尾ひれの生えた海女さんの話
「怪談と言えばな、こんな話が俺の故郷に伝わってるんだよ」
小学校で出会ってから、大学生になるまで同じ学校だった腐れ縁の友人が、ある日そんなことを言い出した。
今は夏。暑さを紛らわそうと、二人で心霊映像を探してネットの海を徘徊していた時のことだった。
「へえ。話してみろよ」
「おうともよ」
乗りのよい友人は、すぐに俺の誘いに乗ってきた。俺は冷蔵庫からキンキンに冷えた麦茶を持ってきて、話を聞く体勢に入る。友人はコップ一杯の麦茶を一息に煽ってから、上機嫌で話し始めた。
※
友人の故郷はとある県の港町。船を使う漁師の他にも、素潜りで生計を立てる海女さん等が大勢住んでいたという。
これは、その海女さんの中の一人の体験談であるそうだ。
ある夜、彼女がちょっと沖の岩場でアワビを取っていると、不意に肩を叩かれた。
水の中で振り向いてみるとそこには同年代の海女さんがもう一人いて、彼女に向ってアワビを差し出してくる。何年も潜っている彼女ですら、見たこともないほどの大物だったという。
―――――受け取れ。
まるでそう言っているかのようだった。
嬉しくなった彼女はそのまま手を伸ばしかけたが・・・・・・・途中であることに気がついた。
目の前にいる海女の顔を、彼女は知らなかったのだ。
そこは小さな町である。同業者ともなれば、全員の顔を覚えていて当然だ。だがアワビを差し出してくるその顔は、まったくもって見覚えのないものだった。
不信感を感じた彼女は、手を引っ込めてキッと睨みつけた。するとどういうことだろう。
その海女の顔は修羅のように変貌し、手足は重厚な尾鰭に変わってしまったではないか。
彼女は死を覚悟した。だがそれはそのまま、悔しそうに彼女を睥睨しながら、海の底へと姿を消したのであった・・・・・
※
「どうだ!怖いだろう」
話し終わった友人は、いかにも得意げに言った。だが対照的に俺は、いかんせん冷めきっていた。
何故かって。友人の話を聞いたことがあるからである。
妖怪「トモカズキ」の伝説。友人の話は、それをアレンジしたものであろう。それが意図的にやったのか、年月がそうさせたのかは分からないが。
トモカズキに尾鰭があるなんていうのは、まったく持って不要である。イメージが崩れてしまうではないか。
俺は友人に向って言った。
「なるほどなるほど。よく分かったよ」
「ん?何が分かったんだ」
俺は友人の顔を指差した。
「お前の話には尾鰭が付いているってことだよ」
※妖怪「トモカズキ」について、興味のある方はぜひ調べてみてください!
『松谷みよ子 『現代民話考』3、筑摩書房〈ちくま文庫〉』などの文献にも、トモカズキに関する記述があるみたいです。(Wikipediaより)