夢の中身はなんだろな(後編)
杏奈さんのリクエストは、お化け屋敷であった。
「俺らの女性陣、猛々しすぎ……?」という武志の総評をよそに、俺は聡美から釈明を迫られていた。
なんでも……フリーフォールに乗った際に、なけなしの勇気をはたいてピースを何度も向けたらしい。しかし、俺からはまったく反応がなかったので、それが気にくわないとのこと。
まあ要するに「修介のくせに生意気だぞ」ということなのだが、そんなことは口に出せない。
「あんなに高いとは思わなかった……聡美は凄いよ、本当に凄い」
渾身の言い訳に対し、聡美は顔を真っ赤にして「もういいよ、次いこ」と早々に切り上げてくれた。
また、お化け屋敷への道中、俺達は遊園地にそぐわぬ瓦礫を見つけた。
砕けたコンクリート、横倒しになった看板、へこんだ鉄パイプ、その他色々。
「これは、アトラクション……ではないよな」
「誰かのゴミでもなさそうだよね~」
不思議がるリア充カップルに対して、聡美がさらっと答える。
「あの地震の残骸じゃない?ほら、冬に起こった大きいやつ」
ぞわり。
「でもあれって、もう一年半経つだろ?ずっと、残したままってのもな」
「まあ、維持費とかで片付けどころじゃないんでしょ」
「せめて、目につかないところに置こうよ~」
そう、一年半だ。
忘れもしない。あの日の一週間後に、地震が起こった。
・
『アトラクション名「監獄からの解放」
その名の通り、死刑専用の監獄に迷いこんだ我々が、経路を通って、外へと脱出することが目的である。
だが「解放」を目的とするのは、我々だけではない……』
「なんだこれ、すごく怖そう」
武志が率直な感想を述べた。
お化け屋敷の前の看板には、劇画調で化け物が描かれている。
これが「解放」されたがっているのだろうか。
「さ、さっさと行って、さっさと帰ろうぜ……」
「タケポン怖いの苦手だもんね~?」
武志は杏奈さんの腕を、いつもより強く握った。
クスクスと笑いながら、杏奈さんは早歩きで中に入る。彼氏の顔は引きつっているが、目には入っていまい。
「じゃ、行くね?」
大丈夫だ。怖くない。
あいつがいるわけがないのだ。
ハチ公でもあるまいし。
……。
自分を勇気づけながら中へと入っていく。
・
「監獄からの解放」は、イメージよりも随分と趣の異なるものだった。
入ってすぐに見せつけられたのは、銃殺刑であった。
看守がピストルを向けて発砲し、囚人を撃ち殺すところを檻越しで見せつけられる。
椅子に寄りかかったまま動かなくなった死体を、無表情の看守二名が運んでいく。
それが何部屋も、何部屋も続く。是非処刑を見てもらいたいという計らいだろうか。
処刑部屋が終わると、次は医療室だ。檻越しではなく、横断することになる。
監獄の医療室は酷く汚れており、生傷の絶えない囚人に、目の死んでいる医師が、灰色や緑色の混じった綿棒で処置を行っている。
そこかしこから、うめき声や叫び声が聞こえてくる。
進めば進むほど、症状は酷くなり、囚人は醜い姿になっていく。
苦痛の声もしなくなり、最後には呼吸音すらもしなくなっていた。
その奥には解剖室があり、囚人の部位(目や鼻、指、臓器など)が瓶詰めにされて入っている。
確かに不気味だ。本当にありそうな気がしてくる。
しかし……怖くはない。なんというか、忠実なドキュメンタリー映画を見ているような、そんな感覚。
ドキュメンタリーにはホラー要素がない……だから、死体が目を開けて飛びかかることもない。
さらに先に進むと、張り紙が一枚、壁についている。そこから先に道はないようだ。
何かの文字が書かれているようだが、掠れているのでよく読み取れない。
張り紙に近付こうと踏み出すと、泥のぬかるみに入ったかのような、奇妙な感触がした。
わっと驚いて、靴を見てみるが何ともない。ただのコンクリートの床である。
ほっとしたのも束の間、俺は悟ってしまう。
このお化け屋敷はずっと一本道だった。そして、張り紙から先に通れる道はない。
無論、武志と杏奈さんとすれ違ってもいない。
それでは、先に入った彼らはどこへ行ったのだ……?
