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「付き合ってないよ」
僕が素っ気なくそう言うと、羽生は「ふーん」と、字面ではまるで興味のなさそうな、しかしニュアンスとしては興味津々な音を作った。
「髪乾かしてあげたり、毎日お弁当食べさせてあげたり、手握ったり──とかしてるのに、それでも付き合ってないとおっしゃる?」
「おっしゃる。断固。僕と彼女は、そういう関係じゃない」
あと毎日食べさせているわけでもない。
週に二、三回くらいだ。彼女の気まぐれが、箸を持ちたい日と、そうでない日に分かれているからである。
「というか実際、クラスメイトのみんなは付き合ってるって言うけど、あたしは違うと思うんだよね」
横を見ない。視界の隅で、歩幅を僕と完璧に合わせた羽生が覗きこんで来ている。その顔には、先程のような笑みは浮かんでいなかった。
僕は返事をしないで歩調を速めたが、羽生はそのままの姿勢でついてきた。
「ねえ。君はどう考えても、従者だよね。我が儘なお姫様の命令に逆らえない、哀れな従者。さっきのスーパーで買ってたものが何かは知らないけれど、どうせしーちゃんに命令されたものなんでしょ? 君のお姫様に」
「もしも」
消防署を曲がって坂に差し掛かった辺り。僕が足を止めると、羽生は少し行き過ぎてから立ち止まり、進行方向に背中を向けて立ち止まった。
上り坂の途中なので、僕は彼女を見上げる形になる。彼女も女子にしてはかなり背が高い部類に入るだろう。百七十はあるだろうか。
「もしもだ。もしもお前が言う通りだったとしたら、なんだ? どうだって言うんだ?」
彼女は答えの代わりにか、笑みだけを寄越してきた。
吹きおろしの風が彼女の短い髪を揺らす。ここからだと、少しだけウェーブしたその髪が日光を受けて茶髪っぽく見えた。
「いや、ほら。いくら幼馴染とは言っても、まるで、そうだね、それこそ奴隷の様に、男の子が女の子に仕えているっていうのは、なんだか変じゃないかな、って思って。あ、もちろん男女逆でも変だよ?」
「パンツ丸見えだぞ」
「何色?」
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、会話が面白くない方に行ってしまったので、僕は会話を逸らそうと思い、ウィットに富んだジョークを……捻りだせなかった。
セクハラ紛いどころか、紛うことなきセクハラであるが、羽生に幻滅されてでも、僕は羽生が言うところの「お姫様」との関係の秘密を他人に隠さなければならないのである。
ゆえにこそ、彼女の返しは予想外のもので、僕は一瞬何を問われたのかが理解できなかった。
呆気にとられて言葉を失ったうちに、彼女は再び話題の舵を戻す。
「あたしが言いたいのは、一人の人間が、一人の人間に対して、まるで奴隷の様に尽くしているなんて、一体君はしーちゃんに、どんな弱味を、秘密を握られているのかな、って」
「秘密なんてないよ。僕が好きでやってることだから」
「でもしーちゃんのことを好きなわけじゃないんでしょ?」
「そうは言ってない。ただ、僕のこの好きは家族愛と同じ意味で──」
「奴隷! ──だってさ」
僕のセリフを遮って、羽生が声を上げた。
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