーよりも断然こっちの一日目のカレーの方が美味い。
俺の母さんの作ったカレーも不味い訳では無い。と言うか市販を使ってるんだから失敗することなんてそうそうないだろう。
母さん……。もしそっちに戻っても母さんのカレーあんまり食べられなくなってそうです。
そして俺は鍋の中にあった大量のカレーを物凄い勢いで完食した。
その後、風呂に入り夜。俺は布団を強いて寝る体勢に入った。と言うかぐっすりだ。疲れていたのだ。
その時だった。
ずっしりとした重みを感じた。それで目が覚めるが、手足が全く動かない。これが金縛りってやつか?
俺は恐怖した。だが、このままでは何も進まない。
恐る恐る目を開けてみると、俺の視界に飛び込んできたのは──
「バァー!」
驚かせようとして俺の布団に入り、俺の体にピッタリ乗っかってる女の子だった。