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校内がざわついていた。彼女はあまり変わらなかった。
たまに無い日もあるが、ほぼ毎日、通り魔事件が起き続けているのである。彼女はすっかり耳栓のヘビーユーザーだった。
授業前の世間話に先生まで「鎌鼬」を口にするものだから、しまいにはすっかり授業中まで耳栓をするようになってしまい、僕は微妙な気分を覚える。
「カッター持ってねぇか?」
英語の時間。不意の問いかけは左側、笹川からのもの。
「何に使うんだ?」
「プリント溜めすぎてさあ、ハサミで切るにはちょーっと面倒だなあ、ってな」
確かに、「ちょっと」と形容するのはちょっとだけ無理がある量のプリントが、笹川の机の上に山を作っている。ノートに張り付けるのには微妙に大きなサイズなので、切って貼り付けようとしたが、手持ちのハサミだと一息に裁断することは叶わないらしい。
別に渋る必要もない。減るもんでもないし。
僕は筆箱から大振りなカッターを取りだすと、笹川に手渡した。そういえば、彼女が僕を刺したカッターもあのカッターだ。
さすがに刃は何回か変えてあるが、本体はずっと同じものなので、テセウスのパラドックスが主張されることもない。
「よく切れるから、気を付けて」
「ん? おう。ありがとう」
──そんな会話があったところまでは覚えている。気付いたら机とメイク・ラブしていたので曖昧な記憶。
七時間目、英語の授業が終わる五分前になってようやく目が覚めたころには、僕の机の上にカッターナイフが帰ってきていた。起こしてくれれば良かったのに。
今日は七時間目終了後、たまたま終礼が無かったので、授業が終わり次第帰宅することができる。僕は教科書、筆記用具の類をすべて鞄に詰め込むと、彼女の方を向いた。
「今日も」
「用事か?」
「うん。先に帰ってて」
今日も、だ。ここ二週間程、天気の良い日はどこかへ寄り道するのが彼女のブームらしく、雨の日以外はふらっとどこかへ行ってしまう。
正直通り魔「鎌鼬」も出没していることだし心配なのだが、彼女は着いて来るなというし、尾行しても、男子としては恥ずかしいことに彼女に足の速さで勝てないので、あっさり撒かれてしまう。
出来ることはと言えば、先に帰宅して、彼女が食べたいと言ったスイーツをどうにか形にしておくことくらいか。
ちなみに今日の指示は「ぱちぱちしたい」だ。もはやレシピですらない、口頭のリクエスト。
ぱちぱちしたいってなんだ。
彼女はよく、炭酸ジュースのことを「ぱちぱちしたやつ」と表現するが、もしや炭酸飲料をご所望なのだろうか。ということは今日はフルーツポンチか? サイダーと果物の缶詰を買って帰れば良いか……
ちなみに彼女がどこかへ走り去る際に捕まえる事ができれば、力尽くで家まで引きずって帰ることもできるのだろうが、生憎彼女はボーっとしているようでもすばしっこいので、引きずる前に捕まえることが出来た試しがなかった。
手を伸ばしても、彼女はさっと身を翻し、次の瞬間には駆け出しているのである。
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