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時狩の死神 ‐タイム・リーパー‐  作者: いざなぎみこと
第一章 幽霊少女と時狩の死神
16/29

#15 私と『権能』

 花の香りとほのかに灯る光を楽しみながら本を読む――良い雰囲気だ。


 死神さんが『時狩』に出てから、私は普段通り掃除を済ませた後、久しく読み進めてなかった本を消化していた。

 今日はあいにくの曇天。普段の光源たる月明かりが無い。なので、死神さんが持ち込んだアロマキャンドルを灯して本を読んでいる。

 

「意外と女性的な趣味なのねー……」


 コーヒーは花の香りに合わないかなと思って今は紅茶を飲んでいるが、中々調和がとれていていい感じだ。

 パラパラ、と本をめくる音が静かな室内に花を添える。

 時計のチッ、チッ、と時を刻む音も相まって、心地よい気持ちになれる。


 ぼんやりした明かりに照らされた文字を目で追う事何分経っただろうか、五十八ページくらい捲った後だろうか。

 一瞬だけ、珍しく存在する部屋の光に、外の物体が影となって映し出される。


 おかしいな、首をかしげて窓を見ると――。


「なに、あれ……」


 夜目は利くので外の風景は、僅かな明かりや街の夜景に照らされるくらいで十分見える。……見えない方がよかったのかもしれない。

 私が視た物、それは夜空に溶け込んでシルエットが見えない二つの人影――UMA(未確認動物)の類かと眼を擦るが、片方は何時もよく見る姿だった。


「……隣は誰?」


 街のビルを蹴って速度を保ちながら滑空する影は二つ。

 一つは仮面の死神こと、大鎌を片手で携えている「死神さん」だった。もう一つは顔をフードで隠して大剣を背負っている黒マント――ベクトルは違うが、闇夜を駆けるさまは死神っぽくはある。


 二つの影は滑空速度を少しずつ緩やかにし、家の屋根の上を通り過ぎていく。玄関前の駐車場方面の窓に向かうと、ヒーロー着地をしている死神さんが目に入る。その後ろで同じく着地したフードマントは、ウザったそうにフードを脱ぎ、死神さんに睨みを利かせた。


「到着だ」

「ああん? なんだここ、狭っちい場所だな」


 何だこいつ。勝手に人の家の庭に飛んできて、最初に発した言葉がそれか。


「おかえりなさい、死神さん。で、誰? そこの失礼な厨二二号は」

「ち、厨二二号!?」

「私と同じ、『時狩の死神(タイム・リーパー)』だ。名前は仁大丹治。上から読んでも下から読んでも「じんだいだんじ」だ」


 なるほど、この男が死神さんが懸念していた第二の『時狩の死神(タイム・リーパー)』か――いや、待て待て待て。なぜ、家主たる私の許可なく、そんな危険人物をこの家に連れてきたのだ? この男は罪の無い無垢な子供を手にかけた屑やもしれないのだ。


