#16 死神さんの『権能』
「なんで……なんでだ……!?」
「何故私の動きが〈遅延〉されなかったか、か?」
穴が開いた軽鎧の隙間にマントをねじ込み、間に合わせの止血をするが、貫通寸前まで突き刺し強く引き抜いた刃は確実に仁大の体にダメージを残していた。
吐血しながらも理由を問いただす仁大に、死神さんは心を乱すことなく答える。
「言葉遊びみたいなものでな。要は「攻撃の意思を見せなかった」に過ぎない」
「――はぁ!?」
口から血をまき散らしながら、死神さんに食って掛かるが、負傷が想像以上に重度だったのか、軽くあしらわれる。
「私の『権能』〈時間跳躍〉の効力は過去への跳躍――私だけが過去に遡ることができる。お前の『権能』、お前自身は一度しか私に見せていないと思っているだろうが、私は既に三回ほど〈時間跳躍〉してお前の『権能』は、しかと見せてもらった」
「か、過去に……遡ったぁ!?」
「お前は明言してただろう? 「攻撃」が「遅れて届く」と。それは二回目の〈時間跳躍〉で立証できた。だから、私はあの時に「お前を攻撃しない」ようにした」
唖然とした……というか、欠陥ありすぎではないか、『権能』とやらは。仁大自身、無敵と思ってた自分の能力の思わぬ欠陥にわなわなと震えていた。
言い方や視点を変えれば回避できるなんて、能力系の制約に該当するとはいえ、実際に見てしまうと屁理屈感が濃厚すぎる。
死神さんは過去に遡り、仁大が必ず「死神さんの攻撃に合わせて〈遅延〉を発動する」事を確認した。入念に、三回も時をかけた。恐らくだが三回の間、『権能』に言葉の綾が通用するのも確認したのだろう。
私の想像の域に過ぎないが、どうやら私の彼への評価は間違ってなかったようだ。
死神さんらしく生真面目に、時間を無駄にせず、効率的に『権能』を使用した。
「行動に制約を掛けたいのなら、『燃費』が悪くなろうとも「敵の行動を〈遅延〉する」と言ってしまえばよかったのだろうがな。ケチったお前が悪い」
「ふ……ふざけんな! ガス欠なのはお前も同じだろう!?」
うーん、置いてけぼり感が凄まじい。
私の拙い理解力で強引に解説するなら、能力は『権能』と称されている。
『権能』の発動には『燃料』らしき何かがいる。
仁大が持つ『権能』〈遅延〉は、行動や具象の発生を遅れさせることができる。
時間に関連する項目にほぼ干渉出来る強力な『権能』だが、代償として『燃費』が悪い。
行動の一切を遅れさせ一方的に反撃できる能力だが、問題なのは保有者の頭がお粗末というか、自分が持つ能力以上の能力を持たされている点だが。
ゲームでもバランスを崩壊させないために、強い能力には制約やら欠点を付加されるが、所有者の性能まで加味されるみたいだ。
そこで槍玉に上がるのは、死神さんの『権能』だ。
〈時間跳躍〉――過去への跳躍、字面からも察せるが過去に遡れる『権能』。
「残念ながら、私の『権能』は極々低燃費でな。まだまだ発動可能だ」
自分だけが過去に遡れる力を持っておきながら、死神さんの『権能』は低燃費らしい。……基準はわからないが。しかし仁大を例にして考えると、強力な能力が低燃費とはこれ如何に、となってしまう。
過去を遡ってその後の結果を改変が可能なのだ。それも何度も使用可能であれば、回避不能な初見の攻撃すらも余裕で避けることができるだろう。
「幽香、すまないな。突飛な状況下で置いてけぼりをくらってるだろうが、今しばらく待ってくれ」
涼やかな語気から余裕が見て取れる。
私が首を縦に振ると、仁大に首を向きなおした。再び大鎌を構えて。
「悪いな、仁大丹治。その首、貰うぞ」
「チクショウ……チクショウチクショウチクショウ!」
チートだろうがふざけんな、言外にそんな感情が見て取れる。
実際私もこんな状況だったらその言葉しか出ないだろう。
「テメェなんぞに……狩られてたまるかぁっ!」
往生際が悪いというべきか、往生しているので形容に困るが、ツヴァイヘンダーをやたら目ったら振り回して近寄らせない。腰を地につけている状態でも、腕力任せで振り回す剣戟の威力は衰えていない。
死にかけの者程危険とはあながち間違ってはいないようだ。
「もう一度、往生しろ!」
一歩踏み込み剣の持ち手を大鎌の側面で叩いて剣を落とし、湾曲した刃を後頭部側に回して首に当てる。
そのまま引き切れば、一切合切を終わらせることができたかもしれない。
が、死神さんは動かなかった。物理的に顔が見えないから、何を考えているかも分からなかった。
「つっ……何がしてぇんだよ、テメェは?」
然しもの仁大も一言。情け容赦をかけているのか、このまま逃げればもう追わないとでもいうのか。
「舐めやがって……!」
感付いた仁大は、当然業腹ものだろう。
傍らに落ちたツヴァイヘンダーの柄に埋まった時計を取り出し、再び蒼い炎が時計に収束されていく――〈遅延〉が発動したのだ。
先ほどまで痛みで動けてなかった体を素早く起こして飛び退いた。
「傷の痛みの感覚と悪化を〈遅延〉……クソがッ! 治ったら覚悟してやがれ! お前の所にそれを取りに戻ってやらぁ!」
捨て台詞を吐き、フードで顔を隠すと、姿が消えていく。
死神さん同様、空間から削除される消え方をしていた。
「あ……居なくなった」
「……去ったか」
深い、深いため息。
ぐらりとよろめく。
大鎌を杖代わりについて、死神さんは崩れかけた体を持ち直す。
「久々に……ハッスルし過ぎたか」
「ともあれ、お疲れ様ね。死神さん」
死神さんはピースサインで私の言葉に応えた。
ご拝読ありがとうございました。
『権能』は基本的にほとんどが時間操作系ですが、今後いろんなのが出てくると思います。