#17 死神さん達の『誓約』
仁大丹治が去った後、場に残された時計が無いツヴァイヘンダーを持って、死神さんが家に入る。
激戦を繰り広げた死神さんは、「シャワーを借りる」と言って数分後、マントを取っ払った姿で出てきた。仮面は水を吸わない材質みたいで、アロマキャンドルの灯りでテカテカと光っている。
「すごい不気味」
「鏡を見たが確かに不気味だな」
言いつつソファに寝っ転がる。長めの黒髪は濡れそぼっている。
「ドライヤーをかけられないのが難点なんだな……」
「くっついてる顔大丈夫なのかしらね……外れた時にはミイラになってたりしない?」
「今度は顔を取り戻すために死神になるのか」
「どこぞのパン顔のヒーローよ……」
語気に普段のクールさが感じられないが、くだらない話ができる程度には元気なようだ。
私は壁に立てかけられているツヴァイヘンダーに目を向ける。大質量の両手剣は、私が到底持ち上げられない重量を誇っている。
「私の大鎌よりも重いな。三十四十はあるんじゃないか?」
「そんなものを片手で振り回すって……本格的に人間辞めてるわね」
「元より奴は生前も鍛えてたようだ。荷物持ちとか、脳筋とか、頭脳は子供・身体は大人とか、アイツもいろいろ言われてたからな」
「詳しいわね?」
「元後輩だからな。それほど関りは無かったが」
無関心な風を装ってはいるが、その割には詳しい。
生前『DEFOLIATION』で死神さんが働いていた時、死神さんが所属する國光おじさんの部署に入ったそうで、どういうわけか因縁を持つ先輩「北原白夜」と死神さんを勘違いしていたらしい。
「心外だがな。そこまで気障ではない」
「十分よ」
本当に心当たりが無い反応をしているのでこれが素なのだろう。
「……生前貴方がどんな感じだったのかをあの人から聞きたいわね」
「やめてくれ。どうせ、あの男が私の名前を憶えてるとは思えないしな」
……やっぱり生前の事を私に明かそうとはしない。
外堀から埋める気だったのだが、まあよく考えたら確かに人の事をどうでもいいと思ってそうな男だ。素顔どころか名前も覚えてなさそうだから、期待するのも酷か。
テーブルの上に置いたコーヒーを一口啜って間を取り、本題を切り出すことにした。
「さて、毎回毎回秘密を小出し小出しにするのは勘弁してほしいんだけど?」
「善処しよう」
「『権能』と『誓約』……あとは『燃費』云々の話ね。丁寧に説明してよね」
首肯するが、あまり信用ならない。
死神さんも目の前に置いたコーヒーに、洗ったホットストローを刺してツツーッと吸う。口を潤して一息吐く。
「まだまだコーヒーの味は良くできるが、一先ず置いておこう。最初は『誓約』から説明しよう。これが私が『時狩の死神』として存在する所以であり、自由に『時狩』ができない「制約」――理由でもある。『誓約』は意味をそのまま取ってもらって構わない。これは『時狩の死神』が「時を狩る」に際して守るべき条件だ」
大鎌から時計を外して『時間』を灯す。
時針が廻りだし、ポポポッと六つの蒼い炎が浮き上がる。
小樽に旅立って半日ほどだったが、いつの間にか持っていた『時間』が六つに増えていた。
「それ、誰の『時間』?」
「鳩原と小橋、それに二人の秘書と旅館の女将だ」
「……多くないかしら?」
「全員、仁大の犠牲者さ。現場に居なかった君に何とでも言えるが、これだけは真実だ。私はただ回収しただけさ」
再三になるが、死神さんは仮面をつけているので、表情から感情は一切読み取れない。そのため、現在の感情を読み取るには、身振り手振りや語気語調に気を配らなければならない。今は語気が小さめでこと悔し気な語調、身振り手振りは無かった。
疑わしくはあるが、嘘を吐くには真面目すぎるし、嘘をつく時にかなりの確率でボロを出す死神さんだ。今回は信用することにしよう。
「私の『誓約』は「不当に人の時を奪った者の時を奪う」――この内容に該当しなければ、私は時を狩る事ができないし、この大鎌で殺傷することも不可能だ」
付け加えて「仁大は「成功者の時を奪う」らしい」と言った。死神さんと比べてかなり自己中心的な『誓約』だったが、それでも自由に『時間』を狩れるってわけではないようだ。
「もし自由に狩れるのならば最悪だ。悪意ある『時狩の死神』の手によって、今頃この世は地獄も生温い有様になってるだろうな」
それもそうだ。制限が無ければ街中が今頃死体だらけだろう。
カラカラに枯れ果てた、見るも無残な死体の山――考えるだけでもゾッとする。
「……だが、三眼がこの制度を作ったというなら、あまり効果があるとは思えないがな」
「どういうこと?」
