#12 私への『時狩』報告
「今晩は、幽香」
「ええ、今晩は。死神さん」
月明かりの元、私はベッドに腰かけて本を読んでいた。
『WWⅡを生き延びた爺さんの異世界ガンスリンガーライフ』という、直球且つ異世界の組み合わせと最もかけ離れている齢九十七歳の爺さんが、戦時の愛銃を魔法で加工して魔獣やら魔王を蜂の巣にしていくライトノベルだ。
「……最近異世界物が増えたな」
「誰もが転生したいのよ。できる事なら、こんな世界じゃなくファンタジーな世界にね」
自嘲気味に私は笑う。私達の境遇からしたら、こんな発言出てもしょうがないだろう。
数秒の無言の後、私が本に目を落とすと、死神さんは口を開く。
「次の『時狩』が決まった」
――その一言に、本を取り落としかける。
ゆっくり、動揺を悟られないように首だけを向ける。
「……めっちゃくちゃ動揺してるな」
「そんなこと……」
ギギギギッ、と錆びたロボットみたいに首を向けるのを見れば、そりゃ動揺していると思うよねそうだよね。
コホンと咳払いして私はターゲットを聞いた。
「現職の衆議院議員の鳩原三人と小橋兵十郎――場所は小樽のとある料亭だ」
「……プランはあるのかしら?」
「無い。それに今回は失敗も念頭に入れている」
「どういう、こと?」
死神さんは今日の昼間にあった事の顛末を話した。
自分の他に議員の情報を貰っていった存在が、『時狩の死神』の可能性があることを。
「なる、ほど。……もし出会えばどうなるのかしら?」
「さあな。戦いになるか、和平解決するか、全く分からん」
「こう言っちゃなんだけど、そもそも戦えるの? リアルに長身痩躯って言葉がお似合いだけど……?」
「……これでも筋肉はあるからな?」
と言って大鎌の刃を下に向けて私に差し出す。
真っ黒な布でぐるぐる巻きにされた鎌の柄を握ると、死神さんは手を放す。
と同時に重量の均整が崩れて私の方に倒れてきた!?
「――重っ!?」
「重さは二十キロの浪漫武器だ。これを映像レベルで振り回すことは容易だ」
「分かったからとっとと退けてってぇ!」
ベッドの敷布団に背中が埋まっている。
腕を挟んでいるが二十キロの荷重が細腕に掛かると大層痛い。柄が細いから重量が集まってまた余計に痛い。
死神さんは微笑みながら、ひょいと大鎌を片手で持ち上げる。
「うぇててて……腕の骨が折れるかと思った……」
「すまない、家事はやってるからそこまで派手に転ぶとは……」
「身体の成長は十三歳で止まっているのよ……非力な少女なんだから」
「あ、んんっ、そういえばそうだったな」
何故か「十三歳」で軽く動揺を見せた辺り、今更犯罪臭漂った関係性なことを思い出したのか?
……奇遇だなぁ、私も今更気付いた。
「ま、まあ、うん。貴方は意外と強いってのは分かった気がする」
「うーん、釈然としない」
死神さんはそう言って大鎌を軽くクルリと回してみせる。
遠心力で風圧が発生し、私の前髪が巻き上がる。私がきょとんとしていると、満足気に大鎌を持ち直す。
生真面目だけど意外と自己顕示欲が強いのだろうか?
「それで……私はどうすればいいのかしら?」
「この家で成果を待ってくれればいいさ。きっと大丈夫、『時間』がもう二つ増える」
「……なにか手伝えないかしら」
「大丈夫、私を信じて待ってくれればいい。君の想いと祈りが力になる……なんてな」
カッコつけた言い回しに本人が恥ずかしかったようで、急に私から顔を背けた。月明かりと夜目が効いてる私には、微妙に長い黒髪から覗く耳が真っ赤になっているのが見えている。
面白かったので私はこう返してやった。
「ええ、貴方の無事と成功を祈ってる」
ベッドから立って手を握り、優しく笑みを浮かべてそう言うと、死神さんが固まった。
「…………」
「……どうしたの?」
長いフリーズ。溜めに溜めて一言。
「本当に……本当に……頑張れる気がする……」
「……そう」
さすがに引くレベルの反応をしてくれた。
私が軽く引き攣った笑みになったのを見て、ようやく我に返ったようだ。
「ん! んんっ! と、ともかくだ! 今日はその報告だけしに来た! というわけで私は失礼する!」
気恥ずかしさを隠しきれずに死神さんが消えた。
「……あの消えるのっていったいどんな原理なのかな」
この一週間近く疑問に思っていたことを口に出し、私はベッドにまた座って本を読み始めた。
思えば、久しぶりに夜を一人で過ごす。
ちょっとした物足りなさを感じている私がいたのは彼には言えないだろう。
ご拝読ありがとうございました
次回以降戦闘パートが出てくるかも……?