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26.終

 26


「し、知らないし!」


 肩まで川に浸かった彼女が抗議の声を寄越す。

 僕は立ち上がって左のポケットに手を突っ込み、中の状況を確認した。


 携帯電話の電源ボタンを押してみる。

 画面は真っ暗なまま。

 充電が切れるほど酷使もしていないので、これはもう完全にダメだ。故障してしまっている。


 僕はざばざばと水を蹴立てて岸辺に上がり、携帯を鞄の近くに放り出すと、再び川に足を踏み入れた。

 彼女が僕に水をかけてくる。遠慮や容赦のない、えげつない量の水の塊である。


「ちょ、お前それ、卑怯だろ!」

「落ちてた」


 彼女はバケツを手にしていた。一度に飛ばすことのできる水の量が、明らかに違う。手杓じゃとてもじゃないが太刀打ちできない。


「タイム!」

「認める」


 僕は彼女にタイムを宣告すると、再び岸辺に上がった。

 この川の河川敷に不法投棄のゴミが置かれているのは見たことが無いが、誰かが忘れて帰ったおもちゃのバケツくらいは無いだろうかと思った次第である。


 草むらをかき分ける為にしゃがむと、右のポケットから何かが落ちた。

 見やるとカッターナイフ。


 笹川が捕まって──六年前の「鎌鼬」も捕まったことになった。

 本人は六年前のことについては罪を否定しているらしいが、このままだと六年前の件についてはうやむやのうちに迷宮入りしそうである。


 笹川が僕の模倣犯なんて演じてくれて、本当に良かったと思った。

 なにせ、傷害罪に対する時効は十年で成立する。

 就職が決まるころにはとっくに時効が決まっている計算だ。

 笹川のおかげで、世間の「鎌鼬」への批判は、興味は薄れていく。


 一度血の味を知った獣は、一生その味を忘れられないというが僕には首枷──彼女がついている。

 彼女がいる限り、僕は決して、二度と罪を犯すようなことはしない。

 何日もかかった警察での事情聴取だって、特に怪しまれることなく正当防衛が成立したし、今のところ警察に疑われている様子もない。


 僕は一生、自分の中に切り付け衝動──カマイタチを飼いながら生きていく。

 こればかりはもう、どうしようもない。

 彼女のおかげで衝動が暴れだすこともない。

 だったらもう、それでいい。


 僕はカッターを拾うと、丁寧に水気を拭ってから、自分の鞄に入れた。

 そして、彼女の待つ川の中へと戻る。


「バケツは見つからなかったけど──こんなものを見つけました!」

「え、な、なにそれ、ひ、卑怯!」

「先に道具を使ったのはお前だろうが!」


 僕は誰が忘れて行ったのか、草むらの中に放置されていた水鉄砲に水を入れる。

 その隙に彼女に頭から水を掛けられたが、今は彼女のターンなんだと我慢。


 なぜなら、このあとは、僕のターンだから。


 彼女は、肌を晒すことを嫌う。

 でも、今年の夏休みは、一緒に海くらいなら行ってくれそうだった。

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 ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました。我ながら面白くて5回くらい読み返しました。いかがでしたか?

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