「既に、コイツは関係ない奴含めて五人の時を狩った。私の目の前でな」

「んで、こいつが広い場所で戦うっつって、ついてったらここに来たってこった」

「アンタは喋らないで。ここのどこで戦うのよ」

「駐車場のスペースがあれば十分だ」

「えっ、狭くね!? ここの駐車場あそこの料亭よりも狭いぜ!?」

「死神さん、遠慮はいらないわ。切り刻むのを許可する」


 急に変わった私の声のトーンに、仁大丹治という男は狼狽える。話す言葉の一つ一つが失礼で、さすがの私もイラッときた。

 先ほどまで、夢心地な完璧空間での読書をしていたのも加味され、私は仁大という人物に対して好印象を何一つ抱けなかった。

 この際私の家で戦う気満々なのは、まあ良しとしよう。


「ただし、お願いだから家は壊さないでね。そこの茶髪の人も」


 仁大は私がジトーっと見たせいか、居た堪れなさそうな表情で視線を逸らす。それっきり、死神さんと正対して両手剣を担いでいる。

 傍にあった安楽椅子に腰かけて戦況を眺めることにした。お互い睨み合い出方を探っている。……しばらく経っても始まらないので、私が手を上げると急に身構えだした。


 ――あ、なんだ。仕切ればよかったのね。

 いつの間にか審判に任命された事を察した私は、やれやれと思いながら高く振り上げた腕を下す。


「では、はじめ」

「シャアッッ!」


 まず動いたのは仁大――容赦なく振り抜いた両手剣ことツヴァイヘンダーには、死神さんの大鎌同様アンティーク調の懐中時計が埋まっている。鋭い切っ先は、避けたはずの死神さんのマントを空気圧だけで軽々切り裂く。


「遅ぇ! 遅ぇ遅ぇ遅ぇぇぇっ!」


 狂気を振りまきながら両手剣を振るう仁大は、剣技に無縁の人生を送ったのだと一目で分かった。

 足取りや動きの所作が豪快というか不規則で、素人目から見ても素人のそれに見える。

 ただ、『時狩の死神(タイム・リーパー)』共通の特性として、通常の人間とは比べ物にならないほどの肉体の出力があるようで、一メートルを超える刀身の両手剣を軽々と振り回している。


「ふっ!」

「シィッ!」


 ガギィィィン!


 尋常ならざる速度で大鎌とツヴァイヘンダーが打ち合わされ、蒼い火花――『時間』の残滓(ざんし)だろうか――が飛び散る。

 甲高い金属音が響き、私は耳を塞ぐ。


 双方とも得物は長く重いが、ことスピード感ある打ち合いだった。

 長身痩躯な死神さんは、上背とリーチがあるので攻撃範囲は広いが、大鎌の特性として刃にあたる部位が内側になる。そのため斬撃の軌道と決まる角度は限定される。

 対する仁大は小柄だが、武器自体のリーチがあるので体格のリーチ差が帳消しになっている。振る速度も速く一撃一撃が重い。


 有り余る膂力を持つが故に片手で振り回せる――得てして懐に潜り込まれやすい長いリーチのデメリットを、攻撃の回転速度と範囲の密度でカバーしていた。

 下がりながら範囲攻撃染みた剣戟を回避するが、スペースは自分の家ながら広いとは言えない。森の木々がこれ以上の後退を許さない。木に背中をつけた死神さんが背後を見た瞬間、仁大は素早く近寄って切り上げを放つ。


 が、刃は切り上げたのは木だった。死神さんの姿は既にそこには無かった。


「残像だ――一度言ってみたかった!」


 一瞬の『霊体化』で視界から消えて背後で出現、大鎌の柄で側頭部を殴りつける。

 軽くよろめくがパフォーマンスに影響は無さそうで、好戦的な目が一層ギラギラと輝く。


「しゃらくせぇ!」

「見切った!」


 振り向きざま切りかかる仁大の刃を、角度をつけた大鎌の腹で滑らせる――『Another One』でもあった固有スキル〈受け流し〉に似た技術だった。

 さすが厨二ゲーマー。やろうと思ってやることじゃないのに、土壇場でよくやるものだ。


 「見切った」――言葉通りに完全に懐に潜り込んだ。

 仁大の体はツヴァイヘンダーの重量と遠心力に負けて泳いでいる。如何に強大な力を有しても所詮素人、一瞬の隙は作ろうと思えば作り出せる。


「一度試してみたかったことがあったんだ――『誓約』に縛られた『時狩の死神(タイム・リーパー)』の時を狩れるのかをな!」


 ――『誓約』? 誓いってなんの?