張り紙に何かしらの情報が書いてあるのだろうか。
恐る恐る目の前まで近付き、目を凝らして文字を読んでいく。
張り紙にはこのように書かれていた。
『二人でいるから、安心するね』
・
「修介、お前……どうした?」
武志の声に返す言葉はない。
それは決して、現在マイナス三十度の極寒の地にいるからではない。
心はとうに絶対零度のごとく冷えきっている。
「そりゃ、あのお化け屋敷は怖かった。俺だって、大人げなく声を出しちまったくらいだしな。だからと言って、ここまでへこむことはないだろう」
武志に無理を言って、急遽、デートコースはアイスワールドに変更となった。
男勝りしている女性陣は、この選択に不満を抱いていたが、武志の弁舌のお陰で何とかなった。
だが、問題はそれだけではない……俺はもう限界だった。
武志にダブルデートの提案をされた時、俺は悪くないアイデアだと思った。こうでもしなければ、聡美との関係は遠からず破綻するだろう。
これからずっとこのままだと思うと、不安で堪らなかった。
無論、聡美による重圧もあったが、それでも仕切り直す為の手段として、俺はこのアイデアを買ったのだ。
「寒いね~」
「寒いだけでしょ……」
正しいと思っていた。
正しくなくとも、自信はあった。
あの張り紙を見るまでは。
「なあ、武志。お前さっき、声を出したって言ったよな?」
「ああ、言った。結構大きかったと思うが」
「どこで出した?」
「どこでって、処刑場だよ」
「随分と初っぱなだったんだな、俺には聞こえなかったが」
「そうだったか?」
「ああ、聞こえなかった」
「いや、そこじゃなくて……処刑場ってそんなに初っぱなにあったか、って話さ」
「……ああ、そうか。そういうことか」
「どういうことだよ?」
「お前と杏奈さんって出口で待ってたんだよな?」
「そりゃ当たり前だろ」
「俺が入口から出たことについて、どう思う?」
「本当に大丈夫か、お前。俺達と同じ出口から出てきたじゃないか」
「……最後に質問していいか」
「いいけど、聡美ちゃんと杏奈を待たせたくないから、手短にな」
「壁に張り紙ってあったか?」
「ああ、あったぜ」
「それ、何て書いてあった?」
「『二人でいるからって、安心するなよ』だろ?」
「……」
「その後に突然、看板に描いてあった化け物が出てきて、それで俺はギャーって……」
・
アイスワールドから出た俺達の間には、ぎこちない空気が流れていた。
武志は出口につくと、足早に杏奈さんのもとに向かった。
ガールズトークをしていた杏奈さんは、彼氏の表情の変化を読み取ったのか、笑顔を浮かべつつ、聡美から離れていった。
聡美は俺の方へと向かい、事情を訊いた。
俺は説明した……真相を何重にもぼかした上で、辻褄が合うように。この遊園地が変であることが、分からないように。
怖がりな武志に、俺が変なことを言ったせいで、不気味がってしまった……と。
次は俺がアトラクションを決める番だが、とても乗り物に乗りたい状況ではない。
考えた結果として写真を撮らないかと提案し、幸運にも聡美を含む全員が賛同してくれた。
「あっ、そ~だ。いいところがあったんだよね~」
杏奈さんの話に従い、十分ほど歩いていくと、見晴らしのいい場所に辿り着いた。
「確かに景色はいいわね」
「でも、他にも良いところあっただろ?」
「いやでも、この角度から撮ると……なんと、お城と観覧車が同時に入るんですよ~!」
観覧車だと……!?
「あ、確かに入るわね。ここいいわ」
「よく気づいたな。撮影場所は見てたつもりだったが」
まずい。それはまずい。
「ね、ねえ、別に観覧車は入らなくても……」
「「「どうして?」」」
きょとんとする三人。
返答しようとするが、理由が浮かばない。
口をもごもごしている内に、状況は更に悪化する。
「修介が決めたんだし、写真撮ってよ」
「あの……」
「俺のカメラを貸してやるよ。使い方はな……」
「おい……」
「わ~、楽しみだな~」
俺は立ち竦んだ。
セミの声、青空、強い日差し……あの時は、全てが逆だった。
空は鉛色で、雪が降っていた。虫も鳥もいなかった。
風景が歪み始める。
武志にカメラを手渡される。何とか持とうとするが、ぷるぷると震えてしまう。
カメラを覗くと、三人の姿が映った。
武志と杏奈さんと、それと……
観覧車の中にいるであろう、彼女の姿が。
「修ちゃん」
意識がぷつりと切れた。
次話でようやく元カノが登場。