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 明けて月曜日。

 朝から校内が変だった。


 いつも朝は眠たそうにしている彼女でさえ、教室に入るときにしっかりと目を見開いたほどである。

 いつもは僕が手を引いて机まで先導するというのに。


 ざわざわ、というかなんというか。そう、ざわめいている。


「なあ──」


 席に着くのとほとんど同時、僕の左側の席に座っている生徒が僕の名前を呼んだ。


「なんだ?」

「ニュース見たか?」

「ニュース?」


 残念なことに朝にテレビをつけている暇などないのだ。

 起床後朝の用意を済ませた後、隣に住んでいるお姫様を起こしに行き、ほとんど目の開いていない彼女に朝ごはんを食べさせる。

 僕が春先にツバメに親近感を覚えるのは、きっとこの時にヒナに餌をやる親鳥の気分を味わっているからに違いなかった。


 放っておけば制服に着替える事すらしない彼女に制服を押し付け、着替えを命じた隙に食器の類を洗ってしまう。

 お互い、両親は仕事の関係で朝が早い。ゆえに、僕が箸を使えるようになったころくらいから、朝は二人で食べるのが習慣となっている。

 ちなみに彼女は箸を使うのが苦手だ。


「見てないな」

「見てねえの? じゃあ俺様が教えてやるよ」


 得意そうな表情を浮かべる笹川。

 去年も同じクラスで、わりとよく話す。何の因果か席替えの度に近くの席になる彼の特技は、皆が知っているようなことを、ごく少数の知らない者に吹聴して回ることだ。

 何かわからないことがあればこいつに聞いておけばとりあえず間違いはない。と、少なくとも僕は思っている。

 まあ付き合い方を間違えなければ便利な奴だ。用法容量を守って、って奴。僕は内心で、笹川のことを「とんぷく」と呼んでいる。


「ちょうど六年前だから──なんだ、俺たちが小学校、えっと、六年の時か。六年の時に、『鎌鼬』っていう通り魔が現れた事件、覚えてるか?」


 視界の隅、彼女のかすかな反応が目に入る。僅かに肩が強張ったのだ。おそらく誰もそのことには気づいていないだろう。

 クラスメイト達は、彼女が日々、「カマイタチ」の恐怖に怯えていることを知らない。


「覚えてる。登下校中の小中学生、幼稚園児に、刃物で切り裂かれたような傷。犯人の目撃情報が無く、被害児童、生徒も、明らかに人為的な傷痕であるにもかかわらず、気付いたら切られていたと証言したので、捕まらない犯人はいつからか、『鎌鼬』と呼ばれるようになった」

「そ、そう! よく覚えてるじゃねえか」


 右手を彼女の左手に重ねる。

 まるで小動物のようだ。小刻みに震えている。

 彼女の前で「カマイタチ」というワードは厳禁なのだ。通り魔の呼び名である「鎌鼬」だって、マスメディアは漢字で表記したが音にしてしまえば「かまいたち」で、彼女の怯える怪異としての「カマイタチ」と全く同じなのである。

 僕は「とんぷく」に言った。百八十センチある僕は、立つと大抵の人間は見下ろすことになる。


「僕たちが小学校六年生の時の四月、突如この町に現れた通り魔は、現れた時と同じように、その年の夏休みが終わるか終らないかといった頃くらいに同じように突如姿を消した」


 笹川は僕を見上げている。


「人を傷つけることをやめたってことは……『鎌鼬』も、きっと、気付いたんじゃないかな。自分のしたことに」

「いや、さすがに小学生の時の話だったから裏付けなんてまったくないが、犯人が交通事故に遭ったとか聞いたぞ……? ま、えっと、細かいことはいいんだ。聞いてくれ。その通り魔『鎌鼬』がな、また現れたらしいんだよ」


 僕の右手の下で、彼女の左手はすっかり血の気が引いてしまい、冷たくなっていた。

 陶磁器の様にすべすべの肌に、冷えた手先。人形の手を握っていると錯覚してしまいそうだ。


「詳しく聞かせろ」


 僕は笹川に向かって身を乗り出した。


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