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「海だー……」
「水着は持ってきたのか?」
土曜日。
六月の半ば、梅雨真っ盛りであるが、その日は雲一つない快晴であった。
彼女を自転車の荷台に乗せて三十分の場所。地元の海である。汗ばむどころか結構がっつり汗をかくような、そんな気候だ。
今週の頭から一昨日にかけては、まだ少し肌寒いような日が続いていたというのに。
海の水がまだ冷たくとも、これだけ暑いと丁度良いくらいかもしれない。
朝五時に我が家に訪れた彼女に急かされて、午前六時に家を出たものだからまだ六時半。
当然、遊泳中の人はいない。
「持ってきた」
自信満々に言って、彼女が通学鞄から取り出したのは水着である。確かに水着だ。
「お前それ、何処から持ってきたんだ」
「お父さんの。借りてきた」
男物の短パンタイプの水着である。僕が穿いて丁度膝頭が隠れるくらいのサイズだろう。
「……自分用の水着は?」
聞くと彼女は、不思議そうな顔をした。
「これ」
指差すのは男物の水着。
肌を晒すのを嫌うという設定は何処に。もしや本当に設定だったのでは?
ウチのお姫様が露出狂への道を歩もうとしています……!
「それは僕が着る。お前はこれを着るんだ」
僕は鞄から女物の水着を取りだした。
肌を晒すのを嫌う彼女のために普段学校で使わせている水着を持ってこようかと思ったのだが、思い直して買って来たのは、胸と下腹部を覆う布が分かれていない、ワンピースタイプの水着。
黄色地に白の斑点が浮かんでいる。手足は露出するが、それでも市販の水着の中ではこれが布面積最大である。
「わかった」
「一人で着替えられるか?」
「無理」
念のために聞いたんだが、さすがにこれは一人で着替えてもらわないと困る。
お互い十八だ。渋る彼女を女子更衣室のところまで連れて行く。
こんな時期でも空いてるんだな更衣室。
「一緒に」
「行けるか馬鹿」
女児用(そう、女児用である)水着を押し付け、年中開放されている更衣室に押し込む。
僕もその隙に、彼女から取り上げた男物の水着に着替えることにした。
なにを律儀に、とは思うなかれ。
彼女がその気になって海に入った時、僕も水着でなかったら、誰が溺れるのを助けるというのか。
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