#13 死神さんの潜入任務
二日間、死神さんは毎日来てはいたがどこか心ここにあらずって感じだった。浮ついた気持ちというよりかは緊張感があるのだろう。
現在は『Another One』のプレイ中で、たった今確定パリングを思いっきりスカした。
「前の時狩の時もこんな感じだったの? プレイにまで影響してるわよ」
「……前はもっと酷かったな。演説内容を考えて覚えるのが特に」
「カンペ無しって……あんなのカメラの死角の壁に貼っておけばよかったのに」
「演説は覚えてからが大事なんだ。皆の感情に訴えかけるのに、カンペ見ながらなんて誠意がないだろう?」
生真面目だなぁ、と思いながらも私の〈魔法〉キャラの『至高の魔弾』が、青紫の閃光と共に大斧を持った敵に直撃する。大斧のモブは灰になって消える。
途中でステ振りを魔法及び氷属性の威力を上げるステータスの〈理力〉一極集中型に変えたので、ダメージは四桁にまで上がっている。ただし、被ダメージが増すデバフ付きだが。
「ナイスヘルプ」
「ま、緊張感皆無でも困るけど。ゲームも、『時狩』も」
「……馴染んだな、私に」
「順応大事」
私の会話で気を取られたのか、はたまた私の反応に困惑したのか、再び確定パリングのタイミングを外した。……今夜本当に大丈夫だろうか?
「本番には強いから安心してくれ」
「……ほんとかなぁ?」
結局この後二三度『ダスト(経験値、資金を兼ねる素材)』をロストしたのだった。
「……きっと大丈夫だ!」
「はいはい、頑張れ頑張れ」
さすがにパフォーマンスが酷過ぎたので、頭を軽くポスポス叩く。
「なんだろうか……どうにも普段の自分と違う気が……」
「今更過ぎる」
私の言葉に頭を抱える。とりあえず自覚はしているだけいいというか。少なくとも、冷静沈着な死神さんは見る影もない。
「……期待し過ぎるとダメになるのかしらね」
「かもしれん」
「じゃあ期待しないで待ってるって言った方がよかった?」
「それは少し悲しい」
「面倒ね、貴方」
そこまでは付き合いきれないので、と普段なら突っぱねてたが、最近は私の方こそ甘え気味だったので、私は死神さんにしゃがむように促す。そして何度も彼にされたように頭を撫でる。
「立場逆転ってね」
「……本当に心配をかけているな。私は」
「再三今更過ぎるわよ……いってらっしゃい、死神さん」
「ああ。いってくる。ここでフラグを建てるような言葉はいらないな」
「軽口叩けるなら大丈夫ね」
死神さんは空間に透過して、何時もと同じように消え去った。
またどうやってるのか聞き忘れたが、帰ってからにしよう。
高級旅館【北の雪月】――私は一時間ほどで辿り着いていた。
現在は入口の前でいそいそと準備をしている女将の隣で、『霊体化』しながらターゲットを待っていた。
ちなみに私は跳べる。「飛ぶ」ではなく「跳ぶ」だ。
普通の人と何が違うかというと、跳躍の高さが段違いなのだ。無重力空間でジャンプするくらいの具合で跳躍できるので、高度を確保して滑空したらかなりの速さで移動できる。あとすげぇ楽しい。障害物にぶつかる事はないので、楽しみながらムササビごっこができる。
時間は午後六時五十八分、予定では残り二分でターゲットが来る。
雑念や浮ついた心はなりを潜めている。これから罪の有無あれど人が二人は死ぬ――誠実に向き合わねば命に対する無礼であり、冒涜だ。
目を閉じて待っている。隣の女将も時間が近づくにつれて真剣な表情に切り替える。愛想良く、親しみやすい柔らかな笑みには、プロ意識が滲み出ている。
こんな上等な宿に一度たりとも来たことが無いから、ここがどれだけの等級に値する旅館か分からないが、少なくとも今まで泊まった安宿と比べるのが失礼である事は私でも分かる――そんな感じだ。
ブロロロロ――静かな旅館に聴こえる車のエンジン音。
カッと目を見開くと、隣の女将もカッと目を見開いていた。ちょっとビビった。
雪月花を表現したような着物をした姿は絵になるくらいに凛としている。ほうれい線やら小皺やらが刻まれた顔から判断できる齢は八十か九十か。しかしながらもその佇まいは、老いを感じさせないどころか、溌溂としたオーラを放っている。
――まさかこの婆さん……視えているワケではないだろうな……?