 唐突に飛び出た単語が耳に入り、思考に気が取られる。

 その間には、死神さんの大鎌の黒い刃が逆袈裟に振るわれた後だった。


「痛ぇっ!?」

「……浅いか」


 歯噛みした死神さん。軽鎧に阻まれて深く刃が入らなかったようだ。

 軽鎧の一部が削ぎ取れ、黒刃に鮮血が薄っすら塗られる。


「浅いが、狩れるようだな。『実体』であるとはいえ、本質は『霊体』な奴から血が出るとは思わなんだが」

「すぐに……テメェは細切れにしてやんよ!」


 一層の怒りを目に宿し、仁大は片手から両手持ちに握りなおして両手剣を振り回す。

 威力は増した。風圧が遠く離れている私の元まで届くほどだ。


「やはりお前は中途半端だ」


 初撃の横薙ぎをしゃがんで回避した死神さんに、狙いすました振り下ろしを叩き込もうとするが、柄を思いっきり腹に突き刺す。

 振り下ろす勢いに合わせて押し込んで腹に食い込んだ。堪らず口から息と唾を漏らして後退する。


「人の『時間』を狩ったのだ……お前も狩られる覚悟はあるだろう!」


 首を刎ねる構えで距離を詰める――千載一遇のチャンスであることは私でもわかる。

 それでも、一抹の不安がぬぐい切れなかった。私は背筋が軽く寒くなる。


 考えなしに突っ込むタイプではないのは、死神さんと一緒にゲームをやってて何となく知っている。

 大事な局面でこそ熟考し、自身の中での最適解を導き出す。トライアル&エラーを繰り返し、効率の最も良い手段を用いる。


「これで終わりだ!」


 だからこそ、この突撃は無謀に見えた。

 そもそも、死神さんだって分かってるし、知っているはずなのだ。この雰囲気と状況が如何に危険かを。

 どんでん返しは何時でも勝利目前で訪れる――勝利フラグの恐怖と脅威を。


 腹をどつかれた仁大は苦悶に喘いで俯いているため顔が見えない。加えて辺りは暗い。

 相手の様子の変化が見て取れない以上、死神さんはこのまま首を刎ねることを止めないだろう。というか攻撃モーションに入っている時点で止めようもない。


 

 私の心配をよそに、今まさに大鎌に体重を乗せ、仁大の「首を刎ねる」ために、死神さんは咆哮と共に大鎌を振るう。



 その時、伏せていた仁大の顔が上がる――口の両端を吊り上げ、「掛かった」と言わんばかりの表情は、狂気に呑まれているとしか思えなかった。

 手が蒼く輝きを放ち、ぼんやりと顔を照らす。まさしくそれは、死神さんが持つ『時間』を取り込む時計と同じものだった。



「『権能』解放――〈遅延(ディレイ)〉!」 


 高らかに宣言した仁大の手元で、懐中時計の時針が廻りだす――時計から漏れ出る『時間(蒼い炎)』を取り込み、収束し、蒼い光を解き放つ。

 ピタリ、と死神さんが静止する。大鎌を構えて振り抜く姿勢のまま、死神さんの行動全てが停止した。



「お前の攻撃は「三分後に遅れて届く」――ハハハハハハハッ! 俺の勝ち――ッがぁッ!?」



 懐中時計を両手剣の柄に埋め込み、仁大は勝ち誇って嗤った。が、その哄笑はすぐに聴こえなくなった。



「『権能』解放――〈時間跳躍(タイムリープ)〉――『時狩の死神(タイム・リーパー)』はお前だけではない」


 大鎌の刃が深々とみぞおちに突き刺さる。

 吐血した仁大を一瞥し、死神さんは刃を力強く引き抜く。


「今度こそ終わりだ。仁大」


 鮮血を義手のサラシで拭い、死神さんは大鎌を収めた。 

 ご拝読ありがとうございました。


 よろしければブックマーク・評価・感想等よろしくお願いします。


 執筆のモチベーションが上がります。


※2018/02/12更新追記

 タイトルと本文最後の展開を変更いたしました。

 仁大の『権能』によって停止した状態から、死神さんの『権能』効果が発動した文章に差し替えてあります。進行の都合上変えさせていただきました。

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