#14 死神さんと元後輩
「……恨み事を吐き出してくれて申し訳ないが、私は北原白夜ではない」
「あぁっ!? そのクソ慇懃無礼な話し方……人を見下したクソ上司と同じだろうがぁっ!」
横たわる死体を気にせず二メートル近い刀身を振るいまくると、畳やテーブルを吹っ飛ばされる。空を舞う料理を口でついばみながら避ける。軌道自体は単純で、ただ速いだけの素人剣術だ。
「舐めんな! 気障厨二病野郎が!」
「お前も大概だ!」
重く速い二連撃を大鎌の柄で腕を叩いて軌道を逸らす。
私だけ厨二呼ばわりされるのは心外だった。
黒いフード付きマントで顔を隠し、両手剣用の黒革の鞘を背負って、銀の十字架に指輪。茶の動きやすそうな材質のズボンに動きを阻害しない程度の軽鎧にブーツ――ラノベでよく居そうな格好だ。
口が悪いのが減点対象だが、概ねラノベ主人公の法則「目立たない・黒い・剣を持っている」と水準を満たしている。
目の前の男――「仁大丹治」が先刻から話題に出す「北原白夜」は、奴の先輩にあたる人物だ。
なぜそれを私が知っているかというと、この男は私の後輩でもあるからだ。
『DEFOLIATION』で働いていた際に、短大を中退して入社してきた男で、直轄は私の恩師たる國光さんが担当していた。
イケイケな性格の男で、口調は軽いし言動もマナーも社会人としてはまだまだ。大学の浮かれた気分が抜けきっていないし、仕事の出来も及第点以下――これが私の評価だった。
北原白夜は國光さんの同期であり、私自身もあまりその男に良いイメージは無い。
性格を一言で表せば「小心者」であり、國光さんよりも役職は上だが、能力が到底足りてない。陰で「さっさと國光さんと代わればいい」などと囁かれていたほどだ。
広い社内と言えど何時しか陰口は広まり、彼の耳にも入っていたようで、溜まったストレスを後輩への嫌味に転化していた。その対象によくなったのが、私と仁大だった。
北原の末路は――というよりも、『DEFOLIATION』は私が社長の時を奪った時点で倒産した。一応倒産時点での路頭に迷った人たちの末路は確認はしたが、誰かが死んだとは聞かなかった。だが、仁大の口ぶりからは北原も死んでいることが分かる。
運命の因果というべきか、仁大や北原が死んだ理由も、執着した理由も分からないが、今ここに居るのは北原への復讐心だろう。行き場が無くなってる分暴走といったところか……みみっちいと言うべきかなんというか。
「悪いが貴様が求めているターゲットとは別人だ! 分かったらとっとと剣を収めろ!」
私の正体に気付かれない内に、戦いを収めようと距離を取って武器を仕舞うように促す。が、お構いなしと攻撃を続ける。
「なんでてめぇなんぞの言う事に従う必要がある!?」
「無茶苦茶だな……!」
より一層のスピード&パワーで振った一撃は、バッサリと柱を切り裂いていく。
『実体化』の状態であれば、現世の物質に完全な干渉ができるため、人外の力を渡されてしまった私達ならば造作もないことだが、困ったことが一つあった。
避けた所で斬閃が消えないわけではない。今の一撃でこの場の天井が崩落寸前まで脆くなっていた。
「貴様! 従業員まで殺す気か!?」
「知るか! 誰が死のうが関係ねぇ!」
私自身、この建物が倒壊しようが『霊体化』すれば回避は容易だが、実体ある旅館の従業員はそうはいかない。突然建物の柱が切れて潰される――私であれば確実に浮浪の霊になるシチュだ。
しかも責任を誰も取れない。「鋭利な刃物で柱が切られた」――柱の断面は三十度の傾斜で断たれている。こんな物を見たら、遺族も建設会社に手抜き工事を示唆できない。
人為的犯行としか思えない。が、決して行った者は現れない。
何故なら「人」為的ではなく、「霊」為的なものだから――。
「貴様がその気ならば――」
私は殺人鬼になる覚悟はある。だが、あくまでも命に対しては誠実に――自分の中の『誓約』がそう囁いている。奴のように不必要な殺生をする気はさらさらない。
『時間』は回収した。好まない結果に終わったが、ミッションコンプリート。この場に留まる必要はない。なら、この宿からはもう立ち去っていい。
「小旅行に付き合ってもらうしかないな」
『霊体化』して大きく跳躍する。体重の概念が無くなった私は、加速をつけて空に舞い上がる。
同時に大鎌の柄を仁大のマントに当てて強く捩じり込む。
「ぐえっ!?」
跳び上がった勢いが乗っているからよく絞まる。
ギリギリ、と首を絞めつけられる感覚に悶える仁大は、堪らず『霊体化』して潜り抜ける。
「がほっ! がはっ! この……野郎があっ!!」
衝撃でフードが外れて、久しぶりに仁大の面を見る。
地毛と申告した茶髪をワックスで整え、耳には透明な石があしらってあるピアスをしている。
端正に整った顔に似合わない、宙に浮く私を睨み付けるその眼は、従順な世界を嫌う反骨精神に満ちている。
私生活は置いておくと、この男は実にいい素体であると言えよう。世に言うイケメン、という奴か……なぜ私の身の回りはイケメンが多いのか。
「私についてこい」
「だから、なんでてめぇの命令を聞く義理があるんだっつの?」
「決着をつけてやる。ここは手狭でやりにくい。……私自身も貴様の力に興味はある。こうなってから『時狩の死神』になった奴を見たことが無いからな」
「……へぇ、面白いじゃん。確かに、ここは得物を振り回しにくいからな、良いぜ。乗った!」
――扱いやすいなこいつ。
仮面の奥では心底驚いた表情が張り付いているだろう。
私の提案は、言ってしまえば私にしか都合があっていない。「力を見る」の一文だけが仁大の都合にあっていたとしても、普通は有利な場所に連れていかれる事を想定するか、或いは罠を警戒するだろうが……。
「……貴様も飛べるだろう?」
「当たり前だろ?」
二つ返事で仁大は、振り返って跳躍した私の後ろについてきた。同じようにムササビ式滑空スタイルだ。
「……良い機会だ」
「あん? なんか言ったか?」
「黙って飛んでろ」
独り言にはやけに反応が良い男を無視して、私は「幽香の家」に進路を定めた。