馬鹿みたいな妄想をするくらいには元気すぎて恐ろしかった。
「お待ちしておりました、鳩原様、小橋様」
失念している内に扉が開いていた。
立っていたのは白髪壮齢の男と褐色肌で長身の男。黒のショートヘアの女性と赤茶のポニーテールの女性が後ろで立っている。秘書だろうか。
年齢と面の良し悪しで判断して、壮齢が鳩原、褐色長身が小橋だろう。
「どうも、小橋兵十郎と申します。鳩原さん、すごい旅館ですね、ここは」
「ああ、ここいらでトップクラスだ。久しぶりだな、九条。今日も旨い酒と肴を期待しているぞ」
「ありがとうございます、ではこちらでございます」
九条と呼ばれた女将は、手荷物を預かった随伴の女性四名を連れて二人と秘書を案内していく。
失礼しまーす、と心の中で礼を入れて最後尾からこっそりと付いていく。
一つ前に居た女性秘書の肩を指で小突くと、不思議そうな表情で後ろを振り返るが、当然何も見えないだろう。私は「命」のポーズをしていたが、首をかしげて前を向きなおす。
……ちょっとむなしかった。こんなくだらない悪戯をしたのは何年ぶりだろう。
後をついていくと、程なくして一室に辿り着く。
それはそれは見事な和室……というと、どうにも私の語彙力不足だろう。ただ残念なことに、私にはそこまで語りつくせるだけの造詣が無いのが悔やまれる。
強いて言うなら過度な装飾を避け、詫び錆に富んだ一室――素人でも思い浮かび、入るだけで日本人の気分が味わえるような和の空間だった。
それから一時間、見てると腹が減って仕方ない光景を眺めさせられる羽目になる。
フグやらカニやら、鍋やら焼鳥やら……日本酒が進みそうな料理がずらーっと並んで。心の底ではこの時点で大鎌を振りかぶりたくなったが、ともかく私の矜持としてまずは罪の告白をしてもらわねばならない。
そのために奴らの告白を待った――くるるるーっ、と物欲しそうにさえずる腹の虫を抑えながら。私に胃はもう無いけど。
だが、告白の時は訪れなくなる。
四人がこの場に相応しい人物かというと、決定付けて相応しくないとは言えない立場の私だが、そんな私でも不釣り合い、不相応だと思える無粋な声が響いた。
「なるほどなるほど、政務活動費? とやらで随分どんちゃん騒ぎしてらっしゃるなぁ?」
半分意識を虚ろにしていた私は、その声で我に返る。
最初は空耳かとも思えたが、その場に居る者の顔を見ると、慌てて周囲を見回し始めていた。あまつさえ、女将の九条に「なんだ今の声は!?」などと聞き返している始末だ。
声の方向は掴み損ねた。ボケた声質に加工されている上、完全に失念していた――私以外の『時狩の死神』の存在の事を。
「てめぇらみてぇな奴らは――死んじまえばいい」
庭の枯山水から薄っすらと影が迫ってくる。
両刃の大剣――所謂ツヴァイヘンダーだった。
その影は大きく振りかぶって大剣を振り抜くと、しゃがんで回避した私以外の体を肉厚の刃が通り抜けていった。
「――これは!」
私自身がやって見せたから何よりも知っている。
この現象は『時狩の死神』が用いる得物にのみ現れる現象――人の『時間』のみを狩る一撃。
「な、何が起こった!? おい九条、これは何の演出だ!?」
つい焦って『霊体化』の維持を解いてまで回避した私は、ちょうど末席に立ち尽くす形で佇んでいた。無論、時計をあしらった仮面にマント姿で、だ。
不審者が何も無い空間に突如として現れる珍事に、鳩原だけでなくその場に居た全員が驚きの声を上げる。だが、その五人とも、表情はすぐに苦悶に変わる。
「俺の目的は「成功者の時を奪う」――てめぇら全員俺の糧だ!」
身体から具現する蒼い炎を見た者から、急激な老化現象が始まる。
皮膚が縮み、関節が軋み、痩せこける。各々が周りの変化に恐れ、慄き、自分の変わり果てる姿を想起し、叫び泣く。
「そして……まさか、同業者がこんなところに……っとぉ!」
ツヴァイヘンダーを軽々と振り回す。大鎌の刃を打ち当てると蒼い火花が散る。
第一に浮かんだ感想が「折れなくてよかった」だ。正直身に余る衝撃だった。受け止めたのは半ばラッキーともいえるだろう。
鍔迫り合いというには些か私の体の距離が近すぎたが、身体に押し付けようとする刃を押しのけながら、私は核心を問いかける。
「貴様も……『時狩の死神』か?」
「あ……? ああそうだろうな、そしてその喋り方……忘れねぇぜ。俺はてめぇを探していた!」
「死してなお、恨みを買うとは! 私も随分罪作りな男だ!」
刃を払いのけ、柄尻で突いて距離を取る。
既に『時間』を狩られた五名は、カラカラに乾いた物言わぬ屍になっていた。死体の上には、回収を待ち望むように『時間』が灯っている。
正面に視線を戻すと、男は片手で力強く『両手剣』を構えている。
私が男を見たと同時に、私に語り掛けてきた。
「俺の名は仁大丹治! 久しぶりだな北原白夜! やはりお前も『時を狩る死神』になっていたと思ったぜ!」
「仁大丹治……だと? ――いや、ちょっと待て?」
私は首を傾げた。この男が言った名前に対して。
ご拝読ありがとうございました。
死神さんの名前がとうとう……?