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家に帰るときに、ほんの少し回り道をすればそれなりに大きな川に寄ることができる。
隣の県から流れる一級河川である。水質はアメリカザリガニが暮らせない程度には綺麗。
近所の子供たちだろうか、ズボンの裾を捲りあげた二人組が、虫取り網で水中をつつき回している。
川の左右は堤防になっていて、数メートルほどの盛り上がりがある。
僕と彼女は今、その堤防の上の舗装された道を歩いていた。
僕たちの高校の野球部が反対側の堤防を走っている。
ほかにもおじさんやおばさんが歩いていたりジョギングしていたり。
犬の散歩をしている人もいるし、反対側の河川敷では少年サッカーの練習が始まろうとしているところだった。進行方向、遠くの方に対岸に渡る橋がある。
隣を歩いていた彼女が、いきなり姿を消したので焦った。
ほとんど下草で隠れてしまっているような階段を目聡くも見つけたらしく、僕が声を掛けた時にはすでに半分ほどを下っていた。
「おい、走ると危ないぞ!」
言って、僕もすぐに彼女を追う。
僕は彼女が転ぶことを危惧したが、それはどうやら杞憂で済んだらしい。
彼女は無事に平らな河川敷まで辿り着く。
川の流れが運んできたのか、それともずっとここにあるのか、腰掛けるのにちょうど良い大きさの岩があったので鞄を乗せ、僕は靴を脱ぎ、川に足を付けた。
粘土質の川底が足指の間を跳ねる。
振り向くと彼女は、何も考えていないような顔で川岸の水面を眺めていた。
僕はダメ元で彼女に声を掛けてみることにする。
「おい、お前もこっちに来てみろよ。冷たくて気持ち良──待てこら! 靴は脱げ! そう。──そう……?」
肌を晒すことを嫌う彼女が、革靴と、膝の真上まである長い靴下を脱ぎ捨てていた。信じがたい光景に目をこする。
彼女はまるで何事もないかのように、惜しげもなく日光にさらされた真っ白い足を川に差し入れた。
「ん、冷たい」
そして薄く笑みを浮かべてみせた。
僕は唖然とした。
「お前……一体、どういう心変わり……」
「うん。わかんない」
「……あっそう」
かろうじて僕は、それだけを返す。
ざぶざぶと水を蹴って、彼女は僕の方に近付いてきた。
僕は彼女の方に体ごと向き直る。
そして巻き込まれた──彼女の転倒に。
「あっ、馬鹿、携帯が濡れ──!」
着水。
川の中にしりもちをついた。
空中で抱き留めた彼女は、僕が転んだ拍子に跳ねた水飛沫にわずかに濡れるのみである。
「……お前、携帯電話は?」
僕の腕の中でぼんやりしている彼女に、確認。
「鞄の中……?」
「どっせーい!」
投げた。
携帯電話以外に濡らして困るものは身に着けていないだろう。
幸い川は家のすぐ近くだし、もう夏と言って差し支えのないこの季節である。風邪をひきもしないだろう。
だからこその凶行だった。
僕は彼女を投げた。
水中に。
派手な水柱が上がる。
「お前この、携帯が浸水しただろうが!」
旧型だから防水機能なんてついてねーぞ。
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