夢の中身はなんだろな(前編)
「意外と大きいんだな、ドリームランドって……」
「どれに乗ればいいのか迷うね~」
高速道路を走るバスの中に、俺達四人はいた。後部座席を陣取ってダブルデートの作戦会議中だ。
白黒に印刷された裏野ドリームランドの全体マップを持ちながら、ああでもないこうでもないと三十分程話し合っている。
「でも、まあ。修介の言った通り、センスの古さは否めないかしらね」
印刷をした聡美が言うには、ホームページは素人が作ったような殺風景なものであり、ゴシック体の文章が一面にべったりと書かれており、そこに申し訳程度に画像が貼ってあっただけらしい。
スマートフォンで見ると見栄えが崩れるなんて何世代前の話だよ、などと愚痴を漏らしている。
皆の様子をうかがっていると、ふと武志と目があった。
「修介って乗り物酔いするのか」
「え、ああ」
俺の片手には吐瀉物を入れる為のエチケット袋が握りしめられている。
無論、この気分の悪さは乗り物酔いの為ではない。居心地の悪さと緊張によるものだ。
前に元カノと乗った時は、先頭から三番目の席だったか。
その時の話も、どのアトラクションに乗るかだった気がする。
彼女は「修ちゃんと来れただけで幸せ」と言っていた。
いつも通りの明るい笑顔だった。あの時は、色々と吹っ切れた後だったから、顔をまともに見ることができた。
本当に綺麗なやつ、と思った。
それと……いつ結婚するかなんて些末な話もしていたか。
俺は適当に相槌を打つだけで、勝手に話を進めてくれた。結局どんな結論になったのかも、よく覚えていない。
どうせ、すぐにおしまいになる関係だったから、どんな会話も覚えるだけ無駄だろう。
「ねえ、修ちゃん。私のこと、好き?」
無駄な話だ。
・
バスがトンネルに入った。ということは、もう少しで嫌でも視界に入ってくるはずだ。
「決めたわ。私はこれに乗る」
「聡美ちゃん決めるのはやいね~、私はまだだよ~」
デートの計画は着々と進んでいるようだ。
武志と杏奈さんがいれば、ひと安心だ。そもそも、もう一年半経っているのだ、出くわすわけもない……心底くだらない。
「まったく、忠犬ハチ公かよ……」
「誰がハチ公ですって?」
地獄耳の彼女はそれを聞き逃さなかった。
「それで、修介はどれに乗るか決めたの?」
「いや、まだだ……」
彼女は先延ばしにされるのが嫌いだ。
「もともとあなたと私のために企画されたものじゃない。それ、分かってるの?」
「分かってるよ、ただ、気分が悪くて……」
言い訳も嫌いだ。
「気分が悪いですって?昨日何してたのよ」
「昨日は普通だったよ」
そして、何より。
「……ねえ、何か隠し事してない?」
「何にも、してないよ」
「それじゃあ、どうして今日に限って体調が悪くなるのよ!!!」
嘘が嫌いだ。
・
大恋愛と呼ばれる関係より、なんとなくで付き合った関係の方が、長続きするという話があるらしい。
相手に過剰な期待をしたり、重い愛を背負わずに済むからなのだろうが……あまりに適当すぎるのもいけないと、俺は思っている。恋人同士になるというのは、お互いに干渉しあうことに他ならないのだから。
聡美とはまさに、成り行き任せを絵に描いたような付き合いであった。
好きだったわけではない。ただ、その時はちょうどお互いに空いていたし、共通の友人がカップルだった。加えて、その友人……つまり武志と杏奈さんが、俺達の背中を押したのだ。
「お付き合いしていただけますか?」
「ええ、良いですけど」
たったそれだけで、恋人関係になった。
そんな経緯だから、聡美への期待値はかなり低めだった。
元カノのことを忘れられるのならば、他に望むことはなかった。後に聞いた話では、聡美も同じことを思っていたらしい。
だからかもしれないが、付き合ったばかりの俺達は、想像以上にうまくやれていた。
元々利害が一致していたし、細かい配慮も出来ていた。武志や杏奈さんの援助もあった。
そして、何よりも……互いの素性を知らずに済んでいたから。
・
「聡美ちゃ~ん、喧嘩はダメだよ~」
間延びした声で制止がかかったのは、怒鳴り声から三分ほど経ってからだった。
口論になると、毎度のことこうなる。正確には喧嘩でも口論でもなく、一方的な暴力でしかない。
それを止めるのは武志や杏奈さんの役割であり、二人ともいない時は、彼女の熱がなくなるまで、殴られっぱなしになる。
呼び止めるのが、いつもより遅いな、なんて思えるほどには、慣れっこだった。
