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Hello, world!

「おお、ついに成功じゃ!」

 目覚めて最初に聞いた声は、老人のしゃがれた声だった。まず驚いたのは、普通は目覚めるときに視界は天井を向いているものだが、今回は床と水平を向いていたということだった。うまく状況を把握できずにいる俺は、体を動かそうとして失敗した。そもそも体が感じられない。どういうことかと視界を動かそうとしたら、視界の一回転という、眼球では実現できない体験をした。立体角4πステラジアンの視界を得た俺は、怪しい薬瓶がこの部屋に大量にあることを認識したのだった。

「おや?失敗だったかの?」

 反応のない俺に対し、老人は首を傾げている。状況がよく理解できない俺は、なんとか声を出そうと頑張ってみた。

「ア……あーあー」

 唇の感覚はないのに声が出るということに気持ち悪さを感じながらも、声が出ることを確認した。

「あの、ここってどこ……っていうか、俺の体ってどうなって」

 いるの、と言うよりも先に、老人は歓喜の声を上げた。

「やはり成功じゃ!!ついにわしはやったのじゃ!!不可能と言われていた壁を超えたのじゃ!!!」



 この後、老人はよくわからない専門用語?が半分を占めるような話をマシンガンのように撃ち放ってきた。その間、俺はこのフリーダムな視界を使って自分の姿を確認した。まさしくそれは杖であった。杖のどこにも目や口はなく、単なる木製の杖と表現するしかなかった。

「あのー……」

 ひとしきり言葉を発し終え上を見てニヤニヤしている老人に声をかけると、老人はハッとした顔でこちらを見た。

「おお、紹介がまだだったの!わしはヴォル、智の探求者じゃ!おぬしの名前は何というのだ?」

「俺は……」

 名を名乗ろうとしたが、なかなか頭に浮かんでこない。記憶喪失だろうか?静かな空間が数秒間続いたところで、言葉をつづけた。

「名前はちょっと出てこないです。なんで俺は杖になっているんですか?」

 質問すると、ヴォルと名乗った老人は意気揚々と答えた。

「それはもちろん!このヴォルが魂のこもった杖を作ったからじゃ!」


 この後、おじいさんは長々と語った。人間と杖とで時間感覚が共通だったとすると、おそらく4時間は語ったと思う。かいつまんで重要なところを頭の中で反芻してみる。このヴォルという老人は、マッドサイエンティストの魔術師版のような人だ。今から10年以上前に魂のこもった武器、いわゆるインテリジェンス・ウェポンを作る研究を始めた。しかし、教会からその研究をやめるように指示された。それに反発したヴォルは、自分の死体そっくりのものを作ってそれまでの研究室に置き、人里離れた山の中で研究を続けたらしい。そしてようやく俺を作り出した。肝心の魂が宿るメカニズムはまだ解明できていないらしい。

 会話の中で俺が異世界から来た魂らしいことに気づくやいなや、再び延々と専門用語ばかりの研究話を杖である俺に語った。傍から見たら、研究で心が壊れた人に見えたことだろう。どうやら俺のことを気に入ったらしく、「おぬしは孫のようなものじゃ!」と言っていたので、俺はヴォルさんのことを「おじいさん」と呼ぶことにした。



 それからというもの、おじいさんは杖である俺にありったけの魔法を教えてくれた。体が杖であるせいか、魔法の大半はすぐに覚えられた。その後は、この世界の知識について教えられた。普通は魔法よりもこちらの方を先に教えるべきだと思うが。ともかく、おじいさんは研究対象兼弟子兼孫の俺をずいぶんと気に入っていたようだった。

 おじいさんは人里にいた頃、恋人はおろか友人もろくにいなかったらしい。価値観の違いか、はたまた知識量の違いか、自分の考えを他人に話すと全く理解されなかった上に、嫌悪されたらしい。なぜか、俺は友人の少ないおじいさんに強く同情した。研究談義をしているときのおじいさんは、年齢を感じさせない興奮ぶりだった。