「『誓約』で、時を狩る事自体は禁じられている人の命を、『時間』の奪取という形で絶命させることはできないが、殺すことはできるんだ」
「……え?」
不可解な言い回しをする死神さんは、ホットストローでコーヒーを啜りきる。
立ち上がって、空になったコーヒーカップと立てかけられている大鎌を持つと、コーヒーカップを空に放り投げる。
「あっ――」
反射的に手を伸ばして取ろうとするが、素早く大鎌を切り上げた死神さんの手によって、努力空しくコーヒーカップは縦にパッカリ――。
「ご覧の通り、私や幽香含めて、霊体でも実体になれる者は物体に干渉できるだろう。大鎌で直接手を下せずとも、家を崩したり車を事故らせて追突させたりして殺す事――すなわち外因での殺傷が可能なんだ」
少し得意げに言う死神さんをジトッと睨む。
結構お気に入りだったのに……このカップ……。
「……新しいのを買うから、勘弁してくれまいか」
「やだ」
「即答……ッ!」
ジト目で即答した私に若干気圧されたようだ。さっきまで凛々しく戦っていた死神さんは見る影もない。
そもそも物体の干渉云々は元から知っている。というより、ここでゴーストライフをしている間はずっとやってたのだから、それを例に挙げればすぐに理解できた。
なのにこの阿呆は、こともあろうに他人の家の物で例を挙げおって……。
「ま、まあ、『時狩の死神』が時を狩るためには、『誓約』の条件を達成した対象でないと不可能なんだ。だが、人の命を奪える」
しどろもどろに捕捉するが、目の前で真っ二つのコーヒーカップをいじいじとより合わせている私を見て、困り果てた様子で髪を掻いてた。
「……本当に悪かったよ」
「悪かったって思ってるなら、貴方の『権能』で時戻してよ」
我ながらウザったい態度だなぁ、と軽く反省しながらも、可能性に賭けて言ってみた。
「それはやめた方がいい。……あまり乱用はしない方が、君のためにもなる」
「なんで?」
「『権能』の発動は、例外なく『時間』を消費するからだ」
「……それを先に言ってほしかったわ」
危ない危ない、代わりのきく物に代わりがないに等しい物を使う訳にはいかない。
「『権能』の『燃料』は『時間』――これで『権能』の説明はだいたいつく」
「で、汎用性が高く強力な『権能』は、消費する『時間』が多いから、『燃費』が悪い、と」
無言で首を縦に振る。まあ、ここら辺は予測は立てやすい。能力系のゲームや文作も大抵そんなもんだし。
強い『権能』とはどの目線から見たものなのか、どれだけの『時間』の単位で測っているのかは今一分からないが、確かに〈遅延〉はいろいろと可能性を感じる『権能』だ。ありとあらゆる現象に対して遅れさせる効果が効くのであれば、立ち回りと使い道次第で如何様にも戦える。
だからこそ、おかしいのは死神さんの『権能』だ。
「気になってたけど、死神さんの『権能』――〈時間跳躍〉だっけ? あれはなんで低燃費なのかしら? 過去に戻ってやりなおせるって……正直一番狡いっていうか、はっきり言ってチートよ、それ」
最近では時間を戻って人生をやり直す系のライトノベルも増えている。
たぶん誰もが「あの時はああするべきだった」とか、「過去に戻ってあの時の自分を殴りたい」だとか思う時があるだろう。
戦闘中という短時間で膨大な選択肢を突き付けられ、最適解が無く正解に近い答えがほぼ無限にあるような状況。
そんな時に一秒でも戻ってやり直せたら、あまつさえ起こる出来事が分かっていたら――それがどんなに有利か、想像に難くないだろう。
だからこそ、私の疑問は当然だと思うのだが、当の本人は対して気にしてもいないようで――。
「私の場合は過去に遡る時間の長さで決まる。現状私一人しか遡れないから、もし二人三人と遡れる人数が増えれば、燃費も悪くなるだろうな」
この回答だ。「自分が持ってて当然」とでも言いたげだ。
その上、今後この『権能』が進化あるいは熟練する気概ですらある。
とはいえ、厨二病で、ゲームの技をリアルで使ってみせるチャレンジ精神があって、与えられた物を最大限活用できるだけの能力と頭脳はある。
力があっても活用できなければ無用の長物だ。そういう意味で捉えれば、使い方を考える必要のあるこの能力に、最も適正があると言えるかもしれない。
「……実は懸念事項がもう一つあってだな」
「懸念? ここまできて何かあるの?」
自信なさげに切り出した死神さんは、一層の自信を失った声色で言う。
「『時狩の死神』の生死……死者に使うにはおかしな話になるが、『時狩の死神』を殺すことは……不可能かもしれないんだ」
ご拝読ありがとうございました。
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