「今日はデートの日なんだから、楽しもうよ~」
「だって、そのデートを楽しむ気がないのよ、コイツ」
「ちょっと迷ってるだけなんだよ~、乗り物も多いしさ~」
「本当に?体調が悪いだの、寝ぼけたこと言ってくるし……」
俯いたままの俺の背中を、武志が軽く叩いた。
ビクッと振り向いた俺に、そっと語りかける。
「聡美ちゃんも怒りすぎだが……見た限りじゃ修介の方が悪いぞ、ぶっちゃけ」
きっぱりだ。
「とりあえず、ここは俺達が取り持つ。バスから降りたら、一言謝っておけ」
そんなことを言うと、武志は「ほら、目の前に大きなお城が見えてきたぞ~!」なんて言って、上手いこと女二人の意識をかっさらう。
「おっき~い!すごいね、聡美ちゃん!絶対いこうね、絶対!」
「あら、今日って、ダブルデートじゃなかったっ け……?」
どっと盛り上がる車内。
幸か不幸か、騒ぎにクレームを出す客はいなかった。
「ミラーハウスもいいなあ、だがアクアツアーも捨てがたい……!」
「武志くん、欲張りすぎだって」
「いいじゃん、時間はたっぷりあるんだし……」
「だから毎回、筋肉痛になっちゃうんだよ~」
「杏奈に湿布貼ってもらえるなら、願ったり叶ったりだ」
「も~、タケポンにやける~」
隣の芝生はなんとやら、か。
『まもなく、裏野ドリームランド入口。裏野ドリームランド入口です』
黒い感情が渦巻いたまま、バスは目的地へと走り出す。
・
裏野ドリームランドの「裏野」とは、地名ではなく名字である。
正確に言えば、二人の経営者の名字だ。裏野隆和さんと裏野富雄さん。れっきとした兄弟である。
『日本一のテーマパークを』
こんなにクサい……もといロマンのあるスローガンを掲げて、夢の場所は設立された。
野望実現の思いは、決して軽くなかっただろう。乗り物も数多く取り揃えている。城の造りは本格的だし、著名な画家によるデザインも随所にあるらしい。
バブル全盛期がなせる技だったのだろうが……結果はお察しの通りだ。
それなりに歴史はあるはずだが、地元住民にすら不思議と愛されない、何ともやるせない場所になってしまった。
人気がなければ、収入も上がらない。よって、改装することも出来ない。
現状維持を重ねて、裏野兄弟の夢は、時代に置いていかれた。セピア色が良く似合う(自称)最新テーマパークなど、痛々しい以外の何物でもない。
ならばなぜ、この場所は今も潰れていないのか。そもそもこんな情報を、なぜ俺が知っているのか。
それは、この遊園地に関する「調べもの」をしていたからに他ならない。
・
「それじゃあ、聡美ちゃん。乗りたいものを教えてよ」
入場ゲートをくぐった俺達は、早速ダブルデートを始めることにした。
バス内で一旦は誤魔化された聡美だったが、ドリームランドに到着した途端に、話を蒸し返してきた。
武志は「レディファーストだから」という最適解を返すことで、俺の出番を遅らせてくれた。
無論、謝ることなど出来そうにない。
「私はアレだわ」
「なんつうか……聡美ちゃんって凄く男らしいよね」
俺の彼女が指差した先には、みるからに高そうなフリーフォール。その場で勢い良く急上昇と急降下を繰り返す、アレだ。
丁度稼働しており、悲鳴が繰り返し聞こえてくる。
ただでさえ、気分の悪い俺にとっては最低の相性だ。
「乗るわよ修介」
その言葉に拒否権はなさそうだ。ここにいるのも息苦しい位だが、辛うじて平静を装う。
そろそろとついていこうとすると、強引に腕を取られる。グイグイと動く度に痛みが走る。
武志の方を見ると、自分の彼女と腕を組んで、のんびりと談笑している。
まず、うらやましいと思った。
次に、なんでこうなるんだろうと思った。
そして、最後に思ったことは……仕方がない、だった。
俺には以前、腕を組んでくれる人がいた。
彼氏と歩くのが好きで、彼氏と談笑するのが好きだった。
いや、彼氏と一緒に居さえすれば……彼女にとっては何でも本望だったと思う。
そんな風に受け取れる人がいた。俺のすぐ傍にいた。
髪はショートで、俺より背が少し小さい、日陰の向日葵のような……
「修ちゃん」
気持ちが悪い。
夢想を続ける俺の肩には、いつの間にか固定用のバーが繋がっている。
『フォール・イン・ワン、間もなく発進致します』
飛行機のエンジン音のような甲高い音が徐々に大きくなっていく。
俺の意識は明瞭となり、この時始めて、聡美がこちらを凝視していることを知った。
体がフッと、浮き上がった。