変なウィッチの少女
太陽が昇り朝の寒さが和らいだ頃。ウィンズ王国内のとある酒場内は活気に満ち溢れていた。正確には酒場を兼ねたギルド運営所である。この世界には冒険者という、依頼を引き受けてそれを解決する職業がある。魔物を狩ったり、警護をしたり、傭兵のようなことをしたりと、その仕事の内容は様々だ。それらの依頼を管理するのがギルド運営所だ。
「よし、今回はアリゲーター討伐に行くか!」
看板にある張り紙を見て、青年ソルジャーがパーティーに呼びかけた。冒険者はリスクの伴う職業であるため、複数人で仕事に取り掛かるのが常である。そんな声を聞いて、周りと比べて一段階背の低いトンガリ帽子の者が近づいて行った。
「ふっふっふっ……アリゲーターを狩る者たちよ!我こそはアルシオーナ・ド・アンゴーモア!この私と宿命の誓いを結ぼうではないか!」
リーダーの青年ソルジャーはうんざりした顔でトンガリ帽子の方を向いた。その横にいたトンガリ帽子を被っている女が口を開けた。
「このパーティーには既にウィッチは足りているわ。それに、あなたのような魔力でなく腕力で攻撃するウィッチなんて、うちらには必要ない。」
パーティーの面々は、やれやれと言わんばかりの表情を各人が浮かべながら、低い方のトンガリ帽子の者がギルド運営所から走り去っていくのを見つめていた。
「はぁ……」
ここは先ほどの街の近くの街道である。トンガリ帽子の少女はとぼとぼとうつむきながら、持っているロングスタッフをついて歩いていた。
「昨日は何も食べられなかったし……はぁ……」
彼女はお腹が鳴るのを感じながら、獣が出ないかなと小さな望みを胸に森を歩いていた。彼女の名はアルシオーナ・ド・アンゴーモア……ではなく、ただのアルシアである。アルシオーナ云々という名を名乗っているのは、単にその方がかっこいいと思っているからだ。冒険者になったものの、ろくに仕事がなく、現在は空腹と戦っている。
アルシアがパーティーに入れない理由は、彼女の能力とジョブの相性の悪さが原因である。彼女のジョブはウィッチ。魔力が必要な職業である。彼女は腕力が高く、そして幸運度が非常に高い一方で、魔力が低い。魔法なんてほとんど使えないし、すぐに魔力切れになってしまう。そんな彼女の戦闘スタイルは、運で攻撃を避けて杖で相手をぶったたくというもの。そんな彼女がジョブとしてソルジャーではなくウィッチを選んだのは、若さゆえの過ちと言わざるを得ない。その方がかっこいいと思ったからだ。
彼女はパーティーに入っても、奇抜な言動とその戦闘スタイルから次の仕事ではそのパーティーからほぼ間違いなく外されるのであった。そのため、先ほどのように積極的にパーティーに入れてもらおうと声をかけている。あのギルド運営所で「変なウィッチの少女」と言えば、ほぼ10割の者がアルシアだと認識できる。
「はぁ……獣いないなぁ……」
アルシアは今日に入って三度目のため息をつく。今まで彼女がなんとか冒険者として生きてこられたのは、ひとえに幸運度の異常なまでの高さによるものだ。そのうち、偶然にも単独行動していたオークがアルシアの前に現れて食料になってくれるかもしれない。まあ、そのオークの数が3匹以上ともなると、逆にアルシアが狩られる立場になるのだが。
そんなとき、こちらに何かが走ってくる音がした。アルシアはそれまで両手でついていた杖を構えた。走ってきたのは、アルシアよりも少し年下の町娘のようだった。
「助け……助けて!」
息も絶え絶えにこちらにやってきた町娘を前に、アルシアは異常事態だと察した。そして、その異常はすぐに前方と後方の両方からやってきた。
「やっと追いついたぜ、商人の娘さんよぉ。手間取らせやがって」
「護衛のソルジャーに手間取ったが、もう逃げられないぜ」
盗賊だ。前方から4人、後方から2人。前方の男のうち、一人は服とナイフを血に染めていた。
「ん?なんだお前は?」
「ちょうどいい、こいつも一緒に奴隷として売っぱらっちまおうぜ!」
こいつらの言動から察するに、どうやらこの町娘と私を奴隷として売ろうとしてるらしい。そのことを理解したとたん、アルシアは足が震えた。奴隷は人ではなく、「物」である。奴隷にされた後は、死ぬ方がましな人生が待っている。
(もうだめだ……)
アルシアは何度も心の中でもうだめだと反復する。しかし、震えながらもこちらを見つめている町娘を見て、なんとか落ち着きを取り戻した。大きく息を吸い、いつも言っているようなセリフを言い放つ。
「我こそはアルシオーナ・ド・アンゴーモア!漆黒の魔道を追い求める大魔道使いなり!盗賊どもよ、今なら踵を返して逃げても追いかけんぞ!」
盗賊たちは一瞬呆気に取られたが、すぐに腹を抱えて笑った。
「あいつ、ウィッチのくせに杖で殴るしかできないっていうダメ魔法使いじゃねぇか!」
「漆黒の魔道とか本気で言っちゃってるの初めて見たぜ」
「さっきちょっと震えてやがったのによ」
ひとしきり笑った盗賊たちがこちらに近寄ってくる。
「おら!」
前方の一人がナイフで切りかかってくるが、それをなんとか避ける。お返しとばかりに杖で殴ろうとした。
「こっちを忘れんなよ!」
背中に強い衝撃を受けて勢いのままに顔を地面にぶつける。その衝撃で杖は手元から離れた。
「へっへ、大したことなかったな!」
お腹を思いっきり蹴られ、口の中に唾液ではないものがこみあげてくる。
「顔は傷つけんなよ。価値が下がるからな」
盗賊たちから次々と蹴られる。体中が鈍い痛みで支配されているが、アルシアはただただされるがままだ。
(反撃しなきゃ……杖……)
なんとか震える腕を杖へ伸ばそうとする。しかし、その腕は杖へ到達よりも先に踏みつけられた。
「さっさと奴隷化しておとなしくさせちまおう」
「いや、もう少し楽しもうぜ」
盗賊たちが思い思いの言葉を発し、下品な笑い声を発する。
(もう……ダメだ……)
意識が白くなるのを感じながら、最後の力を振り絞って杖を手にし、そしてアルシアは目を閉じた。