 そして今に至る。おじいさんが横になって動かなくなりしばらく経つ。杖と人間とで時間感覚はどうやら同じらしく、動かなくなってからだいたい3日経ったといったところか。「不老不死の研究もしてみては?」と数年前に言ったが、おじいさん曰く、不老不死は不幸しか呼ばないのでダメらしい。じゃあ俺の体は何なんだと言ったら、そこまで考えてなかったらしい。微妙にダブルスタンダードな気がしてならない。これは俺の勝手な想像だろうが、きっとおじいさんは寂しかったのだろう。会話できる人がいないというのは辛いものだ。不老不死という禁忌に足を踏み入れる、ということを気にしなかった程度には。「わしが死んでからは好きにしろ」とおじいさんからは言われている。俺は魔力でおじいさんの骸を持ち上げ、研究所の外に出た。

 研究所から外に出る機会はほとんどなかったので、新鮮な気持ちだ。自然豊かな山の中に、不相応な不気味な研究所がひっそりと佇んでいる。

「ファイア」

 火属性の魔法で研究所を燃やした。おじいさんの研究成果の中には、世の中に出てはいけないと俺が思っているものがいくつかある。おじいさんとの思い出の場所だが、消してしまった方が良いだろう。俺はおじいさんのベッドや机が燃えていく様子を透視の魔法でじっと眺めていた。やがてそこは灰の山となった。その中におじいさんを埋める。

「クリエイト」

 燃え残った物たちから墓標を作り、『偉大なる智の探求者 ヴォル ここに眠る』と書き残す。もう思い残すことはない。

「さて、これからどうしたものか。」

 おじいさん曰く、この世界に俺より優れた魔法使いはいないらしい。「全盛期のわしの方が強いがな!」とは言っていたが。まあ、おじいさんは若干常識知らずなところがあったのでその真偽は不明だが、多少下手なことをしても俺が殺されることはないだろう。そもそも杖は命がないしな。



 少し思案した俺は、思い付きで近場のダンジョンの宝箱へと転移した。理由はただの気まぐれだ。やろうと思えば人間の体に変化して魔法の達人として成り上がることもできるだろうが、俺は単なる杖として……道具として生きてみたいのだ。

「さて、どんな人間と出会うもんかな」

 俺は若干の期待を胸に秘めながら、宝箱の中の暗い空間でおじいさんとの思い出を回想した。



 それから何日が経っただろうか。急に視界が明るくなった。

「なんだ、ただの杖かよ……」

 俺を拾ったのはソルジャーの青年だった。

「とんだ期待外れだったわね」

 トンガリ帽子を被った女が落胆する。

「まあ、ダンジョンっていってもやっぱり初心者用か……ドロップも少しはあったし、さっさと帰るか」

 二人はダンジョンを後にした。



「いらっしゃい」

 青年たちはいかついおっさんが店主の店に入った。周りには剣や槍などの武器が置いてある。ここはウィンズ王国内のとある武器屋だ。

「これっていくらで売却できます?」

 青年ソルジャーは俺を武器屋のおっさんに渡した。

「ふむ……ただのロング・スタッフだな。100ゴールドだ。」

 青年ソルジャーは落胆しながら100ゴールドを受け取った。

(…………)

 売られた。ちょっとショックだが、この仕打ちは宝箱が開いた後すぐに予想できた。そりゃ、杖がなくなったウィッチがダンジョンで幸運にも俺を発見するなんてことはまずない。売られるのが普通だ。ステータスだってこのダンジョンで見つかる他の武器と同じくらいに偽装してるし、おじいさんが装飾嫌いだったので俺に煌びやかな装飾なんてない。

(はぁ……まあ、捨てられるよりはマシか……)

 分かっていても、心の中でちょっと泣く俺であった。



 その夜、店仕舞いした後に店主が俺をまじまじと眺め、いきなり地面に強く叩いた。杖に痛覚はないので痛くはない。

「なかなか頑丈だな」

 その後何回か俺を地面に打ち付けた店主は、満足したように俺を棚にしまった。


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